十三、母の手記 上
翌朝。ペイナが目を覚ますと思っていたより近くにラゼンの顔があった。ペイナは一瞬驚いたが、すぐに昨夜の会話のことを思い出す。ラゼンの寝顔はどこか子どもらしい。そっとラゼンの黒髪を撫でてみる。なんだか安心した。
「、、、。ペイナ、、、なんで人様の髪を撫でているんだ?」
「ラゼン。おはよう。なんかラゼンの髪を撫でてると安心するのよね」
「安心するって、犬猫か俺は」
以前のよりずっと砕けた様子のラゼンをみてペイナはどこか暖かい気持ちになった。
その後ミーシェが運んできた朝食を食べ終えると部屋にルドが入ってきた。ルドはペイナに一冊の帳面を渡す。
「これ、、、何ですか?」
「陽の先代当主、ペリア様の手記だ。彼女が亡くなった際に回収された。どういう仕組みなのか俺たちは開くことすらできない。ペイナが中を見られるかはわからないが、一度試してみてくれないか?」
ペイナは手記を受け取る。黒い革製のノートだ。外側からなにかがついたのか、側面から見える紙は汚れている。そっと開いてみると手記はパリパリと乾いた音を立てながら開いた。
ペイナは思わずルドを見る。ルドも驚いたようで目を見開いていた。
「きっと、君のための手記なんじゃないか?ペイナ、読んでみてくれ。内容について教えてくれるとありがたいが君が嫌なら教えてくれなくてもいい」
「教えなくてもいいんですか?」
「この手記は君以外開くことができない。おそらくペリア様が俺たちが読むことを拒否したんだろう。なら俺たちが内容を知る権利はないんだ」
「わかりました。私が教えていいと判断したことだけ教えますね」
ルドが退室した後、ペイナはゆっくりと手記に目を向けた。
『この手記は個人的なものだ。できるだけ人に見られたくない。と思い、一晩中銀の風神様に祈り続けたらどういう訳か私以外、、、というより陽の家の者以外開けなくなった。万歳。こういう時ばかりは陽の家で良かったと思う。
さて。私は陽の家の自由を求めている。そのために必要なことや調べたことを書くつもりだ。
陽の家の自由には何をするべきか。手っ取り早いのは龍と影の皆殺しだが、現実的では無い。それにこの方法だとオベリアに怒られそうだ。全く。あの子は私より年下だと言うのにしっかりしてる。
現実的なのは後継の教育だ。幸いなことに私は龍の後継と影の後継・ルドとミーシェに大変懐かれている。オベリア、ルド、ミーシェはみんな私の弟妹みたいなものだ。将来融通を効かせてくれるだろう。
しかし弟妹扱いしてる奴らに全て押し付ける訳にもいかない。やはり私も色々と調べるべきだな』
『おいおい。ベルア族はまずいぞ。特に五家。手始めに何も手がかりがないから龍の家の書庫に忍び込んでみた。そこでベルア族の家系図を見つけて鳥肌がたったぞ私は。なんだこれは。近親婚が多すぎる。いとこ婚に叔父姪、叔母甥婚。酷い時は腹違いの兄妹で結婚している。これではまずいぞ。道理で我々の平均寿命がほかより短いはずだ。こんなに血が濃ければ不都合も多い。短命なのは毒殺した報いとか言っていないで血を薄める、ということに重きを置くべきじゃないか?』
『オベリア達が遊びにきた。オベリアは本当に賢くていい子だ。まだ十歳だと言うのに毒についても薬についても大人顔負けの知識を持っている。この子はさぞ腕のいい薬師になるだろうな。ミーシェの体術は一段と洗練されているし、次代のベルア族は安泰だろう。次期長のルドはまだ子どもっぽいが、ガキ大将はいい大人になる。そう相場が決まっている』
『私が調べるべきこと、やるべきことをまとめよう。
第一に毒を作り始めた理由についてだな。毒を作り始めた原因が分かれば解決に進める。上手く行けばベルア族が毒を作ることは無くなるだろう。万事解決だ。だが上手く行く可能性は低い。毒の販売はベルア族にとって当たり前のことで生活に深く根付いてしまっている。しかしこれ以外に穏便なやり方は思いつかない。せめて私も影のように頭が回ったら良かったんだが、、、。仕方がない、この方針で行こう。また龍の書庫に忍び込むのか。面倒だ』
『すごい発見をしたぞ!誰か褒めてくれ!ベルア族が毒を作り出した原因がわかったんだ!龍の家で古文書のような文を読んだだけある。逆に何も発見できなかったら私はキレてたぞ。
ベルア族が毒を作り出したのはクリグム族の襲撃の後。しかし六十年前の襲撃じゃあない。それ以前にもベルアはクリグムに襲撃されていたんだ。つまり六十年前の襲撃は二度目の襲撃だったんだ。最初の襲撃後その被害を賄うためにベルア族は毒に手を出し始めた。この最初の襲撃は何百年も前。風化してしまうのも仕方ないだろう。それと同時に何百年も続く毒の販売をやめさせるのは難しそうだ。
しかしわからん。何故クリグムはベルア族を襲撃したんだ?六十年前の襲撃はわかる。我々ベルア族が毒と薬を売り、人の運命を捻じ曲げていたからだ。しかし一度目の襲撃の頃、ベルア族は薬師の民族だった。それも生死を操るほどでは無い。風邪薬や傷薬を細々と売り、自給自足をする民族だった。襲撃する理由なんてない。ここが分かれば解決に繋がるかもしれんが、クリグム側の事情はさすがにわからん。保留案件だ。しかしこれ以上何をすればいいんだ私は』
『調査は遅々として進まん。二年も経ってしまった。久しぶりに進展というか、変わった出来事があったんだ。人間の男を拾った。ベルア族じゃない。里の麓で行き倒れていた。歳の頃は二十後半くらいか?二十四の私より年上に見える。何があったのかはわからないが、怪我をし熱も出していたので治療中だ』
『男が起きた。名をラーグというらしい。しかもクリグム族の出身で、本人も預言使だと言う。とんだ拾い物をしてしまった。しかしこの男をどうするか。匿ってるなんてバレたら龍になんと言われるか、、、。最悪殺される。この男も、私も。しかしこの男からクリグムの話を聞けるかもしれない。だが私とて志半ばで死ぬ訳にもいかん。それに私が死んだらオベリアが陽の本家に引き取られて、次期当主になってしまう。それだけは避けたい。あの子は薬と毒の天才だ。こんなつまらん役職につくべき子ではない』
「、、、イナ、ペイナ」
名前を呼ばれながら肩を叩かれ、ペイナは顔を上げる。随分夢中で読んでいたらしい。
「ラゼン。どうしたの?」
「集中しすぎだ。そろそろ夕飯だから一回読むのをやめろ」
ペイナは周りを見回す。もう日が暮れていて、自分はどうやら昼ご飯を食べ損ねたらしいと気づいた。
「昼飯の時も呼んだんだけど、全然気づかなくて。でも二食抜くのはさすがにまずい。残りは明日読んだらどうだ?」
ラゼンは困り顔で言った。
「そうだね、さすがにお腹すいたし、目も疲れちゃった」
ペイナは手記の表紙を撫でながら言った。この手記を時間を忘れて読んでしまう理由。それは実の親への焦がれから来るものだとペイナは気づいていた。
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