第33話「語らい」
──王都スフリンク。南地区の東端及び西端は治安の悪いことで知られている。
どちらも住民が近寄りたがらないのは事実だが、東と西でその事情も少し違う。
どちらも社会からのはみ出し者がうろついていることに違いないが、西は如何にもといった反社会的なものたちの巣窟であるのに対して、東はどちらかといえば社会に馴染めず、あぶれたものたち──宿無しにはぐれ、または根無し草と呼ばれるものが下水道の入口などに
その南地区の東端にて外食を済ませ、ジュリアスが宿への帰路に
冒険者となってから少し足は遠のいたが、それでも月に数度は食事に通っている。
──理由は単純。安いからだ。
金遣いの荒いジュリアスにとって、これ以上の魅力はない。
彼らもジュリアスのことは同胞とみており、特に邪険にはしていない。
それほど長く彼らと同じように掃除人をしていたわけではないが、真面目に仕事をしていたのが功を奏したのだろう。
ジュリアスは南区の東端から大通りには戻らず、横着して路地を北に進んでいた。
東端からそのまま北上すれば、中央区ではなく東区に出るのだ。
東区には昔の土木工事によって人工的に引き込んだ川の支流が海まで流れているのだが、彼はその支流を石畳の街路から見下ろしながらぼんやりと歩いている。
そういえば、と彼は思い出した。
この街に引っ越してきたガウストは東区に宿を借りているのだった、と。
川の見える宿で現在地からも近かったはずだ。
「……ま、それがどうした」
ジュリアスは独りごちると、また歩き出す。
夜分に用もないのに女性の部屋を訪ねるなど非常識だ。
例え用があったとしても非常時でなければ非常識に違いない。
日をあらためるべきだろう。だが──
「先送りにしても問題は解決しないしな……」
いずれ、やらなければならないことのように思っていた。
そして、その時には一対一で向き合うのが最良だろうとも。
今日がそのいい機会かもしれない。
「……行くか」
ジュリアスは彼女が借りている宿へと足を向けた──
*
ジュリアスはガウストの部屋の前まで来ると天井に魔法の明かりを飛ばし、周囲を明るくする。その上で部屋の扉を二度ほど軽く叩く。夜とはいえ特に遅い時間帯ではないが、一応、大きな音を立てないように配慮したつもりである。
「……誰だ?」
返事があった。扉をわずかに開けて、その隙間から部屋の主が覗き見てくる。
「ジュリアスだ。特段、用があるってわけじゃないんだが──」
「そうか。
「……悪いな」
左手で魔力の発光体を創り出しながら、ジュリアスは入室する。
まずは部屋の天井に先程と同じく魔法の明かりを飛ばし、視界を確保する。
通常なら数時間は
──彼女の部屋を見回すと、何処か既視感のある光景だった。
物品は必要最低限で家具の配置もゴートの部屋に似通っている。
……思い返せば、あの小屋の中もそうだったか。
何にせよ、王都に来て間もないというのもあるのだろうが、それにしたって元々の荷物も少なかったのだろう。それに、彼女は物に執着しない性格なのかもしれない。
ジュリアスは勝手知ったるように椅子を持ってくると、それに腰かけた。
彼女の方も既に
「──何か、話があるんだろう?」
「ああ。多分、あいつらがそばにいちゃ話せない話になると思うんでね」
「そうか」
ジュリアスは早速、話を切り出す。
「ギアリングでの話の続きだが。あの時、お前は俺が同類で仲間だと言ったよな? しかし、俺はアサシンでもなければアサシンギルドに関わったこともない」
「それはもう、分かっているよ。確かにお前はアサシンではない。けれど、所属など些末なものさ。重要なのは、いざという時──もしくはやむを得ず。
この世界の人類は
つまり、善悪を超えたというのはまさしく感情より本能的なものであり──或いはそれ以上の超自然的なものかもしれない。その無慈悲に処理する対象として、決して人間を含めてはならないと彼らは
「人間を魔物のように
「極端に言えば、人間も魔物に見えてしまうのさ。そうなれば最早、外道に過ぎず、そうならぬよう自分を
「……
「そうだな。もっとも、物語や風聞ではアサシンはその外道の役柄で語られるがね。多くは実情とかけ離れている」
「まぁ、そうだろうな。心中、察するよ」
その手のアサシンは誇張されているというか、むしろ偽物、作り物だろう。
創作者や噂の火元が話を面白くする為、便利な悪役として使っているに違いない。
「……しかし、民衆は理解しなかった。彼らはいつも都合のいいように解釈するだけだ。対話も避けた。それが原因かのように思われるが、それも違う。何故なら彼らにしてみれば対話を避ける理由などいくらでも思いつけるからだ。結局、我々を正しく理解してくれるのは我々に近しい者だけだよ……昔も今もそのように結論付けたし、私もその考えに賛同している」
「なんとも、
「それはもういいさ。現実、アサシンギルドは滅んだからな」
ガウストは小さく笑った。……そして、続ける。
「この国に来る少し前の話だ。私は
「……なんでまた?」
「死に場所でも探してたのさ。私は誰かに負けるつもりもなければ自死するつもりもない。しかし、そんな私でも大自然の猛威の前には無力かもしれない……自然が相手なら仕方がない。割り切れると思ったんだ」
割り切れる、と彼女は言った。その前に死に場所でも探している、とも。
つまり、生きる意欲を失いつつあったのだろう。だが、信仰か信条か、自殺だけは選べなかった。だから、そんな愚行に及んだのだろうが──
「道中、黒い大穴のように開いた魔孔──おそらくは火山の噴火口……いや、火口湖跡か。それを見つけた。聖マリーナ山脈の高山から眺望したが、今更そこを目指していって身投げする気にはなれなかったよ。あの大穴……おそらくは天然の、いつから開いてるかも知らん
「そうして、あの山脈を越えてこの国までやってきたわけだ」
「それからは語る必要もないだろう。色々とあって、お前らとつるんでいる」
……彼女の回想は終わった。今度は、ジュリアスが話す番だ。
「俺には懸念があった。しかし、アサシンギルドは滅んだというお前の言葉を聞いて正直、ホッとしたよ。取り越し苦労に終わったからな」
「……取り越し苦労?」
「もしかして、アサシンギルドの思想を継ぐ人間になるんじゃないかってな。同類と言われた時、勧誘されるんじゃないかと思った。同志にならないかってな」
わざと軽い口調でジュリアスは言った。
質の悪い冗談として一笑に付してもらいたかったのだろう。
しかし、ガウストはいつもの無表情で否定するだけだ。
「勧誘などしないよ。私が真に仲間と言えるのは一緒に過ごした同胞だけだからな」
「──その同胞だ」
ジュリアスは彼女を指差し、話を続ける。
「アサシンギルドは滅んだ。ガウストもそれを認めた。そこまではいい。次の問題はその同胞が果たして、アサシンギルドが滅んだ現実を認めるかどうかだ。……実際のところはどうなんだ? 聞いてみなくちゃ分からないか?」
「──お前はアサシンギルドの思想を危険視しているんだな?」
「残念ながら、あの時、聞いた限りじゃ相当危ういものだと思っている」
「そうか……」
相変わらず、ガウストは無表情で感情は読み取れない。
厄介だな、とジュリアスは思った。
「それなら安心していいさ。私だけだ……私だけが、過去に
「過去に……?」
「あの時、同胞について少し喋っただろう。聞いていたか?」
「……そういや、言っていたな」
確かガウストが師父の
ジュリアスは思い出しながら──
「同胞はガウストを除いて他に四人。うち二人は所帯を持って生活していた。残りの二人は早々に大陸から出て一人はデルタ島に。もう一人はさらに西の大陸へ向かっていった……だったか?」
すると、ガウストは小さく笑った。
それは自嘲にも
「だから、私だけなんだよ。取り残されていたのはな……五人の中で危険視されるとしたら、私だ。私だけなんだよ……」
そして、話は冒頭に戻る。「死に場所でも探していた」という独白に。
ガウストの本音にジュリアスも建前を捨て、心中を語った。
「俺の最悪な予想の中に『殺してくれ』と言われるんじゃないかというのがあった。言葉に出さなくても暗に行動で示してな……アサシンギルドの思想を継ぐなんてのが最たる例だ。やりたくはないがやらざるを得ない──そういう状況に追い込まれる。それが最悪でなくて何と言うのか」
ジュリアスは続ける。
「だが、お前は言ったよな? 自分は死ぬ気はない──と。俺はそれを信じることにする。誰も彼も人の自殺に付き合わされるのはまっぴら
「……そんな真似はしないさ」
それは彼女の思想、信条とは食い違う。
ガウストの返答に安堵したのか、ジュリアスの表情も幾分
「人生、山あり谷ありだ。今の自分が迷走しているように感じるなら、それは人生の下り坂を転げ落ちている途中だからだと思うぜ? そういう時はどうしようもない、どん底まで落ちて止まるまで待たなきゃ、自力で立ち上がることも出来ないものさ。まぁ、こいつは俺の経験則だがね。……だから、そういうものだと割り切っちまって無為でもなんでもとにかくやり過ごしてしまうのが肝要なんだ」
「
ガウストはため息交じりで呆れたようにつぶやいた。
だが、言葉とは裏腹に表情は悪感情のない
*****
<続く>
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