プロローグ・1 『絶望の後に、産まれた宇宙』




 この世界について、話をしよう。


 宇宙が生まれたのは、遠い古代。80億年ほど前の事らしい。


 もっとも何をもって「一年」とするかは、少し困るかもしれない。我々のそれは、君のそれとは多少の差異があるからだ。一年とは惑星ごとの公転周期と言えるし、日という概念も自転により規定されているからな。


 だがまあ、君のいた地球という惑星での時間的感覚の換算で、80億年ということだ。


 この宇宙の原初においては、三柱の神だけがいた。


 神の一人の名はカストゥス。創造と再生を司る。


 一人の名はシャルナキーフ、進歩と増加を司る。


 そして最後の一人の名はアルバフ。終焉と破壊を司る。


 この三柱の神が宇宙を産み出し、維持してきた。星、大地と天空と生命を造り、育み。時に滅ぼしてはまた創り──とね。


 さて、今から1000年ほど前のことだ。この世界に大きな転機が訪れた。


『大消失』という。


 この宇宙は一度、滅びた。


 とある知的生命体が、時間遡行の技術、いわゆるタイムマシンを発明した。


 彼女は幼少にして天才だったが、両親から肉体的・精神的・性的にあらゆる虐待と拷問を受けており、絶望して、生まれてきた事を後悔していた。


 自分を消し去るため時を遡り、自分が生まれてこないように、若い頃の両親を殺した。


 つまり、『親殺しのパラドックス』が発生した。


 親を殺せば彼女は存在できず、両親を殺害できない。しかし殺さなけば彼女が生まれやがて親を殺す。時間の流れの中で、無限のループに入る。


 殺害の刹那に、彼女は存在と非存在を無限回繰り返した。彼女の体を構成する空間の一瞬には、彼女の魂の21gが、無限回数分加算された。こうして彼女のいた場所に、無限の質量が生まれた。


 よって、無限の重力が発生して……。


 突如出現した超絶ブラックホールにより、宇宙は飲まれた。


 全てが消えた。


 いわゆる『ビッグ・クランチ』というやつだった。


 この宇宙には歴史の修正力や、平行世界の概念がなかったのだ……。


 大消失の後、宇宙は再び『作り直された』。


 神々は全てを一からやり直す気はなかったようだ。80億年に渡って集積された情報から、適当なものを選び出して、まるで切り貼りした絵のようにしてから、『時間を再開させた』。


 多くのところで不自然と不整合な部分を残しながらも、こうして世界は蘇った。


 現在、この世界にあるものはすべて、神の手によって復元されたものだ。人間は1000年しか存在の歴史を持たず、継ぎ接ぎで断片的な技術を持ち、歪な文明を復興させている。


 しかし宇宙が再生された時、もっと重大な問題が起きていた。


 神の『死』だ。


 あまりにも大きく瞬間的な崩壊は、宇宙だけでなく、神自身に対しても傷をつけた。


 宇宙が崩壊した時、神々ことカストゥス、それにシャルナキーフはすぐ復活した。彼らが司るものは再生や増加だったから、自分を蘇らせたり、壊れた体を増やして戻すのはお手の物だったわけだ。


 しかし……破壊の女神アルバフだけは、それができなかった。


 半身を砕かれ、機能停止を起こしてしまった。


 砕かれた体は再生された宇宙に引き込まれ、かけらになって散らばってしまった。


 困ったのは、生き残った二柱の神だ。


 これまで三人の神は三人揃うことで、完全に機能できていた。再生させた宇宙を動かそうとして、支障が生じた。


 何かを創るには、進歩させるには、壊さねばならない。


 多少哲学的な話になるが、例えば「昨日」。


 一日が過ぎた後、昨日は消費され破棄されなければならない。一日が終わらなければ、次の一日が始まらないからだ。


 昨日がきちんと消滅しないと今日や、明日がやって来ない、つまり正しく存在できない。


 すると時系列と運命が狂い、逆流する。神が完璧に設計したはずの計画にずれが生まれ、明日起こるはずの事が起きず、全く別の結果をもたらす。


 英雄の運命を持った男が英雄に成らず、路傍で飢えてひっそりと死ぬ。


 未来で天才的な発明をなす賢者が、つまらない諍いで殺される。


 勇者になるはずの少年が胎児で死産し、世界を照らす聖女となるはずの少女が流行病(はやりやまい)で消える。


 ……と、まあこのように、色々と不幸なことになるわけだ。


 ──やがて粗悪な代替品が、世界が自己調和をしようとして、自然発生してきた。


 人々はそれを『魔物』、『悪魔』、『怪物』、または『』などと呼んでいる。


 怪異は女神の代わりに、『大消失』以降に再構築された世界において、破壊と終焉の役割をこなしてきた。


 彼らが投棄された街や腐敗した沼地、また夜深い宵の時刻を好むのは、その性質のためだ。滅びたものや破棄されたもの、腐ったもの、過ぎようとしている『昨日』などは、彼らの概念的な栄養源なのだ。


 だがやはり、出来の悪い模造品に過ぎない……。


 怪異達はかつての女神のように、世界の運行の為に壊すべきものを正しく選んで壊す力がない。


 カストゥスとシャルナキーフも、自分と同等の神までは創れなかった。


 完全性を失った世界はみじめだ。完璧なはずの宇宙が、不安定で予想外な挙動を示す。


 星の動きは奇妙になり、運命は狂って再編され、悪しき心の持ち主は、より悪しき者となる。


 貧困と諦念と刹那主義が人々の心を支配し、憎悪が世を突き動かし、不運に不運が重なり、死と死が重なる。


 絶望は世界の不均衡に比例して、人々の心の中で増幅しているように見える。


 ……そこで、だ。


 君には、この世界の修復を頼みたい。


 つまり。破壊の女神を蘇らせるんだ。壊れた世界の正しい運行を、取り戻して欲しい。


 怪異達を狩り、囚われた女神のかけらを集めろ。


 欠片が揃いし時、女神は復活するであろう。


 さあ、『救世主』よ。


 世界を救ってくれ。



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