異世界へ飛ばされ不死になった男が、滅びた女神復活の為、当て所なく旅をして悪を裁いて断罪する、哀しいお話。~Who he comes after the end.~
プロローグ・2 『大理石の神と、何も知りたくなかった救世主』
プロローグ・2 『大理石の神と、何も知りたくなかった救世主』
一瞬前まで存在していた彼の部屋は、いずこかへ消え去り。
目の前には小さな焚き火。
それに宙へ浮かぶ、奇妙な『火の玉』。
座った尻に、ズボン越しにある石床の冷たさを感じる。呪術的な文様(海藻の模様?)のタイルは古びてひび割れ、ところどころ欠けていて、抉れた窪みに小石が溜まる。
柱があった。不可思議な文字が丁寧に掘り込まれた柱は、頂点で二匹の海蛇が円環しているデザインに見えるが、片方の蛇の頭が砕けて、欠けていた。
あとは右も左も、暗闇だ。
頼りない焚き火の炎が照らすのは、そこまでが限界だった。
彼は思う──
どこだ。ここは。
「何が起きた……?」
「君を空間転移させたからな。ここは……『大消失』の際に、いくらか空間が千切れてね。その無数に散らばったものの一つだ。
過去の『水中文明』の遺跡らしいが、話をするのにちょうどいい場所かと思った。邪魔が入る事はない」
火の玉が喋った。
いや……さっきから喋っていたのだが。
唐突すぎて樹壱は呆然としてしまっていた。
「なんだ、お前は? わけが分からない……世界を救え、だと?」
「私の事は、天使と考えてくれていい。それが最も分かりやすい理解だろう。肉体はなくてね、今は精神だけの存在だが、それでは意思の疎通に不十分かと思って、火の玉を浮かべてみたんだ。
そして世界を救って欲しい。これは私の希望というか、実は既定事項なんだが」
「なに?」
「拒否は認められない。申し訳ないが、そういう事だ」
……樹壱は胡乱な目を向けた。
突然変なところに連れてきて、拒否もできないなど、到底受け入れられる話ではない。
「救世主様か。御大層な響きだ。だが俺は今、とても不愉快だ」
「君の怒りや困惑はもっともだ。だが、拒否は認められない。なぜなら君の代わりがいないからだ。正確には私が代わりを探す時間と力がない、私はもうすぐ死ぬからだ」
「は……?」
「この役目を果たす前、召喚のための力を蓄えがてらに、神から報酬を前払いしてもらっていてね。人間としての人生を60年ほど。妻子を持ち、ささやかだが満足できる生だった。
その人生の締めくくりとして、私は仕事をしているんだ。もう君以外の適性ある人間を選び直してここまで引っ張ってくる力はないし、君にやってもらわないといけない」
樹壱は困惑した。この天使は死ぬという。
「いきなり出てきてか? あんたは既に人魂なのに、いや、そうではなくてだな」
「もう時間がない。世界を救うに当たって、君が具体的に何を為すべきか、必要な説明をしよう。これを見てくれ」
「うわっ」
次の瞬間、周囲の景色が一変した。
真っ白な空間。樹壱と人魂は、空中へ浮かんでいる。
眼下には、超巨大な『立像』が二つ見えていた。
全長数百メートル以上はあろうか。二体とも立ち上がった人間の形、男と女の裸像──
いや、片方の顔は蛇の頭をしていた。もう片方も、モヒカンに似た独特な髪形に結い上げられたデザイン。顔は人というよりも虫に似ていた。
白い大理石を彫って作られた、精緻な彫像のようだった。
二体の巨像は互いに右手を絡ませ合い、その指の先には、球体が光輝いて、回転していた。
人魂が言う。
「神々──カストゥスと、シャルナキーフだ。この姿は神々を表す
彼らの斜め前方を見てくれ。彼女の『足』が残っているだろう?」
互いにはす向かいになる二体の巨像、カストゥスとシャルナキーフから見て左斜め前・右斜め前の位置に、柱が二つ、ではなく半壊した足が二本残っていた。
だいたい膝の下あたりからか。おそらく過去にあったであろう巨像は、丸々失われてしまっていた。
「あそこにはかつて、アルバフ神が居た。大消失以前の事で、私は脚部以外の尊容を拝した事はないが」
「──これが神、か? でかい像だが」
「君の世界ではなく、我々の世界の神だからな」
樹壱はまた、困惑していた。
人魂の言う神々とやらは、無機質すぎて何の感情も感じられない。
「大理石製か……?」
「ただの大理石ではないが。君の質問の意図したい所は分かる。神には、私や君のような人格はおそらく存在しない。それが要不要に依らしめるかは分からないが」
「では機械やシステムと同じなのでは?」
「我が神と機械の類似性については興味深いテーマだと思うが、思索するには残念だが、私の残り時間が足りないだろう」
人魂は話題を打ち切ると、樹壱へ言った。
「今、大事なのはあのアルバフ、彼女の姿を認識して欲しかった。アバターは神の一面の表現に過ぎないが、神の本体と連動するという性質を持つ。
従って、彼女を蘇らせるには、世界中に散った彼女のアバターの欠片を集めればよい。
おそらく全体の六割も集めれば彼女自身の機能が回復し、残りは自己補完性によって、自動的に集めてくれるはずだろう」
人魂の言葉が終わると共に、白い空間は幻のように消え、元の暗闇に戻る。
樹壱の前では再びパチパチと焚き火が音を立て、赤色を闇に投げかけていた。
「では、仕事をするに当たって、君には神から『恩寵』として、特別な能力が『三つ』付与される。
女神の欠片は、怪異の体内に囚われているケースも多いため、通常の人間では回収不可能だからな。活用するといい」
「おい……。待ってくれ」
「いけないな、時間が押している。ここからは急ぎで覚えて欲しい、いくぞ。
能力の一つ目は、『
容量は有限ではあるが、鞄要らずの保管庫だ。女神の欠片もこれを通じて、こちらへ送致できる。
二つ目に、『
過去に起こった出来事を、立体映像と音声にして再生する。欠片を持つ怪異の追跡に使えるだろう。ある程度、拡張と応用も利くかも知れない。
三つ目は……能力ではなく、呪いと呼ぶべきだが。『
君が死した時、必ず世界のどこかで、受肉して蘇る。慣れれば、蘇る場所も選択できるようになる。ただし死ぬたびに君の死体は残る仕様だから、その点は注意して欲しい。
──そう。君はもう死ねない。
死なない、ではない。死は許されない。
先に断っておくが、三つ目は正確には個人的能力ではなく、この宇宙の法則の一つとして設定される。『神の使徒である君を世界に存在させ続ける』という、一種のルールだ。
場合によっては一度破棄され、過去のデータからコピーされて、再び送り出されるだろう。
だから解呪の類は一切通じない。発狂も出来ない。封印や、眠りや洗脳や無力化、いわゆるハマリもだ。
逃げることは絶対に不可能だから、本当に気の毒だが、覚悟しておいてくれ。
なお、直接的な攻撃力のあるものは全く無いが、そちらは現地調達して欲しい。
女神が再起動できるほどの石が集まり、蘇った時。君には報酬と、帰還の道が開かれる……らしい。実際はどうか分からないが、神はそう言っていた。
以上だ。ふう……。
駆け足になってしまったが、説明を終える。あとは自分で学んでくれ。では聞きたい事はあるか? あと20秒」
一方的である。
一体どこから聞けばいいのか、樹壱は考えがまとまらない。
「インベントリに過去再生にノーデス……? に、20秒」
「私の命が終わるまで。そして君が向こうへ送り出されるまでだ。あと10秒を切った」
「世界を救うだと! 俺が? なぜ俺が選ばれて、突然こんな無茶を言われて──」
「終わりだ。救世主よ、健闘を祈る」
焚き火の火が、弾けた。
────────────────
彼の姿が消えたあと、そこには焚き火と、宙に浮かぶ火の玉が残されていた。
天使は孤独に呟く。
「嘘をついて、すまないな。本当はもう少しだけ時間はあったが、誰しも死ぬ前くらいは、プライベートに過ごしたいというものがあるだろう? 最期の時間は祈りに使わせてもらうよ」
そうして残されたほんの少しの時を、深く息を吸って吐くように、暗闇を仰いで彼は言った。
「ありがとう。我が妻リーア。息子ユトルヴァ。お前たちのお陰で、私は幸せだった。命を与えたもうた狂った神と、生を与えてくれたお前たちに感謝を捧げよう。どうか、お前たちの往く先に幸いあれ──」
火の玉が、粒子のように拡散し、消えていく。
そして天使は死んだ。
焚き火だけが残り、それもまた静かに燃え尽き、暗闇の淵に飲み込まれた。
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