第41話  感謝とお礼の日


 二限目の終わりを告げる鈴の音が響く。


「ぐ……久々に筋肉痛……」


 どうやら、あの戦場は中々に応えたらしい。

 週明けの月曜日。俺は全身にじわじわと響く鈍痛耐えながら、机に突っ伏していた。


「大丈夫かー、連?」


「お、おう」


 前の席の蒼太は今日も今日とても元気そうだ。


「あ、そうだ。これ、見ろよこれ。先週の俺のスーパープレイ」


 スマホの画面を向けられる。映っていたのは、サッカー部の練習風景。


 蒼太が撃ったシュートがゴール上のバーに当たりそのまま跳ね返る。その末、蒼太の頭に当たってネットを揺らす。


 Y●uTubeとかで見そうなへんてこりんプレーだ。というか、奇跡。


「はっはっ! 何だよそれっ!」


 不意に俺の馬鹿笑いが教室に響いた。すると、近くの女子がむすっとした顔を向けてきた。


「ちょっとー、早見。うるさいんだけど?」


「あ、ごめんごめん。俺のせいだ。すまん」


「は、羽瀬川君……私こそごめん、ちょっと言い過ぎちゃった」


 さ、流石は主人公だ……というか、普通にこの差は酷ない?


 今に始まった事ではない決定的な差を目の当たりにしていると、誰かに肩を叩かれる。


「──ねえ、連。話あるんだけど、今いい?」


「ん、ああ……って、え?」


 思わず耳を疑った。何故ならば。


「「えええっ!!!???」」


 騒然となった教室が、全ての答えだ。


「な、何で西宮さんがここに……?」「てか、今、下の名前で呼んだよな?」「え、二人ってどういう関係……?」


 ……あー、凄く面倒臭いことになったな。

 俺はとりあえず立ち上がった。


「に、西宮。あー、うん、この前休んでた時のノート貸すって約束してたよなぁ?」


「え? いや、違……」


「さあさあ、職員室にコピーを取りに行こうかぁー」

 

 半ば無理やりに俺は西宮を先導し、教室を出た。


***


「はい、白峰たん。お茶で良かったよね?」


「わざわざありがとうございます。西宮先輩」


「えへへ、どうしたしまして」


 二人も随分と仲良くなったなぁ。

 俺はしみじみと二人を見ながら、弁当箱を開いた。


 昼休みを迎え、俺、白峰、西宮は旧校舎の空き教室に訪れていた。


 これまでの俺と白峰は、いつも昼食は屋上で取っていたのだが、西宮も交えれば、少し目立つからということで、わざわざここにやってきたわけだ。


「にしても、西宮。今日の二限目の休み時間。なんでうちの教室に来たんだ?」


「ん? 感想聞こうと思って」


「なんの?」


「この前貸した漫画。どうだった?」


 そういえば、そんなものもあったなぁ。うん。


「面白かった。SFは読み慣れてなかったけどするする入ってきたな。あれは」


「ふふ、でしょでしょ? まあ、そういうと思って、はいこれ」


 西宮よりドヤ顔で差し出されたのは、紙袋だった。


「え、ええ……」


「全18巻。持ってきてあげたわ。感謝しなさい、連」


「お、おう、ありがとう……」


 受け取って、机の横に引っ掛ける。それと同時に。


「──西宮先輩? なんで、呼び捨てにしてるんですか、ね?」


 西宮の隣、俺から見れば左斜め前の白峰から強力無比な圧力のような何かが発せられた。

 ……え、なに? 海賊王さんですか?


「し、白峰たん? な、何かおかしい?」


「いえ、おかしいとかではなく……まだ、私だって呼んでないのに……」


 ぼそぼそと口をアヒルのように尖らせながら、白峰は何やら溢した。


「先輩も、なに下の名前で呼ばれて鼻の下伸ばしてるんですか」


「え? まじ?」


「……嘘ですけど」


 な、なんだ。嘘か。自分の表情っていまいち分からないから、一瞬肝が冷えた。


「白峰たん。勘違いしないで欲しいんだけど、別に深い意味があるわけじゃないの。ただ……友達ってやっぱり、下の名前で呼ぶのかなぁーって」


 ぼりぼり頬を掻き、何処かしょぼんとした様子の西宮。……うん。こいつもこいつで変なとこで思い切りがいいよな。


「へぇー、なら何で私のことは苗字で呼ぶんですか? 西宮先輩」


「え、ええ!? だ、だって……その、恥ずかしい……から」


「そうですか? アイラ・・・先輩?」


 あー、出た。小悪魔フェイスだ。


「くぅ!!??」


 一瞬にして、西宮の白い肌は茹で上がる。漫画なら、瞳孔の中にハートマークが出るやつだ。


「わ、わた、私っ! ちょっとトイレっ!」


 お花を積みにいくと言葉を濁すことすら忘れて、西宮は教室から飛び出していった。


 さて、つまり。俺と白峰だけが残ったわけで。


「先輩は、西宮先輩のこと下の名前で呼んでいるんですかぁ?」


 ゴゴゴゴ。そんな音が何処からともなく、聞こえて来そうな威圧感が瞬く間に俺を取り囲む。


「い、いえっ! 呼んでいないでありますっ!」


「へぇー」


 な、何故だ。顔は笑っているのに目は……絶対零度の冷たさだ。


「つまり、先輩が下の名前で呼ぶ人は、特別だってことですか?」


「そ、そりゃ、男子以外なら……そうなるかな」


 付き合ってもないのに異性を下の名前で呼ぶのは、なんとなく違うような気もする。……あ、幼馴染とかならまだ分かるけど。


「ふーん。呼ばれるのは気にしないんですか?」


「まあ、サッカーやってた時に散々呼ばれたし」


 グラウンドの上では、学年は関係ない。後輩からも先輩からも下の名前で呼ばれるのが普通だ。


「こほん。なら……わ、私がそう呼んでも、何ら問題ない、という、ことです、よね?」


「え、まあ、そうなるね」


「……連、先輩」


「呼び捨てでも構わないけど?」


「い、いえ、それはまだ……私には早いです」


 白峰は目を泳がせて、あからさまに戸惑いを見せた。その後で。


「連先輩」


「何?」


「ふふ、ふふふ。呼んでみただけです」


 それは、まるで宝物を見つけた時のように嬉しそうで。


「とりあえず、食べようか」


 一段落。俺は箸を持ち上げる。


「はい、連先輩」


 さて、ようやく食事にありつける。今日は、白峰の得意料理であるオムライスだ(n回目)。

 

「二人とも、お待たせ……ついでに、発表されてたから写真撮ってきた」


 タイミングよく落ち着きを取り戻した西宮が教室に戻ってきた。


「おう。西宮。……写真?」


「発表、ですか?」


「ほら、今月末のやつ。球技大会よ。二人のラインに送っとくわね」


 あー、すっかり忘れていたけど、そんなのあったわ。


「えーと、どれどれ……な、な、なぁ!?」


 そして、俺は驚愕したのだった。


「──俺と、蒼太が、違う組……だと?」


 再起と奮起。そして、約束の球技大会が幕を開けるのだった。

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