第2話 日川一号の謀(暴)略
前夜の寝不足が祟って平常より遅れて登校した私を、やたらに興奮した様子の友人達が出迎えた。
「ひまじん、お前、やったなぁ!」
「やった?」
お調子者の
「やったって、何を」
「とぼけなさんなって。告ったんだろ! あの日川さんに!」
「え」
するとその後ろから、のんびり屋で知られる女子の
「しかもオッケー貰ったんだってねぇ。いやぁ、あのひまじんが。めでたいねぇ。めでたいめでたい」
「くぅ。羨ましいなぁ、こいつよぉ!」
「ちょ、ちょっと……待ってくれ。一体全体、何がなんだか」
私が突っ立って目を白黒させている間にも、その他のクラスメイトが「快挙だな」「お幸せに」「凄いぜお前」などと次々声を掛けてくる。
まだ布団の中で夢を見ているのかしらん、と思い始めた所で、
「おはようございます。少し、二人で話しませんか。陽午さん」
「ひ、日川さん……」
あれよと言う間に腕を取られ、私と日川さんは
「これは一体、何がどうなっているのですか」
「『陽午さんに告白され、それを承諾した』と、クラスの方々に私が吹聴して回りました」
すまし顔でそんな事を言う日川さん。私は辞書の角で後頭部を打ちつけられたような
「何故そんな事を」
「その方がお互い、やりやすいでしょう。どうせ恋人になるのなら」
「い、いや、だから……恋人になどならなくとも、私は誓って日川さんの秘密を言い触らしたりしませんよ。それに私は本当に、日川さんを脅そうなんてつもりは毛ほども……う」
「しー」と囁き、日川さんは細く白い人差し指を私の口に当ててきた。ひんやりと冷たい感触。藍色の目が妖しく光る。
「そんな言葉に意味はありません。人間は嘘をつく生き物。だから、この交換条件が必要なのです。陽午さんの恋人として振る舞う代わりに、私がロボットであるという秘密を守っていただく……」
私は激しくかぶりを振った。
「その件については謝ります。本当に申し訳ない。他人の秘密に軽々しく踏み込んだ私が愚かでした。だからどうか、そんな日川さんに何の利も無い行為は――」
遮るように日川さんは小さく首を振った。
「もう舞台は整い、幕は上がっています。陽午さん独りが『告白などしていない』『恋人ではない』と役を降りては、不自然に映ります。綻びは疑念を生む。私の秘密が他の誰かに探られる危険性が高くなる」
口に当てられていた指が、すぅっ、と下りて、私の学ランの胸、心臓の辺りをぴたりと指した。
「……陽午さんは、そんな
「……」
何だか奇妙だ。すっかり脅される側に立場が逆転してしまったような……いや、何度も言うようだが、そもそも私には
「難しく考える必要はありませんよ」
無表情に私を見上げる日川さんの声が暗示のように薄暗い踊り場に反響する。
「あなたはただ思いのまま、望みのままに、私を恋人として扱えばいいだけの話なのですから」
「……」
日川さんと恋仲になる。
彼女がロボットであると判明した今でもなお、それ自体が私にとって魅力的な話ではない、と言えば大嘘になる、が……しかし……友人と呼べるかどうかすら微妙な間柄から、昨日の今日で一足飛びに恋人とは……しかも、こんなややこしくて、不純な形で……。
「それとも……」
葛藤に
「もしかして陽午さんには、他にどなたか……好きな、方が……いらっしゃるのですか」
「え……いや、特にそういう訳ではありませんが……」
「そうですか」
差したかに見えた陰は瞬きの内に日川さんの白い顔から消え去っていた。薄暗がりの中で見間違えたのだろうか。
「では何の問題もありませんね。今日からどうぞよろしくお願いします、陽午さん」
教室を出た時のように腕を取り、日川さんは私にぴったりと身を寄せる。
制服越しに伝わる冷たい体温が背筋をじわりじわりと上ってきて、私は何か大きくて深い穴の中に爪先から吸い込まれていくような錯覚を覚えた。
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