第3話 オババ

ラウラが山の上方に槍を向けて叫ぶ。

翻訳してもらわなくても分かる。もうすぐ山頂なのだろう。

その声は、岩山に木霊こだまするように大きく響き渡り、俺の胸に何か重いものがのしかかるような感覚がした。


山頂に向かう俺達の前に人の集団が現れる。

全裸の原始人…おそらくラウラの故郷の者だ。

全員人間だった。


ラウラが叫ぶように何かを伝え、彼らに駆け寄った。

意味不明なうめき声で何かを話している。やはり理解できない。

言語はないらしいが、やり取り自体はできるのだろう。

動物のコミュニケーションみたいなものか。


ラウラがこっちに戻ってくるなり、若干興奮した様子で話しかけてくる。

まるで友達を初めて家に連れてきた子供だ。

これにメイエルが【タング】詠唱し対応する。


しかし、メイエルは隠しもしない全裸の男達がずっといるのに微動だにしないな。


「人数が多すぎるから代表者と私だけまずは通したいそうです。」


代表者…おそらく仕切っていた俺か。

向こうも恐らく敵以外の来訪者など来たことがないのだろう。

未知の集団に不安というわけだ。


「分かった。俺とメイエルで行く。」


原始人たちが俺達を通すように道を開ける。

ラウラ、俺、メイエルの3人は山頂へ向かうのだった。


おかしい。

山頂が見えたが、山頂には何もない。

ラウラも混乱した様子だ。

それを見て俺は若干の不安を感じたが、進むしかない。


山頂に着いた時、何も見えなかった。

が、次の瞬間、戦闘を歩いていたラウラが消えた。

一瞬混乱したが、俺は後を追って一歩踏み出した。

すると空気が変わり、まるで霧が晴れたように、生活感のある洞窟や住人が目の前に広がった。


「…なるほど、これで生き残ってきたのか。」


横目に見るとラウラはほっとした様子だ。

きっと、この…結界とでも呼ぼう。

結界を理解できていなかったのだろう。


…子供と妊婦が多いな。男手はさっき様子に見に来た奴らか。

一体どうやってこんな世界で食糧の確保を…。


すぐにラウラは複数ある洞窟のうちの1つを目指す。


ちらりと見た別の洞窟内では、硬い石の床に直接座り込んだ者たちが、無骨な骨を手にして何かを食べていた。

壁には獣の皮が雑に吊るされ、干からびた血の跡があちこちに残っていた。


『…ああ、騒がしいねぇ。よく来たねぇ。まさか、こんな日が来るとは。』


洞窟に入るなり頭に言葉が響く。

声はない。しかし、理解できる内容。不思議な感覚だった。

騒がしいと言いつつもそのイントネーションは嬉しそうであった。


「…あなたは?」


暗くて相手のことがよく見えない。


『私かい、私はね…』


暗闇の奥から、何かがゆっくりと近づいてくる。

ごつごつと石が石を擦るような、低くて鈍い足音が響く。

次第に見えてきた歳月の重みを感じさせるその佇まいには、言葉では表せない威厳があった。


この世界には似つかわない色とりどりの布を身にまとった老婆。


…センティアンだ。


センティアンは神命を帯びて神像に受肉する種族だ。

その見た目には覚えがある。

まといの神ニールダ。第3の剣カルディアに連なるザルツ地方の小神。


『私はオババ。あんたたちみたいなやつを待っていたよ。』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る