5
強い雨風が室内をびしょびしょに濡らしていく。僕の身体の体温を雨風が奪っていく。
一歩一歩、傘神様が音もなく近づいてくる。僕の人生の終わりが近づく。
急に、ぞっと恐ろしさが湧き上がってきた。先程までは他人事のように思えていたリアルが、死の味となって僕の舌に広がる。歯がかちかちと鳴る。今まで味わったことのない全身の冷え。
僕の周りから酸素が消えたような感覚。涙が溢れて頬を伝う。手のひらを開いた傘神様の黒い腕が僕に迫る。心臓が激しく打つ。
指が頭に触れる瞬間、二絵が僕の腕を強く引いた。
あっと驚いた瞬間、前髪が風であおられている二絵が僕の前に進み出た。
その時に見えた。
額に赤い和傘の模様が浮かんでいる様子を。
二絵が僕を見て目を細めて笑った。
「悪ぃな、俺の居場所はお前だから。どこまでも着いてくぜ」
傘神様の手が二絵の頭に触れる。
二絵は一瞬にしてゼラチンのような水の姿に変わる――スマホが床に落ちようとする――四方八方に身体が破裂し、飛沫を撒き散らす――。
「二絵!」
絶叫が喉から飛び出た。ごとり、とスマホが床に落ちる音がした。二絵の姿はない。もう一度名前を叫ぼうとしたが出来なかった。
傘神様の手が僕の肩に触れたのだ。肉の身体があっという間にぶよぶよとした水に変わり、滑らかなシーグラスのような形に身体が分裂し、さらに細かく分かれていく。
あらゆる後悔が湧き上がる。
二絵に連絡を取るんじゃなかった……最後に会いたかったんだ――模様のことを言うのではなかった……知って欲しいと思ったのだ――自分一人で終わりを待てば良かった……一人で寂しく傘神を待つのは怖かったんだ。
でもやっぱり二絵、バカやろう――。
遠くで、ぶははははは、と豪快に笑う二絵の声が聞こえたような気がした。
僕の存在が雨に攫われて消えていく。
少年風情 海汐かや子 @Tatibanaeruiza
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