七、父の話
預言使はベルア族を忌み嫌っている。と聞いていたのでペイナは警戒していた。
それにしても。サ・グラジュルは不思議な人だ。ふわふわしていて掴みどころがない。全体的に色素が薄い。そして歳をとってるようにも若いようにも見える。
王城のある部屋に明らかに警戒しているペイナ、サ・グラジュル、そして彼の五人の護衛が一堂に会した。ペイナとしてはミュリラかボルックに着いてきて欲しかったのだが、エヴシーテに「一人で行け」と言われたので仕方がない。
「そう警戒するな。少女よ。わしではお主に害を与えられぬ」
気まずい空気の中、サ・グラジュルが口を開く。
「確かにあなたでは無理かもしれないけど、周りの護衛に命じれば私なんかすぐに害せるでしょう」
ペイナは痩せているサ・グラジュルとがっしりとした護衛達を見ながら言った。
「確かにそうじゃのう」
サ・グラジュルは愉快なことを聞いたとばかりに笑いながら言う。
「主ら、一度部屋を出ろ」
サ・グラジュルが護衛たちに向かって声をかけた。
「しかしサ・グラジュル様。あなたは各国に狙われている。どうか一人は護衛をお残しください」
「そういうことらしい。少女よ。主がここに残る護衛を決めてくれ」
ペイナは目を細める。確かに全てを見通すサ・グラジュルはその力故に命を狙われる。ここで護衛を外し、襲われたとしてもペイナは責任を取れない。
ペイナは少し考えてから自分と同年代の少年を残す護衛として選んだ。
「少女よ。お主は勘がいいのう。この少年はまだ幼いが腕が立つ」
ペイナは少年を見る。その少年はおそらくペイナと同じ歳くらいだ。多くの民が茶色の目をしているクリーグでは珍しい青い目をしている。
「さて。少女よ。主に話がある」
「話、ですか?」
「まず、お主は少々難しい立場をしておる。その身にはベルアの陽の血が流れている、ということであるな?」
「ええ。母が陽の家の出身らしいです」
「うむ。それだけだったら単純なのだが、問題はお主の父親じゃ」
「父親、、、」
ペイナはハッとした。今までペイナの母がベルア族の陽の家の直系である、という事実にばかり目を向けていて、父親については考えていなかった。てっきりベルア族の誰かだと思っていたのだ。
「お主の父親はクリグム族の預言使。名をラーグという」
「クリグム族の預言使って、、、」
「ああ。一昔前にベルアを消そうとした一族だ」
「嘘、、、。なんで。ベルア族はクリグム族を恐れて、クリグム族はベルア族を嫌ってるのに」
「二人とも一族の外れ物だったからのう。気が合って駆け落ちでもしたんじゃろうな。まあその辺は今後、主が自ずとわかっていくだろう。わしが主に言いたいのは主の力についてじゃ」
「力ってなんのことでしょう」
「気づいていないのか。それは愉快じゃ。一度使ったことがあるだろうに」
「一度使った?」
ペイナの脳裏に男たちの影がよぎる。村に火をつけ、抵抗する村人を害し、ルグナに毒を盛り、リュークを殴った男たちの、、、。ペイナの史上最悪の夜が。
「あの時の風って」
「いかにも。少女自身が起こした風じゃ。元々ベルア族の陽は風を操る。ベルア族は風神を信仰しとるからな。陽はその力を借りるのじゃ。ここが今までの陽の力。しかし少女よ。お主の力は次元が違う。理由ははっきりせんが、おそらくクリグムの血が入ったからじゃろう」
「次元が違うって、どういうことでしょうか?」
「あの晩、主が起こした風は男たちを吹き飛ばし、火を消して人々を癒した。普通はそんな芸当出来ぬ。そもそも人を選んで吹き飛ばすなど不可能じゃ。火を広げるならまだしも消すなど出来ぬ。癒すなどもってのほか」
「そんな、私ただ叫んだだけで、誰かに助けてって訴えただけで、そんなことしてないです」
「したのじゃ。お主が。いや、風の神と言うべきか。神はお主を寵愛しておるらしい。お主の声と望みが通じやすいのじゃ。ああ、でも心配するな。他の陽と比べて通りやすいだけでそんなにホイホイと風はふかぬ」
それを聞いてペイナは胸を撫で下ろす。ペイナが怒っただけで風が吹こうものならいい迷惑だ。
「しかし少女、気をつけるに越したことはない。今はベルア族とエヴシーテ陛下しかお主の力を知らぬが、もし他の者が知ってしまったなら必ず主を欲しがる」
「わかりました。気をつけます」
「それともうひとつ。少女、お主は長生きしそうじゃ」
「は?」
謎めいた預言使、サ・グラジュルはペイナにそう言うと、颯爽と部屋を出ていった。ついでとばかりに護衛の少年へ、
「あ、主はクリーグにいる間、少女の護衛じゃ。言うても刺客はいないがな。しかし主は働きすぎじゃ。休暇じゃ、休暇」
と言い残して、、、。
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