第4話 使命

俺達の前に現れたのは纏いの神ニールダのセンティアンだった。


「…俺の名前はオルス。

 オババ様は纏いの神ニールダ様のセンティアンとお見受けします。

 よろしければこの世界で一体何があったのかお聞かせ願えませんでしょうか?」


俺は跪き、礼を払った。


『ラウラ、あんたも聞きな。

 …私は纏いの神ニールダ様より神力を預かり、この子達を託され守る者。

 ここはザルツ地方、神のきざはし

 この世界は負けた世界さ。』


「負けた…やはりフォールンにですか?」


俺の質問に対してオババ様はこう答える。


『そうさ。

 あの日、世界を黒い霧が覆った。

 シーン様も戦いに敗れ、月も赤く染まった。

 神々が降臨しては散っていったよ。

 ここはもうやつらの世界さ。

 あの日からもう100万年から先は数えてないさね。』


未来――それは、俺たちが見知った世界が崩壊し、滅びた後の姿だった。

100万年以上もの時が過ぎ、言語も、文明もすべて風化してしまった。

俺たちが全裸だった理由も納得がいく。

装備も、何もかもが時の流れに消え去ったのだ。


『私には二つ神命がある。

 一つは、神力を持ってこの子達を隠すこと。

 もう一つは…あんたたち過去人の中で最も強く賢い者を出しな。』


「…その心は?」


『この世界を救ってもらうためさ。

 ただ、方法は簡単には教えられない。

 少なくとも、覚悟の無い奴には教えられないね。』


オババ様の声には、これまでに積み重ねてきた経験と、この世界を知る者の覚悟が宿っていた。

俺達がフォールンや竜屍兵ダムドに戻るかもしれない——その恐怖が、彼女を慎重にさせているのだろう。

情報を漏らせば、それは敵に利用されるかもしれない。

その危険性を理解した上での決断だった。


しかし、30人ほどいたメンバーを見るに恐らくそれは俺になるだろう。

全裸だったからな。よく身体つきが見えた。

魔法使いであれ、戦う者は身体に出る。


「…きっと俺か、横にいるメイエルになることでしょう。

 俺はこの世界に来る前に冒険者をしていました。

 世界を救いたいと思う理由もあります。」


『なら、話は早いね。

 あんたたち、世界を救う気はあるかい?』


過去の平和な時間が脳裏に思い浮かぶ。

そこにいた人を想う。


「ある。…手段があるならまずそれをお聞きしたい。」


「私は少し考えさせてください。

 まだ、状況を受け入れられなくて。

 決断ができるまでは席を外させていただきますわ。」


そう言ってメイエルは席を外した。

無理もない。ここが異世界や魔剣の迷宮などと言われた方がまだ信憑性がある。

急に世界を救えなどと言われても受け入れられないだろう。

メイエルが去ったのを見てオババ様は話を続ける。


『…いいとも。

 なら、オルス。あんたには今から世界を救う方法を教える。よく聞きな。

 この山脈の最も高き山に、近づかなければ見えない塔がある。そこに行きな。

 されど、かつてその塔は老竜LV25エルダードラゴン達の住処だった。

 今はどうなっている事やら。』


フォールンや竜屍兵ダムド達の群生地になっている可能性が高い…か。


「…そこに行くとどうなるのですか?」


『さてね。

 あたしが知っているのはその塔に救世の手がかりがあるってことだけさ。

 …ラウラ。この子達が決断し戦いに赴くなら、あんたはこの子達と行動を共にしな。』


ラウラは叫びをあげて力強く返事をした。


『こいつは、この集落から死を恐れずに飛び出していった大バカ者さ。

 今までも飛び出していった奴は何百万人もいたさ。でも誰1人戻らなかった。

 けれども、こいつはたった1人で黒い霧の中で邪悪な竜フォールンドラゴンを討ち、希望をもたらした勇者だ。

 あたしの…この集落において本当に自慢の子だよ。行くなら連れて行っておくれ。

 必ず役に立つ。』


きっと、何百万年もここに隠れるように引きこもり、何万人もの同じような勇者達を見送り続けたのだろう。

その先でようやく見えた希望。さぞかし心の底から誇りなのだろう。


「英雄にして大事な子をお預かりします。

 これからよろしくな、ラウラ。」


意味は分からないがラウラはいい返事をした。


「しかし、オババ様。なぜラウラでは役目を果たせないのですか?」


『それは簡単な話さ。この子達に"塔"って言ってもわからないからだよ。

 私だって詳細は聞いてないんだ。"塔"なんか見たって狼狽えるのがオチさ。

 私は役目の関係でここから動けないからね。』


「なるほど…。

 …。俺にはやることがあります。救いたい人がいます。

 俺がこうやって助かったように、その人も助けられるかもしれません。

 世界を救えば、その人を救うことにもなるかもしれません。」


オルスは口元を引き結びながら、視線を少し遠くに向けた。

彼の脳裏には、あの人の姿が浮かんでいた。

あの笑顔。あの温かさ。

口に出せば出すほど思い出される。


だが、あの人は今どこにいるのかもわからない。

もしかすると、もうこの世界にはいないのかもしれない。

そんな絶望的な思いが、オルスの心を蝕んでいた。

視界に移る黒い雲海と赤い月が、その考えを一層不安へと駆り立てる。


それでも、俺は希望を捨てなかった。

いや、捨てられなかったのだ。

もしあの人がまだ生きているのなら、この手で救い出さなければならない。


「だから、この話、俺は受けようと思うとおもいます。

 俺は必ず世界を救います。」


動機を言葉に、そして覚悟を宣言に。

やり遂げる意思を。述べた。


『その言葉、しかと聞きいた。

 ラウラ、オルスに武器を見繕ってやんな。』


話が終わり、俺はラウラと一緒に洞窟を後にした。

外で悩むメイエルに声をかける。


「…メイエル。

 身勝手な話だが、あんたがいてくれるとラウラと意思疎通ができて助かる。」


特にメイエルがなにか答えたわけではなかったが、メイエルの魔法技能はこれから先重宝される。

是非来てもらいたいのは事実だ。

参加してくれるといいが…。


世界を救う、か。

どれだけのものを犠牲にすればいいのだろうか?

果たして俺はその犠牲に耐えられるのか。

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