第40話  友人A、同人誌即売会に行くってよ


「列に従って進んでくださいっ! こちら最後尾になりますっ!!」


 そこはもはや、戦場に等しかった。

 広いホールには、長机が並び、その上を所狭しと同人誌が埋め尽くす異様な空間。

 

 熱気っ! 異常なほどに加熱されたホールは半ばサウナのようだった。

 そして。

 

「いいかっ!? 撃っていいいのは転売ヤーだけだっ!」


「いえす! まむっ!」


 あまりにも洗練された行動。眼前にいたのは、オタクなどと揶揄される存在ではなかった。


 その目には、信念と野望の炎を燃やしている。


 覚悟を持った者、否それはもはや──戦士ソルジャー。うん。そう呼ぼう。


「ありがとうございましたー」


 とりあえず、一冊。目的のブツのうち一つは入手できた。残りは、五つ。


「……えーと、次はこっちか」


 カタログを開き、人……じゃなかった戦士ソルジャーの流れに沿って進む。


「にしても、熱いなぁ。ここは」


「ほんと、そうっすよねー」


「いや、ほんとに……って、え? 誰?」


 独り言のはずが、気がつけば会話が成り立っていた。

 ぞっとしながら、俺は隣を見た。

 そこにいたのは、見覚えのある少女。


「ご無沙汰してるっす。早見君」


 それは。


「綴里? なんでここに?」


「それはっすねー……っと、ここじゃ立ち話も出来ないっすか。後で、落ち合いましょうっす。あ、奥の一帯は自分が回るんで」


「お、おう。分かった」


「それじゃー」


 綴里は手を振りながら、そのまま人によって形成された川流されて行ってしまった。


「……どういうことだ? こりゃ」


 とりあえず、脱出も出来そうにはない。俺は次のサークルへと向かうのだった。


***


「はあ……結局、二つは売り切れか」


 そこからしばらく会場を歩き回ったのちに、外へと出た。

 自販機の前で、ほっと一息をつく。おしるこなんて初めて買ったが、意外と美味しいな。


「あー、おーい。お待たせっす。早見君」


 しばらく待っていると、ホールから出てきた綴里と目があった。手には何やら紙袋をぶら下げている。


「綴里……え、えーと、なんでいるんだ?」


 改めて、俺は尋ねた。


「援軍っす。白峰ちゃんに手伝ってあげてほしーて言われたので」


「あー、そういうことか」


 なぜ今、俺がここにいるのか。

 それは結局、西宮の体調がまだ戻っていないからだ。熱こそ下がったものの、まだ足元がおぼつかない。

 

「……ってのもあるんすけど、実はちょっと興味があるんす」


 そう言って、綴里は首からかけたカメラを持ち上げた。


「いやぁ、撮ってみたかったんすよねぇ。コスプレイヤーさん」


 えへへとだらしない顔をする綴里。ほんとに、写真を撮ることが好きなのだなと伝わってくる。


「どうだ? 最近は、生徒会新聞書いてただろ?」


 ちょうど先週辺りに、掲示板に張り出されていたのを思い出した。


「……早見君。ほんとにありがとうございましたっす」


 ぺこりと綴里は頭を下げる。


「気にすんな。面白かったぞ、新聞」


 どうやら上手くやれているようだ。一安心。


「そ、そう言ってもらえて恐縮っす。それより、これ、どうぞ」


「お、ありがと」


「じゃ、自分はこれで。また学校で」


「おう、またな」


 目標はこれで達成。

 さっさと帰ってしまおうか。晩飯の支度もあるし……。


 そうして、俺は帰路へとついた。


***


 それは先日。

 掃除を終えた俺が西宮の部屋に様子を見に行った時のことだった。


「早見って、彼女いないの?」


 おでこに青みがかった冷却シートを貼り、横になった西宮が突然聞いてきた。


「いないな」


「そ。結構モテそうなのに、意外」


「そうか? そんなこと言われるのは、初めてだ」


 暇なのだろう。少しくらい話し相手になってやるか。俺は勉強机の椅子を引いて腰を下ろす。


「なあ、西宮。蒼太のどこが好きなんだ?」


「っ! な、何よ、急に」


「隠さなくていい。見てれば分かる」


 ぐぬぬと何処か悔しそうな顔をして、そっぽを向く。けれど、ぼそぼそと話し始めた。


「……興味を持ってくれたから」


「ほう? 詳しく」


「私、こう見えて友達いないの」


 まあ、知ってる。とはいえ、俺は何も言わずに頷いた。


「だから、私に興味を持ってもらえることが嬉しかった」


「……西宮のことならみんな気になってると思うけど?」


「違う。それは私にじゃなくて、私の目立つ見た目だったり、立場だったり……ほんとの私じゃない」


 要は、外ではなく中。きっと、内面を誰かに見て欲しかったのだ。なんとなく、分からなくもない話だと思う。


「羽瀬川は……初めて、私の好きなものに興味を持ってくれた。話を聞いてくれた。アニメも漫画もきっと、何も知らないのに」


「そっか」


「……あと、笑顔が可愛い」


 言って、西宮は布団を顔の上まで引き上げて、甲羅に籠る亀のように隠れた。


 正直、このまま当たり障りのない話をするのもいい。けれど、俺は一つだけ彼女に言わなければいけないことがある。


「なあ、西宮──人を頼らないことが、強いってことじゃないぞ」


「なに? 急に」


 布団から頭を出して、西宮は怪訝そうな顔を浮かべる。そりゃ、知ったような口を叩かれれば誰だって、そんな顔になるよな。


「俺は……高校に通いながら、アルバイト頑張って一人暮らししてるのは純粋にすごいと思うよ」

 

「……」


「でも、さ? どれだけ大人の振りをしても、俺たちはまだ子どもなんだ。限界ってのはどうしたってある」


 だからこそ、今西宮はこうして体調を崩してしまっている。


「何が言いたいの?」


「そうだな。まあ、一言で言うと、だ」


 少し、言うのは怖かった。踏み込んでいけないところに土足で上がり込むようで。

 けれど、このままではきっと西宮は無理をし続けてしまうのだと思うから。


「──今でなくたっていい、明日でも明後日でも。でも必ず、一度両親ときちんと話した方がいい」


「なんで、あんたにそんなこと言われなきゃいけないの。うちの両親が……どれだけ」


「ああ。知らないよ。もちろん。何せ──俺は、自分の本当の両親すらも知らないんだからな」


「っ!? 早見……あんた、それ……」


「俺が二歳と半年の頃。事故で死んだんだ。そう聞いた」


 誰にも、蒼太にすらも言っていないことだった。わざわざ話すようなことでもないし、下手に同情されるのも嫌だから。


「話を戻すけど、俺はお前の両親がどんな人で、西宮にどんな酷いことをしたのかは知らない。けど、切り捨てる前にもう一度だけ、話してみてもいいと思う」


 西宮は父親からの電話を迷惑電話だと切り捨てた。けれど、電話番号を変えることは嫌がっていた。


 確かにお金が掛かるし、色々とデメリットはあるから嫌なのだ、と最初は思った。


 けど、本当に関係を断ち切りたい、顔なんか二度と見たくないと言うのならば、それくらいはどうにでもなる話なのだ。今は連絡を取るにしてもSNSがあるし。


 だからこそ、どうしても俺には、西宮がほんの少しだけ両親に何かを期待している。そんなか細い希望のように見えたのだ。


「でも……私……今更どうやって人を頼ればいいのか、分からない……」


 西宮はきっとずっと頑張っていた。

 一人で、誰にも頼ろうともせずに。

 だから、俺はそんな西宮を助けてあげたかった。


「なら、とりあえず人を頼る練習からしてみないか?」


「え?」


 先程、リビングから持ってきた俺はカタログを西宮へと手渡す。


「それさ、明後日なんだろ? 流石に、その具合じゃ参加は無理」


「……それ、って」


「──どうする? 西宮。俺、明後日暇だぞ?」


 さあ、頼ってくれと言わんばかりに俺は笑ってみた。

 

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