第45話 キャッチャーな友人Aと強打者副会長
「行くぞー、早見」
「おう。来い」
マウンドの上。
大きく振りかぶる。引き絞られた弓のようなテイクバックと、力を伝達するべく躍動する下半身。
「っ!」
声ではなく、それはうめき。
そして。
白球は、その指先より矢のように打ち出された。
「速っ」
キャッチャーマスク越しに見るそれは、無論サッカーでもお目にかかれないほどの速度だ。
しかし、体は瞬時に反応していた。
軽快な音が鳴る。マットの皮と白球の衝突。
「痛っ!! てか怖いっ!」
「とか言って、普通に取ってんじゃん。140キロ」
「取ったというより、勝手にミットに入っただけって感じだけどな」
野球部のエースにして、全国でも屈指の本格派右腕。板倉 隆二。コントロールもかなりのものだ。
「よし、次行くぞっ!」
「いいけど……」
なぜ、俺がキャッチャーをしているのか。それは、少し時間を遡る。
球技大会前の二週間。うちの学校では特別なカリキュラムが組まれる。
それは、体育が球技大会のための準備に置き換わるのだ。その間、組に分かれ、出場競技の調整または練習をすることになっている。
そうして、二限目。俺と緑組に振り分けられたクラスの数人は、緑組の練習場所として指定された第三グラウンドへと向かった。
「流石は、スポーツ強豪校。グラウンドが四つってすごいよな」
グラウンドへと向かう最中で、板倉に声をかけられた。
「それなー」
「あ、そういや出る競技決めたのか? おすすめは野球だぜ?」
決め顔のサムズアップ。正直、だいぶウザい。
「バスケ。去年もそうだったしな」
「えー、なんでだよぉー。やろうぜ、野球」
「すまんな。俺は……」
野球漫画より、バスケ漫画の方が好きなんだ、と言おうとして、ふと白峰の顔が頭に浮かんだ。
「うーん」
「どした、急に難しい顔して」
「……ちょっとな」
球技大会で本気を出してほしい。そう言った彼女は一体、何を考えていたのだろうか。
そもそも、俺は手を抜いていたわけじゃない。……多分だけど。
「──早見君。君はサッカーが大層上手いと聞いた。そんな君が何故バスケなのかな?」
「ひょっ!?」
不意に、後ろから飛んできたその一言に、俺はどきりとしながら振り返る。
「やあ、早見君。そして、そっちは板倉君だったね」
「会長……いきなり声かけないでください。びっくりするんで。なあ、板倉……って、おい」
隣の板倉は、弁慶の仁王立ちのように立ったまま気を失っていた。
「会長だなんて、君はどうにも距離を作ろうとするね。君ならば、私のことは椿希ちゃん。または、ハニーなんて呼んでくれても構わないのだが」
片目をあざとく瞬かせて、こちらを揶揄ってくる様子は、どことなく白峰を彷彿とさせる。
「呼びませんよ。というか、会長こそ、なんの競技に出るつもりなんですか?」
女子はバスケ、バレー、ソフトボールにフットサルだ。
「さて、何に出ようか。あまり経験のないもので困ってしまう。あ、これは私が処女という話ではないよ?」
「ぶふぅ!!」
あ、板倉が鼻血を噴き出した。女子は苦手なのだろうが、むっつりスケベなのは間違いなさそうだ。
「聞いてないんすけど……まあ、いいか。時間が勿体無いんで早く行きましょう」
「そうだね」
そうして、グラウンドについてすぐ会長の指揮の元、俺たちはそれぞれの適正を調べるべく軽い練習のようなものを始めた。
そして、今は野球というわけだ。
「驚いた。早見君は野球も出来るんだね」
「ん? いえ、出来やしないですよ。ただの見よう見まねっていうか」
「それでも、中々だと思うよ。何せ、彼の投げるボールを取れたのは今のところ君だけだしね」
確かに、普通怖いよな。あの球は。
「中々えげつない球放るんですね、彼は」
言ったのは、何処からか現れた副会長 本條 社だ。しかも。
「準備は良さそうだね。本條君」
「ま、会長の無茶振りにも慣れとりますから」
頭にはヘルメット、手にはバット。その姿は正しくバッターそのものだった。
しかも。
「ん? どうかしたん? 早見君」
「い、いや、別に……」
何がとは言わない、何がなんでも言えないが、そのとある場所は……平野だ。いや、だがこれは隣に並ぶ会長のものが立派すぎるだけか? ……いや、どうだろうか。
「ならええけど。さて、と」
「え? 何、どういうこと?」
本條はすっと鋭く息を吐きながら、打席へと入ってきた。
「板倉くーん。投げてきてええよー」
「お、おう」
凄い、板倉のやつ。ちゃんと返事しやがったぞ。この距離なら女子と話せるのか。……まあ、顔とかあんまり見えないだろうし、そんなもんか。
「会長。これはどういう状況ですか?」
俺は目線を前に向けたままで、真田会長に尋ねた。どうにも目的が分からない。
何故、本條が打席に? というのもあるが、それよりもう散々板倉のボールは捕ったではないか。
「打席に誰も立っていなくては意味がないだろう?」
「……まあ、そうですけど。だからって、女子の本條さんが打席に立つ必要は……」
「それは簡単なことだよ」
「早見ー、投げるぞー」
掛け声と共に、板倉は振りかぶる。しかし、先程までの威圧感のようなものは感じなかった。
きっと手を抜いている。そんな気がした。
「──おりゃぁぁぁ!!!」
「「ひょ?」」
重なる俺と板倉の困惑。そして、カキーンと甲高くグラウンドに響いたバットの快音。
「本條君は中学まで女子野球でエースで四番だったんだ。全国大会でも準優勝している」
「……えぇ」
会長の言葉の最中、高く高く舞い上がり、フェンスを越える。
飛んで飛んで飛んで……曲の名前は知らないがまさにそんな感じにボールは遥か彼方へと消えた。
「さあ、早見君。とりあえず今日は彼女から三振を取れるくらいにはならないとね」
「は、はあ。そこまでする必要……って、そうだった今年は蒼太が敵チームなんだよなぁ」
「そういうことさ」
とはいえ、スポーツにおいては、どうしたって男女のレベルが違う。いくら女子野球のトップクラスであろうと、男子のトップクラスである板倉が負ける道理はない。……はずだ。
しかし。
「おりゃっ!」
シングルヒット。
「ふんぬっ!」
ツーベース。
何度も続けて、打ち込まれていた。
「くそっ、そういうことか」
「ようやく気づいたね。早見君。板倉君は、変化球を投げれないんだ」
「俺のせいで、ですよね」
俺がおそらく捕球出来ないから。ストレートならば、いくら早いとてボールに慣れている俺にとっては正直、あまり怖くない。けれど、変化球は違う。
軌道もわからない、球速もなんならストレートよりも早く感じるような気さえする。
「でも、悪くない。君たちの、課題はたった一つ、変化球さえ使えればいいんだからね。さて、そろそろ打ち上げようか」
授業の時間も有限だ。今日から二週間は毎日、練習時間があるとは言え、足りているとは到底思えない。
「なあ、早見」
マウンドから歩いてきた板倉は何処か悔しそうだった。
「悪いな。力になれなかった」
「いや、そんなことより、気になったんだが、お前ってまさか──膝、悪いのか?」
「っ!?」
なぜ、バレた? 別に痛みを隠していたわけでもない。なのに、気づかれるなんて普通あり得るか?
「俺もな、中学ん時に靭帯傷つけたことがあってよ。なんとなく、分かるんだよ。仕草とかで」
「なるほどな」
「なあ、お前。だからサッカー辞めたのか?」
これは、隠し切れないな。俺は諦めて、中学時代のことを白状することにした。
「けど──蒼太には、絶対言うなよ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます