十二、過去の亡霊
その日の夜。ペイナとラゼンは同じ部屋で寝ていた。十七歳の男女を同じ部屋にするのはどうかと思うが、ペイナ達を他の過激派から隠すために別行動は避けた方が良いと言われたので仕方ない。
ペイナは眠れなかった。ラゼンと同室だからというのもあるが、知らない場所で誰かからの悪意を受けているかもしれないという状況に緊張していたのだ。
「ラゼン。起きてる?」
「ああ。俺は午前中ずっと寝ていたからな」
「じゃあさ、なにか話そ。私たち何かと一緒に行動してるけどお互いのこと何も知らないじゃない?」
「、、、一理あるな。どっちかが寝るまで話そうか」
ラゼンはペイナの言葉の裏にある不安を感じ取ったが知らないふりをした。それがラゼンなりの優しさだったのだろう。
「じゃあ、ラゼンは何の月生まれ?私は冬・十二の月よ」
「冬生まれなんだ。俺は夏・七の月生まれ。俺の方が年上だな」
「たったの五ヶ月じゃない!」
そうして始まった会話は思いのほか長く続いた。二人ともなかなか眠れなかったのだ。それに加えお互いのことを知りたいという気持ちもあったのかもしれない。
「ねえラゼン」
「なんだ」
「私ね、最初ラゼンと話した時仲良くなれるかなってすごい心配だったの」
「なんで?」
「育った環境がまるで違うじゃない?私はこの人のことを知らず知らずに傷つけないかって」
「色んな人に言われるよそれ」
「そう。でも思ったのよ。そうやって腫れ物みたいに扱われるのってラゼン嫌でしょ?」
「当たり前だな」
「じゃあ私と一緒ね」
ペイナはふにゃっと笑った。
「私もこの目のせいで村では差別こそされなかったけど、どこか気をつかわれてた。共通点を見つけちゃえば一気に仲良くなれる。ねえ、ラゼン。私あなたと仲良くなれてよかったと思うわ」
「俺もだよ」
「おやすみ、ラゼン」
「ああ。おやすみ。ペイナ、いい夢を」
ラゼンは眠ってしまったペイナの頬をそっと撫でた。ラゼンは護衛という仕事柄あまり長く眠らない質で、今日は午前中寝ていたのでまだ目が冴えていたのだ。
「久しぶりにこんなに喋ったな」
ラゼンは独り言を漏らす。そう言った彼は十七歳という年齢相応のあどけない顔をしている。しばらくぼんやりしていると眠気がようやくラゼンに訪れた。
「お兄ちゃん」「ラゼン」「兄ちゃん」
優しい声が聞こえる中。ラゼンは夢か、と思いどこかぼんやりした印象の家族に背を向ける。目の前に広がった墨を流したような暗闇に、まるで自分の内側に来たようだ自嘲したその時。背後から声をかけられた。
「お兄ちゃんっ」
暗闇の中、懐かしい声に目を向けると妹がいた。しかし彼女の顔はぼやけている。ラゼンと一番歳が近い、可愛がっていた妹。彼女は今も健やかだろうか。もう顔も思い出せないけれど。
「ごめんね、ラゼン」
暗闇にぼうっと白い手が伸びる。細い白い手にずっしりとした麻袋。あれはラゼンの値段。ラゼンを売って母が得たもの。
それに思わず手を伸ばす。「俺を売らないで」と言いそうになった瞬間。
『何で置いていったの?』『ごめんね』『君は今日から』『毎度ありー』『行かないで』『ラゼン』『お兄ちゃん』『どうか、』
数多の声が混じって頭の中をぐるぐると駆け巡る。頭が痛い。暗闇の中で一人つぶやく。
「やっぱ俺は幸せになれないな」
過去の亡霊がいる限り。
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