第6話 女子の会話
昼休み。高等部一年C組、前方出入り口付近の小島にて。
「
そう言って日川一号が差し出した、カラフルな装丁の薄い本。
明るい髪色をしたポニーテールの小柄な女子は、菓子パンの開封を中断してそれを受け取ると、顔の横でふりふりと振った。
「いいよー、ぜーんぜん。でもビビったわ。ヒカに恋愛の本借りたいって言われるなんて。聞き間違いかと思った」
机の横に掛けた鞄の口を開け、本を放り込みながら江崎は続ける。
「『難攻不落の日川城』っしょ。三年間、誰にどんだけアプローチされても無反応だったのに。しかも、そのヒカが遂に選んだお相手は……」
江崎は横目で教室の対角線上、窓際最後列の辺りをちらと見た。
同性の友人と机を寄せ合って昼飯を食べている、茶黒で天パ気味の髪をした地味な男子。高めの上背も長身というより「うすらでかい」と
その背を親指で指しながら、江崎が声を低める。
「……ぶっちゃけ、どうなんよ。マジに本命? ヒカ的にもひまじんと付き合うの、本気でアリ寄りなの?」
すると相席するもう一人が横から口を挟んだ。
「ちょっとぉ。そうじゃなきゃ普通、オッケーなんて出さないでしょ。ねぇ、ひぃちゃん?」
お団子頭の
「……はい。望月さんの仰る通り、私も陽午さんの彼女になりたいと思い、告白を承諾しました」
「ちょちょちょ、ちょっと……ストレートすぎぃ……聞いてるこっちが恥ずかしくなるって」
赤面し、ぱたぱたと顔を扇ぐ江崎。再び視線を陽午の背に向け、呟く。
「はぁ。全く、ひまじんも幸せ者だね……ヒカと両想いなんてさ」
「……」
日川はどこかばつの悪そうな
あっけらかんとした声が騒がしい教室の片隅に響く。
「……で、で。どうだった? 役に立ちそ? 『彼氏の心を死んでも手放さない為の百か条』は」
「はい、非常に勉強になりました」
日川は頷き、望月の机に広げられた大きな二段弁当を見ながら言った。
「昨日、早速、第一条の『胃袋を掴んじゃおう!』を実践しまして」
「もう!?」
二人の反応が予想外に大きかったのか、日川の藍色の目がぱちくりと
江崎は今にも日川の肩に掴みかかりそうな勢いで身を乗り出した。
「えっ、ヒカ、お弁当作ったの!? 昨日!? ひまじんの為に!?」
「江崎さん、音圧レベルが一定値を超えています。陽午さんに聞こえてしまいます」
「あ、ご、ごめん……」
ぱっ、と口を塞いだ江崎に代わって望月がもう一度、同じ質問をする。
「ひぃちゃん、ひまじんにお弁当作ってあげたの?」
「はい。陽午さんの食事嗜好に関するデータは以前から蓄積されていましたので。その中でも優先度の高いもの、及び、参考資料に記載のあった『これ覚えててくれたんだ効果』を発揮すると考えられるもの等を作成し、弁当箱内部に配置しました」
「『作成』って……ひょっとして、手作り?」
「はい。一部を除いて」
目を見開いて
日川は不安げに目線を動かし二人を見た。
「……何か、おかしかったでしょうか」
「う、ううん」
江崎は慌てて首を振り、何も置かれていない日川の机を遠慮がちに指差して言った。
「で、でもさ、ヒカって、その……ご飯、食べないじゃん。わざわざひまじんに食べさせる為だけに料理したの?」
「はい。頂いた資料に『何はともあれ胃袋を掴めば男は逃げない!』とありましたので……」
「……」
あんぐりと口を開けたまま固まる江崎。望月は「きゃぁ」と両頬に手を当て、何故か嬉しそうに身体をくねらせる。
我に返った江崎が言った。
「ご、ごめん。知らんかったわ。ヒカがそこまでひまじんのコト好きだったとは。そりゃ……ひまじんも飛び上がって喜んだんじゃない」
「作成したお弁当自体は、喜んでいただけたようでした。……ですが……」
「?」
不意に
「何かあったの?」
「……これからも一定周期で作って差し上げる、という旨の提案をしたところ、頻度はもっと少なくていい、と言われてしまいまして」
「えぇーっ!!」
椅子を蹴って半立ちになった江崎を周囲の島の生徒がなんだなんだと見る。幸いその声は陽午のいる島までは届かなかったようだ。
「何それ、ヒドぉい! 遠回しに『いらない』って言ってるようなもんじゃないの、それ!」
肩を怒らせる江崎を望月が「まぁまぁ」と
「ひまじんはそんなこと思わないし言わないよぉ、流石に。だってひまじんだよ。きっと、ひぃちゃんの負担になると思ってそう言ったんだと思うよぉ」
「そう……なら、よいのですが」
二人はよもや、陽午の頻度下げ交渉が『週四回』という破格の高レートからスタートしているとは夢にも思わない。
一応は椅子に座り直したが怒りの収まらない様子の江崎は、陽午の学ランの背中を見ながら唇を尖らせた。
「ちぇっ、何だよひまじんのやつ。ヒカと付き合えたからって、ちょっと調子乗ってんなぁ? ……ヒカ、聞いて」
江崎は片手を口元に当て、内緒話をするように、日川に顔を近付けた。
「男と公平に付き合うには、ワガママが鍵なの」
「ワガママ……ですか」
未知の単語を聞いたかのように、藍色の目が妖しく光った。
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