第46話  中学、サッカーを辞める前。


 中学一年、夏。その日の試合相手は、県大会ベスト8に残った強豪だった。

 しかし。


「っ! なんでっ!?」


 相手チームのカウンター。ゴール前から真っ直ぐに飛んだパスをカットする。


「よし」


 前半36分。天気は晴れ。

 スコアは3-0。うちのチームが勝っていた。

 チームメイトの調子も良かったし、俺自身も想像通りに体が動く。

 

「蒼太っ!」


「おうっ!」


 たった一本のパス。真ん中から左サイドへと横断したボールは、前線にて加速を始めた蒼太の足元へと向け、真っすぐにフィールドを切り裂いた。


「ナイスパスっ!」


 俺のポジションは、所謂トップ下。センターミッドフィールダーと呼ばれる場所だ。

 昨今では、戦術の進歩から徐々に廃れてきた時代遅れなポジションとも言われている。


 けれども、俺は縋り付いていたのだ。そこが好きだったから。


 その日の試合は、結果的に5-0の圧勝した。

 だったのだが。


「後半。前線の先輩方、手抜いたでしょ?」


 試合後のロッカールームで俺は怒りを露わにしていた。


「はあ? 何言ってんだよ、早見。俺たちは手なんて……」

 

「じゃあ、なんで最後の5分足を止めてたんですか。あれじゃ、手を抜いてるようにしか見えないっすよ」


「お前、後輩のくせに何を偉そうにしてんだ」


「フィールドの上とミーティングの時間にそれは関係ないでしょ。実際、ちゃんと足を動かしてたなら、あと一点は取れてたんだ」


「だからってお前、言い方ってもんがあるだろ。なあ、蒼太。お前だってそう思うよな?」


 この頃の俺は、一言で言うなら、誰に対しても厳しかった。……いや、どちらかと言うと、誰に対しても優しく出来なかったと言う方が近い。


「連。その辺で、自主練行こうぜ」


 そんな俺をいつだって宥めるのが、蒼太だった。よく二人で練習や試合の後に、将来の話をしたものだ。


「俺、絶対最高のプロになる」


 中学時代の蒼太の口癖がそれだった。

 ボールを蹴っている時も、休憩中もいつだって口にしていた。

 それに、俺はこう返す。


「蒼太。それは無理だ、何せ最高のプロになるのは俺だからな」


 今にしてみれば、滑稽で幼稚な話だ。もちろん、蒼太の言葉を馬鹿にしているのではない。

 馬鹿で幼稚なのは俺だ。


 蒼太がサッカーを始めたのは、小学校高学年。対して俺は幼稚園の頃からやっていた。なのに、この頃にはすでに実力はほとんど一緒だった。


 そして、その半年後。決定的な出来事が起こった。


「俺が……代表に、呼ばれたんすか」


 その日、監督に代表選出を告げられたのは、俺ではなく、蒼太だった。


「連は? 連はどうだったんですか?」


「お前だけだ。うちで呼ばれたのは」


 監督の無慈悲な宣告に、何も思わなかったと言えば嘘になる。けれど。


「蒼太。頑張ってこいよ。チームのことは俺が預かる」


 まだ、心は折れなかった。

 蒼太は凄いやつで、それと実力が拮抗する自分自身もほどほどに凄いのではないかと、心を誤魔化したから。


 だから、練習に練習を重ねた。

 もし、ここで少しでも手を抜けば、あいつには絶対追いつけないから。


 けれど、俺は結局、怪我をした誰のせいでもなく、自業自得。

 そして、間の悪いことに。


「早見、U15の日本代表に呼ばれている」


 そう電話が来たのは、俺が膝の手術を終えて、リハビリに勤しんでいる時だった。


「すみませんが、今は……」


「分かってる。残念だが、今はじっくり怪我を治せ」


「……はい」


 最初で最後の召集にも俺はいけなかった。

 そうして、俺の中学時代も終わり、サッカーから身を引いたのだった。


***


 白峰 翡翠は一人、放課後の教室にいた。

 夕日が下り、赤い光を滲ませる。カーテンは緩やかに窓から流れる風によって揺れていた。


「……あれで、良かったのかな」


 ──『本気でやってくれませんか?』。自らが言ったその言葉は、彼にとってどれほど難しいことなのか。


 そう考えるだけで、ぐっと胸に重い何かがのしかかるようだった。


 どれだけ彼が実力を隠してもいいんです。それが先輩のやりたいことだって言うならば、構わなかった。


「でも──私は先輩が自分の気持ちに嘘をつくのだけは、見たくないんです」

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