第49話  球技大会、始まる。

 

 俺には一つ、癖のようなものがある。

 それはある種、友人Aとして、徹底してきたことではあるから、自ら作ったようなようなものだけど、ともかくだ。


「風川? 何か浮かない顔つきだな」


「え、そうかな?」


 教室。自分の席に鞄を置いて、ふと斜め前のあたりに目をやると風川が目に入った。

 どこか元気がなさそう、というか俯いているように見えた。


「何かあったのか?」


「えぇ……と、その」


 誤魔化そうとしたのだろう。しかし、どうもそれが出来なかったらしく、風川は困ったように笑う。


「私、その、運動得意じゃないから……どうしても、球技大会の雰囲気に馴染めなくて」


「あー、そういうことか」


 確かに風川が運動出来るイメージは全くない。中学の時の体育祭も隅っこで本を読んでいた。


「早見君はいいよね、スポーツ得意だし」


「いや、得意ってわけでもないぞ? まあ、出来ないことも……ないってだけで」


「十分凄いよ、私なんて五十メートル走十秒近くかかるんだよ?」


 あはは、となんとも不憫に笑った後で風川は、大きくため息をついた。


「……私も、みんなの役に立ちたいんだけどな」


「う、うーん」


 流石に、今から当日までに風川をどうにかすることはできないだろう。てか、そもそもそれでどうにかなるくらいなら悩んでいないはずだ。


 ……代替案、というわけではないが。


「なら、応援してやってくれ。力の限り頑張ってる奴らを、な?」


「でも、それだけしか……」


「いやいや、凄いんだぜ? 応援の効果って。なあ、蒼太ー?」


 俺は振り返って親友を呼ぶ。


「ん、なんだ、連?」


「お前、応援されたら嬉しいよな?」


「当たり前だ! やる気マックス! 気合いマックス! そして、なんか上手くなった気がする」


 そうして、蒼太は大袈裟に力瘤を強調するように腕を肩の上で折った。


「ほらな? 風川にしてみれば、大したことじゃなくても、受ける側からすれば、結構力になるんだ」


「う、うん。分かった。私、応援頑張る」


 よし、と風川は顔を上げる。どうやら多少なりとも力になれたらしい。


「よーし、授業始まるぞー、お前ら席につけー」


 青井先生が入室。俺はそそくさと自分の席へと向かう。


「早見君」


「ん?」


「ありがとう。私、早見君もきちんと応援するからっ!」


「分かった。頼む」


 そうして、授業が始まったのだった。


***


「よぉーし、行くぞー早見」


「おう」


 昼休み。俺と板倉は校舎裏にいた。

 もちろん、目的は練習だ。グラウンドでやると変に目立つから、こんなところでしているわけだ。


「おりゃっ!」


「っ!」


 昨日は取れなかったスライダー。鋭く、滑るように変化するボール。

 力を抜き、軌道を読む。そして。


「よしっ!」


「おおっ! やったな!」


 ミットは正確にボールを掴む。そして、軽快な音が鳴らした。


「……はあ、良かった」


 昨日の夜、散々スマホで撮った動画を見続けた甲斐があったと言える。


「お前っ! まじですげぇよ! うちのキャッチャーでさえスリーボールじゃサイン出さねぇのに!」


「お、おう」


 こいつ、なんで俺より喜んでんだろう……。まあ、いい奴なのは分かったが。


「さて、これで野球は一旦大丈夫そうだな」


「ほうー? やけに自信があるな、早見。一応

、言っとくが羽瀬川はこの前の体育でこの球もカーブも打ったんだぜ?」


「知ってる。てか、見てたし」


「なら、なんでそんなに自信満々なんだよ」


「簡単なことだ。俺ならあいつがどのボール狙ってるかすぐ分かる」


「はぁ!?」


 そう、何を隠そう。俺の癖とは。身近な人間を深く観察することである。

 癖を観察する癖というか、まあ、簡単に言えばそんな感じだ。


「蒼太は来た球を素直に打っているように見えて、実はこの前も若干降り遅れてたんだよ。……パワーでヒットにしてたけど」


「マジか、野球部の俺でも気づかなかった……」


「マウンドからなら、難しいかもな。ネクストバッターサークルだっけ? あそこからならよく分かった」


 細かな技術がないからこそ、蒼太の癖は分かりやすいのだ。


「お前、今帰宅部だよな?」


「そうだけど?」


「野球入らねぇ?」


「ノーサンキュー」


「ちっ、お前ならすぐにスタメン取れそうなのにな」


 うちの野球は強豪だろ。無理だっての。


「ま、俺はとりあえず午後の授業はバレーの練習だな。そう言えば、板倉はもう一種は何にしたんだ?」


「んー、サッカー。バスケとバレーは性に合わないからな」


「……そか、頑張れよ」


 まあ、これで一安心だ。野球でなら、蒼太に勝てる。と、思う。


 しかし、物事とはそう単純に進まない。俺はそんな簡単なことも失念していたのだった。


***


 ついに迎えた球技大会当日。

 グラウンドには、大きなテントが並び、白線が引かれている。本部があるのはサッカー用のグラウンドの横だった。


「宣誓っ! 僕たち生徒一同は力の限り全力を尽くし、スポーツマンシップに則って、正々堂々戦うことを誓いますっ!」


 朝礼台の上。大きな声が響いた。聞き馴染みのある、爽やかながらも力強い声だ。


「やっぱり、羽瀬川君ってかっこいいよね」

「ほんとほんと」


 ……女子よ。本当にそうだよな。うん。

 隣の女子達の会話に心の中で同意する。


「では、続いて生徒会長 真田 椿希さんの開会宣言です」


 蒼太が一礼ののちに、朝礼台を降りると代わりにマイクを受け取った真田会長が登る。


「えー、私からとやかく言うのは野暮でしょう。なので、一言だけ」


 こほん、咳払いが響く。


「──ここに、球技大会の開催を宣言します」


「「うおおおお!!」」


 爆発するかのように並んだ生徒らは盛り上がりを見せた。


「よっしゃ、早見。行こうぜ」


「おう」


 球技大会は二日間に分けられている。初日が野球とバスケ、二日目がサッカーとバレーだ。


 つまりは今から野球の試合が、始まるという訳だ。


「勝とうぜ、板倉」


「おうとも、早見」


 急造バッテリーながらもやる気はMAX。悪くない。


「……っと、そうだ板倉。一つ提案がある」


「ん、なんだ?」


「蒼太達の組に当たるまで、変化球は──禁止な?」


「……はあ?」


 二番キャッチャー 早見 連。ついに、お披露目の時間だ。

 

 

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