第34話「昔々、あるところに──」


 空気が軽くなったところで、ジュリアスがガウストに尋ねる。


「……これからどうするつもりだ?」


「お前の提案通り、少しの間はお前たちの仕事を手伝ってやるさ。やることはあれど路銀が心許ないしな。このまま(スフリンクの)協会に所属するつもりはないが、多少なりとも顔を知られておくのは得策かもしれない。それとも、その後の話か?」


「……やっぱり、仲間のところへ行くのか?」


「まぁな。といっても、師父の言葉を伝える伝言役メッセンジャーとしてだ。それを済ませた後のことは私にも分からん。また、この国でお前たちの世話になるかもな?」


「別に構わないぜ? お前さんが帰ってくる頃には身分証ドッグタグを見せびらかしてやるよ」


 ──身分証ドッグタグ


 冒険者が冒険者協会アドベンチャラーギルドに功績を認められると専用の身分証が貸与たいよされる。

 それは金属製の小さな延べ板プレートがついた細い鎖の首飾りである。

 ブレートには名前と所属する国名が刻まれる。


 大抵の国では身分証を提示し、目的の概要を話すだけで面倒な職務質問を(大概は)省けるし、この身分証を貸与された者は所属国が管理する危険な魔孔に対して同行や調査を依頼される資格を有するようになる。


「……大きく出たな。このご時世に目立った功績をあげるのは簡単じゃないだろ?」


「まぁな。けど、今回の件で少しは俺たちの名前が売れるからな。お前さんが仲間にいるうちに荒事の一つでも舞い込んだら、それこそ現実的な話になるんだがね」


「……喧嘩でも売って歩くか?」

「冗談でもやめてくれ。それじゃ逆に遠のいちまうから」


 ジュリアスが苦笑する。ガウストも小さく笑った。


「よし、そろそろおいとまする──」


「ジュリアス」

「……なんだ?」


 ジュリアスが椅子から立ち上がった時、ガウストが不意に呼び止めた。


「何故、同類だと思ったか? ……それはな、お前が人間としてはだと思ったからだよ。何処にでもる、何処にでもる──そういう、。私たちはいわば意図的につくられた存在で……お前にもそれに近しいものを感じたんだ。だから、尋ねずにいられなかった」


 ジュリアスは黙って、しばし彼女を見つめていた。

 そして、困ったような苦笑いを浮かべると、声を出して一息く。

 

「折角だ、少し昔の話でもするか。〝狂犬〟と呼ばれたの話だ」

「狂犬? 聞き覚えはないな……」


「そりゃもう昔の話だからな。昔も昔、大昔だ……昔々、あるところに──っていうほど昔の話よ」


「──素行の悪い魔法使いの話か?」

「上手いこと言うじゃないか」


 ジュリアスは笑う。ガウストの冗談に対し、彼女に笑いかける。

 その後、真顔になって一言つぶやいた。


「……三番手だ」

「……三番手?」


「そう。一番手はとびっきりにすげぇやつでな、俺でも敵わないと思った。二番手は俺と実力で差はなかったが、評価は歴然だ。積み上げていた実績が違うからだ。その実績だけで一番手と張り合えるほど二番手も優れていたのさ。そして、三番手以下は有象無象……俺がだぜ? そこらの見習いと一緒くただ。あいつらだけが特別で俺は特別じゃないんだと。


 そう言って、ジュリアスは自嘲した。何故なら、当時の彼がとった行動は──


「だったら、目に物見せてやろうじゃねぇか。あの頃の俺は今よりも頭の悪い単純な馬鹿野郎だったからな、正義も善悪も無しに只々ただただ抗争もめごとに突っ込んでは俺以外の全てを叩きのめそうとした。喧嘩両成敗っていうだろ? どっちも倒せば、俺だけの評価が上がる。俺は誰の味方もせず、常に誰かの敵だった……そうすると、なんて呼ばれるようになったと思う?」


「……それが狂犬か」


「流石に悪名の広まり方が尋常じゃなかったんで、早めに方針転換はしたんだぜ? でも、時既に遅かった。それに……いや、いいか。なんだかんだ後悔はしてないし、行き当たりばったりな暴力による解決も性に合ってたしな。ここだけの話、子供でも分かる単純な理屈ってのは俺真理の一つだと思ってるよ」


 以前、ガウストがアンテドゥーロに反論した時にそんなようなことを言っていた。

 ジュリアスはそれに乗っかるように重ね合わせたが──


「……なんだ、自虐と思いきや自慢話だったか?」

「じま──」


 ガウストとしてはピンとこなかったようで、情け容赦なく切り捨てる。

 ジュリアスはぐうの音も出ず、苦笑するしかなかった。口答えしたいのは山々だが困ったことにその通りかもしれないので、言い返せない。


 せいぜい、言い訳がましく──


「その後の話も一応するとだな……方針転換後、俺としちゃ善良な倫理観で正義漢をやっていたつもりなんだが、それでもやっぱり都合の悪い連中は出てきた。けれど、俺が邪悪か邪悪でないかなんてのは水掛け論でしかなく、判定を誰がするかといえば歴史の生き証人とやらでな。何人なんぴとも死人にはなんとでも言えるから……」


(生き証人? 死人……? それでは──)


 ──その魔術師にしてもアサシンギルドにしても、無邪気に蛮勇を振るった代償は死と滅びであった。だが、彼らは決して力に屈したのではない。


 狡猾なる知によって自滅の道を選ばされたのだ。彼らの属性が善良だったが故に。

 ジュリアスは尚も話を続ける。


「何が正しいのか正しくないのかなんてのはもういいよ。そういうのは、もういい。ただ回顧して思うのは、暴力は殊更ことさら否定されるが知力だって同じことなんじゃねぇかってさ……知力もまた暴力とは同質であり、それそのものに善悪はないと常々つるづね思っているんだが、どうにも理解されん」


「……ひとえに知識や知恵に善性がないとは言い切れないのではないか?」

「でも、悪知恵って言葉もあるぜ?」

「そんなのは言葉遊びだな」

「違いねぇ」


 ガウストが呆れたようにつぶやき、それを受けてジュリアスも鼻で笑った。

 話すことも話したし、ここらで本当にお開きにしていいだろう。


「それじゃ、今度こそお暇するぜ」


 そう言って、ジュリアスが出入り口に振り向いた。

 その仕草を見て、ガウストも寝台から立ち上がる。


「ところで、いいのか?」

「……? 何がだ?」


 ジュリアスは首だけを動かし、ガウストの方を振り返る。


「今夜の話、秘密にしておかなくていいのか?」


「あぁ、他人に言いふらすのは勘弁してほしいかな……いつまでも秘密にする訳じゃないが、明かすにも時機タイミングはある。今は黙っててもらえると有り難いかな」


「では、〝狂犬のジュリアス〟はしばらく封印か」

「そこは狂犬だけでいい。元々がいやしめる為のものだからな」


 ジュリアスは他人事のように言った。

 ……時が経ちすぎたのだ。蔑称べっしょうにも最早、何の感情も湧かない。


「卑しめる為、か……」

「別に気にしちゃいないがね。むしろ自分から名乗ることもあるくらいさ」


 彼は小さく笑った。そして、出入り口に歩き出す。


(むかしむかし、か……)


 ガウストも今度は呼び止めなかった。

 部屋の扉を開けると互いに短い挨拶を送って、今夜は別れた。




*




 ……最後に、鉄の国ギアリングでその後にあった事を簡潔に伝えておこう。

 豊穣の国ラフーロに滞在していたもう一人のアンテドゥーロは正騎士ライルが懸念けねんしていたように一足違いで本国に帰還していた。


 その代わり、ノーライトの暗躍者アサシン教団ギルドからアンテドゥーロとはまた別の使者がギアリングに訪問している。


「このたびの事件でくなられた方達に対して、哀悼あいとうの意を捧げます。しかし、そんな社交辞令では国民は承服できないでしょう……そこで我々から提案があります。死霊しりょう非法ひほう──ご存じですね?」


 使者には鉄の国ギアリングの宮廷魔術師、ノーラ=バストンが応対した。


「人が死ぬというのは取り返しのつかない事です。しかしながら、それは昨日までの常識だ。今日からは違う。彼らの遺体、一部でもいい。墓場から掘り起こしてそれを我々に引き渡して下さい。そうすれば、我々が責任を以って蘇らせてみせましょう。我々の死霊非法なら決して不可能な夢物語ではなく、現実にそれが可能なのです」


 甘美なる悪夢のような提案に、鉄の国ギアリングの宮廷魔術師は苦々しい表情で……




*****


<続く>


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