第50話 生徒会長と小悪魔
「ずっと楽しみだったんだ。先週君と話してから、こうして何かで競うことがね」
球技大会初日。場所は体育館。競技は、女子バスケットボール。
対するのは、三年生緑組と一年生紅組だった。
一試合に時間をかけられない都合上、1クォーター10分を4クォーター行う正式なルールではなく、2クォーターの簡略された試合だ。
「いいんですか? ピアノ奏者なんですよね? 指を怪我したら大事では?」
紅色のゼッケン。白峰 翡翠率いる紅組は、バスケ部員3人を揃えた優勝候補チームだった。
対して、生徒会長 真田 椿希擁する三年生にはバスケ部員はたったの1人と、その戦力差は、火を見るよりも明らかだった。
「では、一回戦。一年生紅組対三年生緑組の試合を始めますね」
序盤。試合は下馬評通りに動く。
緑が守り、紅が攻める。一方的なゲーム展開。第1クォーター残り三分時点で、スコアも20-8と倍以上の差が見えた。
しかし。
「さて、さて。頃合いかな?」
緑組が真価を見せたのは、第二クォーターからだった。……いや、というよりも。
「くっ、足が、重いっ!」
急激に、紅組の動きが鈍り始めた。
「みんな……? どうして?」
パスを受け取った白峰は、二人に囲まれながらもボールを渡す先を探していた。
しかし、見つからない。ほんの数分前までならば、そこにいたはずのチームメイトは、後方で息を切らしている。
「至極当たり前で、真っ当なことが起きているだけだよ──白峰 翡翠君」
黒い手袋を纏った手が、白峰の視覚から伸びた。その両手の隙間を通り抜けるように、ボールを奪取し、そのままドリブルを始める。
それは、真田 椿希だった。
瞬く間に、真田はスリーポイントラインへと到達するとそのまま、お手本のようなフォームでボールを宙へと送り出した。
「私達、緑組のゲームプランは前半は守り、君達の体力を削ることだった。蜘蛛のようにゆっくりと巣を張り、後半という獲物を待つ。そういうね?」
「くっ!」
弧を描くように、高く登ったボールの軌道は高い籠に吸い込まれるように落ちてゆく。
真田は自らの放ったシュートがゴールに決まるのを確認することなく、振り返り、自陣へと歩き出した。
「──私には、圧倒的な身体能力はないが、この指先で行うことにおいて、出来ないことはないのさ」
リングに一切触れることなく、ボールはネットを潜り抜けた。
「さて、ここからだよ? 私たちの本番はね」
その言葉通り、その3ポイントシュートを皮切りに流れは一変し始める。
体力に欠く紅組は残り時間、完全に翻弄されるのみで、じりじりと点差を埋められていく。
そして、後半。第二クォーター終了のホイッスルが鳴った。
「整列して下さい」
審判の一言に、緑組と紅組の生徒らが真ん中のラインに沿って整列する。
「34対26で、緑組の勝ちです」
わっとコートを囲んでいた生徒らが湧き上がる。
「流石会長! かっこいいっ!」「凄い……逆転勝ちしちゃった」
声援と拍手の中、向かい合った二人。
「……凄いですね、こんなにバスケも上手いなんて知りませんでした」
悔しさを滲ませる白峰は、ふっと自らを落ち着かせるべく息を吐き出してから言った。
最も点を取ったのが、真田 椿希だったのだ。3ポイントシュートを四本と2ポイントのシュートを五本。一人で、計22点の大活躍だ。
「まあね。こう見えてスポーツ自体は嫌いじゃないんだ」
「そうですか」
「これで、賭けは私の勝ちだね。白峰君」
「……っ、約束は約束。私に止める資格はありません」
「そうだね。潔くて好印象だ。では、満を辞して来週の休日──早見君をデートに誘わせてもらうよ」
先日。生徒会室で交わされた密約。
それこそが、「真田 椿希が球技大会において白峰 翡翠に勝ったのなら、早見 連に対して、デートを申し込む」というものだったのだ。
***
「──お前と、野球で勝負することになるとは思わなかったよ。連」
体操服にヘルメットとバット。爽やかな顔には、嬉しそうな表情が浮かんでいる。
「いいからさっさと構えろよ、蒼太」
俺がいたのは、そうホームベースの後方。本来ならばキャッチャーが座るべき場所、キャッチャーボックス……では、なかった。
「頼むっ! 早見っ!」
「ああ。期待はするなよ? 俺、ボールなんてほとんど投げたことないからな?」
ベンチから飛んできた板倉の声に、俺は保険をかけるように言葉を返した。
悪いが、無駄な期待をかけられるのは、嫌だ。そもそもピッチャーの経験なぞない。
あー、パワ○ロだったから蒼太にも負けないのになぁ。
そう、俺がいたのは、球技大会男子野球決勝戦、そのマウンドの上だった。
「ふぅ、さて……どうして、こうなったんだ?」
俺は第一球を投じる前に、高く入道雲の浮いた空を見上げた。
……はあ、なんでこうなっちゃうだ、ほんと。
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