プロローグ・4 『失楽園、あるいは運命の襲来』




 ──人間。


 四人組の男だった。


 この世界ではじめて見る人間達は、あからさまな悪人面で、血と泥に汚れた鎧を着こみ、手には剣をぶら下げていた。


「なんだ。こいつら」


 尋常の者ではないのは、樹壱にも一目で分かった。


 突然、廃城へ闖入してきた男達は、ぎらぎらと飢えた目をしていた。


 ならず者、盗賊、略奪者。


 そういう言葉が浮かんだ。


 子供達の様子が変わった。姉の子が急いでみんなを奥へ下がらせる、子供らは怯えて逃げ出す。妹の子が震えながら杖を抜いた。


 男達が何かを叫んだ、剣を掲げ、無遠慮に侵入してきた。


 この者らが今から何をする気か、樹壱は嫌な予感しかしなかった。


「おい……おい待て! 入って来るな!」


 樹壱は一人、前に出た。男達に立ちはだかる。


 武器の一つも持っていないが、とにかく体を張ってでも制止すべきだった。


「**? ***********?」


「ここには何もないぞ! 飢えていて食料が欲しいならくれてやる、子供に乱暴はやめろ!」


「……*********」


「すまん、言葉は通じないんだ。パンのようなものはある。今すぐ持ってくるから、剣を……。……!?」


 止める間もなかった。


 どすん、と樹壱の体が揺れた。


 樹壱の腹に──刃が、深く、突き立っていた。


「がっ……!?」


 灼熱の棒を差し込まれたように、熱かった。


 背後で子供達の悲鳴が聞こえた。


 樹壱を刺した男は唾を吐き、樹壱を押しのけて行こうとした。


「──ぐ、があっ!!」


 樹壱は刺した男に思い切り抱きつき、全身全霊で締め上げた。メキメキと、男の骨が鳴った。


「***!!」


「行かせるかあぁっ!」


 血を吐きつつ樹壱は叫ぶ。


 殺人を経験してる者かも知れない。が、男の体はさほど大きくない。


 単純な力比べなら簡単には負けないはずだと、樹壱は力をふり絞った。


 後ろにいる子供達へ、言った。


「早く逃げろ!! 走れぇっ!!」


「**、********っ!!」


 男達が取り囲み、もう一人のならず者が樹壱の頭を殴りつけた。一人がナイフで腹を何度も突き刺し、さらにもう一人が背後から、喉をかき切った。


「ごぽっ……!」


 ついに力が抜けた。


 地面に倒れた樹壱に、刃の雨が降ってきた。


 遠ざかる意識の中、自分の体が滅多刺しにされていくのが分かった。


 目の前が、暗くなり……──




 ────────────────




 紫色の、宇宙の中にいた。


 目の前に裂け目があり。樹壱は大きな奔流に流されるように、そこへ吸い込まれて──






「かはっ!?」


 飛び起きる。


 そこは樹壱がはじめてこの世界で目を覚ました、草原の中のあの場所だった。


 遠くに、かの廃城があった。


 体を確かめる。傷も痛みもなかった。健康そのものの体だった。


 ──不死。


 決して死なぬ呪い。不滅の肉体。


 最後の能力が発動していた。あの場で殺され確かに死んだはずが、樹壱は蘇って生きていた。


 だがそんな事よりも、樹壱の意識は視界に映る、あの廃城へ向いていた。


 跳ねるように走り出した。遠くにある廃城へ。


 転び、泥だらけになって、死ぬ気で走りぬいた。


 樹壱が二日前に通った門。


 そこを潜りぬけて、中庭の──


 ──


 ──少女と子供達が。


 花畑の、血の海の中で……倒れていた。


「あ……」


 樹壱の体が無意識に、大きく震えた。


 花畑に近づいた。


 四人の男たちがいた、一人は奥に仕舞われていたパンを奪って両手に抱え、一人は炎の魔法を食らったらしく火傷を負って毒づいていた。


 そして樹壱の姿に気づき、近くに転がる『樹壱の死体』と見比べ、驚愕して後ずさった。


 樹壱は──倒れた二人の姉妹に、八人の子供達に、震える手を伸ばした。


 事切れていた。


 既に息はなかった。


 誰にも。


「……」


 声が、出なかった。


 なんだ、これは。


 分からない。


 なんでこんなことに?


 たった二日間。ただ偶然出会い、食事をもらって仕事をして、会話とも言えない触れ合いをし、ほんの短い時間を過ごしただけだ。


 名前も知らない子供達だった。


 名前すら──聞けなかった。


 荒い息の音が遠かった。子供らは血を流し、もう誰も動かなかった。


 ほんの一瞬で全てが壊れていった。


 突然に、あまりにも脆く、儚く……。


 姉の子の手が、虚空に向かって伸ばされていた。その先に、自分の血まみれの死体があった。


 ──心の奥底から燃え上がる何かを感じた。


 それが殺意だと、理解した。


 近くにあった廃材の棒を握り、樹壱は激情のままに男達に襲い掛かった。


「──がああああっ!!」


 獣の声のようで、樹壱は自分の喉から出ているものに思えなかった。


 男の一人の頭を棒で、全力で殴りつけた。盗賊の一人が混乱しながらも鋭く反応し、剣で樹壱の腹を貫いた。襲ってくる激烈な痛みに構わず、相手を殴り続けた。


「俺を殺してみろぉっ!!」


 樹壱は絶叫した。


 彼は死なない。どんなに刺されても痛めつけられても、無傷で蘇る。


 不死が、彼の魂を支える。


 何度殺されようと、こいつらだけは絶対に殺してやる──樹壱は決意していた。


 もう防御もしなかった。血反吐を吐きながら暴れまわり、一人の頭を廃材の棒で何度も殴り、一人の目に指を突っ込んで潰し、一人の片耳を引きちぎった。


 樹壱もすぐズタズタになった。幾度も刺され、指が飛び、内臓をこぼし、顔面が抉られて、頭を割られ。


 膝の力が抜けて倒れた。


 再び、目の前が暗くなり……。


 ──殺す……!


(何度でも、蘇って。こいつらをころ、し、て……。あの子た、ちをっ……!!)


 意識が途切れた。




 ────────────────



「があっ!」


 樹壱は飛び起きた。


 まだだ、まだ終わらない。決して許さない。


 何度でも起きて、奴らを絶対に償わせて……。


 しかし。


「……なっ!?」


 景色が違っていた。


 あの草原ではなかった。


 目覚めた場所は廃城も、何もない。気候も地形も違っていた。


 白い雪が降っていた。


 ──そこは真っ白な雪原だった。樹壱の口から、吐く息が白く立ち昇った。ぴゅう、と知らぬ地の寒風が、彼の頬を叩いた。


「……!?」


(嘘だ)


 見回してみても変わらなかった。樹壱は違う場所にいた。


「どうして。なんで」


 絶望的に呟いた。


 理由が分からなかった。あの場所で蘇られなかった。


 樹壱の手はもう、届かなかった。


 あの獣人の子供達にも、また……。


 彼は膝を折った。慟哭の声が、無人の雪原に響いた。


 白い山脈は冷たく、残酷なまでに遠かった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る