第39話  友人Aと生徒会長の取引。


「おや、君からラブコールが来るなんて、正直意外だね」


「真田会長は、意外に結構ライン送ってくるタイプなんですね」


 生徒会室。先程、淹れてもらったコーヒーが湯気を垂れ流している。


 一限目が始まる前、俺は生徒会長 真田 椿希に声をかけていた。もちろん、わざわざ三年の教室を訪れたのではなく、この前の一件で交換したラインからだ。


「それで? 改まって私に何か用かな? 早見連君」


 やっぱり苦手だ。この人と話していると、自分の深層心理を見抜かれているような気さえする。


「少しお聞きしたいことがあります」


「前置きはいい。何が知りたいのかな? 私が知らないことを君が聞くわけもない」


 微笑む真田会長は、コーヒーにスティックシュガーを注ぐ。


「しかし、だ。君が私をこうして秘密裏に呼び出した。しかも朝一番に。つまり、何か非常に急を要しており、且つ普通には手に入れられない情報、ってところだね」


「ええ、はい。その通りです。俺が聞きたいのは、西宮アイラの詳細な住所です」


 それを知る術は、考えうる限り三つある。


 一つは、純粋に先生に聞くこと。この三つの中で最も簡単なもの。けれど、色々な手間がある。


 恐らく、それをするとまず西宮の親御さんに連絡がいって、直接親御さんが行ってくれ、となる可能性が高い。


 そうなれば、きっと西宮は強がって嘘を吐く。


「それで、直接私に聞いて、と?」


「半分は当たりです。この場合、ご両親より先生より、適任がいますから」


 それは勿論、俺ではない、白峰だ。世間的に見ても、男に女性の住所を教えるより、同性のほうが安心できるはずだ。


「ふむ。確かに私は……というより、生徒会には生徒の個人情報が保管されている目録がある。委員会か部活動に所属している生徒に限られているが」


 西宮は美化委員だ。それに該当している。


「西宮は今、体調を崩しています。しかも、あいつは一人暮らし。ここ三日、ラインの返事もない」

 

「なるほど。それは不安だね。……とはいえ、それは難しいな」


 顎に手を当てる真田会長。らしくもなく、悩んでいるような素振りだった。


「私とて生徒の個人情報を好きに扱えるわけではない。当然ね? やはり、急を要するとしても、学校を経由するべきだ」


 正論。そう考えて当然だ。けれど。


「それじゃ、遅いかもしれない」


 俺は意を決して、提案する。


「一つ、貸しにしませんか。会長」


「ほう? 貸し?」


 真田会長は興味深そうに目を細めた。

 やはり、乗ってきた。ここまでは想定内だ。


「ええ。貸しです。俺に出来ることであれば、手を貸す。口約束で信用できないならば、紙にでも一筆記しますよ」


「……ふふ、ははっ! やっぱり、君は面白いね」


「不満ですか?」


「不満など、どこにあろうか? 分かった」


 会長はデスクの引き出しを開くと、目録を取り出した。


「ありがとうございます、では」


「おっと、早見君。最後に一つ、これはただのアドバイスだ」


「はい?」


「──優しさを振り撒くのは結構だが、それはきっといつか君を縛り上げる。よく、考えた方がいい」


***


 そうして、現在。

 西宮宅に至る。


「……洗い物、もうちょっと頑張れよな」


 俺はシンクに溜まった食器を洗い、次々に食洗機へと入れてゆく。

 西宮はここ数日、まともなものを食べていない。食器と隣のゴミ箱の中を見れば分かった。


 カップラーメン、スーパーの出来合いの弁当容器、冷凍食品。……これ、絶対日頃の食生活のせいだろ。


「先輩。私も、手伝いましょうか?」


「白峰さん……西宮は?」


 手は動かしたまま、俺は目線を上げて、リビングへと入ってきた白峰へと向けた。


「先輩の言った通り、フルーツゼリーを食べさせて、体を拭き終えたら、眠ってしまったみたいです」


「……そっか」


 どうやら、食べる程度の元気は残っていたらしい。良かった。


「それにしても凄いですね、先輩は」


 白峰はほっと安堵の息を漏らして、隣にきた。


「そうかな、出来ることを俺なりにやっただけだ」


 正直、もっと早く来るべきだった。そうすれば……。

 俺の思考の最中で、白峰が肩を当ててきた。


「先輩は、頑張りました。頑張ってます。だから、いいんです。悔やむ必要なんてどこにもありません」


「……ありがとう」


 白峰は俺の心が読めるのだろうか。いつだって、俺の欲しい言葉を欲しいタイミングに言ってくれる。


「でも、一つ減点です。誰でも優しいのは結構ですけど、今回ばかりは少しやりすぎだと思います」


「やっぱり?」


「はい。西宮先輩が先輩のことをどうとも思ってなければ、むしろ嫌われていたら通報案件です」


「そ、そうか」


 確かに。言われてみれば、緊急時だからと言って、勝手に住所を特定して、部屋まで入るなんて流石にやりすぎ……か。


「……どうして、そこまでするんですか? 先輩は」


 その言葉は、きっと今回の一件だけに向けられた言葉ではない。


 この前の新聞部での一件だってそうだ。きっと白峰の目には、俺の行動は不思議なものに写ったのだろう。


「──主人公になれる奴とそうはなれない奴。二種類いるのは分かる?」


 口を吐いた言葉は、きっと今の俺と言う人間そのものを表現したものだ。


「蒼太とか、西宮とか……白峰さんとかはさ。きっとそっち側の人なんだよ」


 容姿が優れている、運動が出来る。そんな話ではない。そんな短絡的なことではない。


「輝いてる。みんな、俺からすれば、眩しい星みたいなものなんだ」


 だから、その行動の一つ一つに心が動かされる。俺には無いものだから。


「……先輩は、ふざけてます?」


「え、ええ?」


 折角、赤裸々に語ったというのに、流石にその返しは酷くないか?


「……もしも、先輩の言うように、私が輝いていると言うのならそれは──先輩のおかげなんですよ」


「え?」


 小さな声。微かに鼓膜を揺らす声音だった。


「こほん。これ以上は言いません。野暮というやつなので」


 ぷいっとそっぽを向いた白峰の耳は、真っ赤に染まっていた。それが少し、可愛らしくて俺は小さく笑う。


「……そっか。さて、洗い物も済んだし、次は掃除……って、ん? なんだ?」


 リビングの机の上に、付箋まみれの冊子が目に入った。色鮮やかでキャラクターの絵が描かれているのに、漫画雑誌ではなさそうだった。


「どうかしましたか? 先輩」


「いや、ちょっと、ね」


 俺は手を拭いてから、冊子へと。

 そして、それは。


「なっ! これはっ!」


 コミックデパート90。つまり……。


「同人誌即売会の、カタログ……だと。というかこれ、明後日じゃねぇか……」


 あー、だから西宮は節制していたわけね。あー、うん。なんというか、実直だなぁ。


 俺は苦く笑って、冊子を開いたのだった。

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