二、燃える夜と銀の風

いつもと変わらない夜のはずだった。


『カンカンカンカンカンカンカンカンカンカン』


大きな警鐘の音でペイナは目を覚ます。窓の外が赤かった。


「ペイナ!火事よ!起きて!」

「お、お母さん!」


ペイナは慌てて家族と外に出る。村のあちこちから火の手が上がっている。熱風が吹き荒れて、いつもののどかな村はどこにもなかった。


「放火よ。誰かが村に火をつけたの」


ルグナが暗い顔をして言った。


「暴漢もいるらしい。村の端まで急ごう」


ルグナとポイッサムの言葉に震えながらペイナは足を進めた。

周りを見ると所々に倒れている人がいる。しかし、彼らにはなぜか外傷は少なく血を吐いていたり、泡を吹いていたり。倒れている人に男衆が多いのは妻子を逃がしたためだろうか。

村全体が燃えていて鎮火は絶望的だった。


「ペイナ、これを被って」


ペイナは黙ってルグナが差し出した頭巾を被った。

どうしても、言葉が、声が出なかった。



村の端まで行くと、多くの村人が集まっていた。どうやら村を襲った一味の仲間が待ち構えていたらしい。必死に逃げたのに意味が無かったのかと思うとペイナは膝から崩れ落ちそうだった。

どうやら暴漢たちは人を探しているらしく、一人ずつ顔を覗き込んでいた。

ペイナの体は理由もなくガタガタ震えた。

ついに、ペイナの番になった。


「次、そこの女」


そう言うと男はペイナの頭巾をめくる。しかしペイナは俯いていて顔は見えない。


「おい、顔を上げろ」


ペイナが怖々と顔を上げると男がにんまりと笑った。


「おい、こいつだ。陽の家の直系子孫」

「ようやく見つけたか。まあ見つけてしまえばこっちの勝ちだな」

「村を燃やした甲斐があったってもんだ」


ペイナの頭は真っ白になった。自分一人のために村が燃やされ、村人達を危険に晒してしまったという事実に頭も心も追いつかなかったのだ。


「ペイナ!」


ルグナがペイナを庇うように抱きしめた。


「この子は私たちの娘です!神に誓ってもいい!」


ポイッサムが普段は出さない大声を出す。


「ならば銀の目を持つわけがないだろう。銀の目を持つのはベルアの陽の家だけだ」


男はガタガタ震えるペイナを見ながら言った。


「違います!この子は私の、」

「早く連れていけ」


男が命じると他の男たちがペイナを無理矢理ルグナから引き離し、連れ去ろうとする。


「お、お母さん!お父さん!助けて!」


ようやく声が出たペイナは必死に手を伸ばす。


「ペイナっ!」


その腕をつかもうとした瞬間。ルグナが苦しみ出した。


「ルグナ!?」

「お母さん!」

「面倒だから、毒を盛った。お前の母親は爪を噛む癖があるようだからな。飲ませるのは簡単だったよ」


ルグナは口から血を吐き、うずくまっている。ポイッサムはルグナの血をどうにか止めようとして血まみれだ。


「なあ。交渉だ。お前が大人しく俺たちについて来たら、母親を助けてやろう。それでも抵抗するならば、母親は手遅れになるだろうな」

「っ、、、!」


そんなの、交渉じゃない。ただの脅しだ。


「ペ、イナ、私はいいから、行かないで、おねが、」


ルグナはゴホゴホと血を吐きながら言った。

だめだ。どうしよう。ペイナが動けないでいると、リュークがペイナを助けようと駆け寄ってきた。


「ペイナッ!」

「お兄ちゃんっ!来ちゃだめ!」

「、、、面倒臭いのがいっぱいいるな」

「っが!」


リュークが、ペイナの両腕をかかえていた男たちに殴り倒された。男たちに一度手を離されたペイナだが、腰が抜けたようで上手く動くことができない。


「あ、おに、ちゃん」

「ほらこっちに来い」


男がリュークを殴った手を。こちらに向ける。

その瞬間、ペイナの中で何かがプツリ、と切れた。


「ああああぁあああああぁああああ!いや、いやあ!やめて!助けて!誰か!」


お願いだから、この男たちをどこかへやって欲しい。火を消して、人々を治してほしい。そんなペイナの感情の高まりに合わせて。村中に暴風が吹いた。その風は暴漢を吹き飛ばし、火を鎮める。

そして暴風の発信源であったペイナの周囲には誰もいなくなった。少し離れた場所で家族や村人達が横たわっている。ペイナはへたり、と地面に座り込み、そのまま気絶した。

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