間章六、盾と矛

少し痩せただろうか。ボルックはメイリュを見つめながら思う。ペイナがさらわれてからメイリュは気を落としている。ボルックはあの日を思い出した。



朝、薬草を摘んでいてもメイリュたちが来なかった。何かあったのかと思い、彼女らの部屋へ向かった。そこにあったのは。忙しなく出入りする使用人。話を聞いて回る王兵。取り乱したユージオ。そしてぐったりとしているミュリラ。

その瞬間、周りの音が聞こえなくなった。王兵たちの制止を振り切り、ミュリラに駆け寄った。ミュリラの腕を取り、脈を調べる。弱々しいが脈があり、安堵からかボルックはその場に座り込んだ。

しかし脈があるとはいえ、何か処置をしなくては危ないだろう。この場でまともに動けるベルア族はボルックだけだ。ボルックはミュリラの状態を確かめ、近くにいた女官に手伝ってもらい解毒剤を作り始めた。

叶うならばユージオに手伝って貰いたかったものだ。しかし今のユージオは使い物にならないだろう。薬草をすり潰しながらユージオをチラリと見た。ユージオは真っ青な顔で必死に銀の風神様に祈りを捧げている。しかし無理もない。ユージオは妻を目の前で毒殺されたのだから。今だって娘が同じように遠くへ行ってしまうことを恐れているのだろう。

メイリュに薬を飲ませ、ようやくボルックは一息ついた。


「ボルック、、、ありがとう。私一人ではどうにもならなかったよ」


薬を飲ませたあとの経過観察のため寝台の近くに座っていると、声をかけられた。


「ユージオさん」

「情けない姿を見せてしまったね。どうにも毒に倒れる人を見るのが苦手で。君のお父さん、、、レビリオさんみたいには、なれないよ」


ユージオは少しきまり悪そうに頬をかいた。


「いえ。ミュリラは僕にとっても大切な存在ですし、、、。当たり前のことをしたまでです。それに父よりもユージオさんの方が自然な反応だと思いますよ」


ボルックは叔父の訃報を受けた時の父の様子を思い返す。自分の弟が死んだというのにレビリオは顔色一つ変えずに「そうですか。これで彼らの悪行が一つ増えました」と言ったのみであった。あんなにも人間味のない人間なんているのかととても驚いたものだ。


「レビリオさんは里のことを第一に考えていますから、、、。とても立派な人ですよ」

「ええ。そうですね」


ボルックは「あなたみたいな温かい人間が父親の方がいいだろう」という言葉を飲み込み微笑んだ。



「ボルック」


ぼんやりしているとミュリラに声をかけられた。随分長いこと回想していたらしい。


「ミュリラ。どうしたんだい?」

「お父さんたち、明後日里へ行くんだって」

「族内会議のためだろう?」

「でも、きっと陛下は会議に合わせて王兵を里へやるわ」


ミュリラの声は震えている。


「何も出来ないよ。僕ら」


切り札が、ペイナがいないから。

しばらく沈黙が二人を包む。


「ペイナって里にいるのよね?」


ミュリラがそう零した。


「そうだけど。どうしたの?」

「じゃあ、里に行こうよ!ペイナと合流して、それで、えっと、、、」


ミュリラの向こう見ずな言葉にボルックは苦笑する。


「ペイナと合流して?」

「えっと、、、。、、、ボルック、どうかにかして、、、」


ミュリラは真っ赤な顔で俯いてしまった。だが、可愛い幼馴染みの頼みを聞かないという選択肢はない。ミュリラができないことはボルックがやればいいのだ。

ボルックは笑いながらミュリラの手を取った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る