第31話「私だって仲間なんだろう?」


「……奴は逝ったか」


 地面に腰を落ち着けたまま、動けずにいたルービックが独り言のように呟いた。

 彼のそばにはガウストがついて介抱している。


「そのようです」

「我輩もまた、奴のように消え去るのみだな……あと数分も持つかどうか──」


 すると、アンテドゥーロの痕跡を調べていたジュリアスが様子を見に来た。

 座り込んでいる二人に向かって話しかける。


「そっちの容態はどうだ?」

「間も無く、と言ったところかな……」


 ルービックが力なく答える。


「そうか……なら、今の内に言いたいことは言っておくんだな。折角の機会なんだ、未練を残さないようにな」


「……それでいいのか? 他にも聞くべきことはあるのではないか?」

「ないよ。アンタから得られる情報は多分、何もない。だから、気にすんな」


 そう言うとジュリアスはルービックと彼に寄り添っていたガウストから目を離す。

 自身がやってきた方に振り返り、視線をやっている。


「最期に何か言い残せと言われても……いやはや、困ったものだ」


 ジュリアスの気遣いに対し、ルービックは苦笑する。


「時にガウスト。お前を除く四人は息災か……?」


 師父の問いに対し、ガウストは微笑を浮かべて返す。


「皆、元気にやっています。ユニオン連邦に定住するスベクとトワから聞いた話ではリジとレイズは中央大陸から脱出し、レイズは技能を活かしてデルタ島で悠々自適に生活し、リジはデルタ島から西の大陸へと渡ったそうです。それと、スベクとトワの二人の間には子供も生まれていましたね」


「ほう……あの二人が人の親か……」


「師父に言われるまでもなく、皆は自由を謳歌していると思います」

「そうか。それはよかった。心残りがまた一つ消えたわ……」

「それはようございました」


 ルービックが微かに笑う。……そして、いよいよ彼の肉体が崩壊し始めた。

 傍目はためには天にされる様が可視化されたかのように──白煙をあげて蒸発し始めているのだ。


「お別れだな……いよいよ、この肉体の命数も尽きる。……と、言い忘れるところであった。。あやつらが掘り返し、へ放り込むという冒涜ぼうとくをしでかしたのでな。だから、墓参りは必要ないと他の者にも伝えてくれ。面倒をかけるが、よろしく頼む……」


「かしこまりました」

「では、さらばだ……」


「……おさらばです」


 ついに、ルービックの肉体が消えた。跡形なく蒸発してしまったのである。

 ガウストは、彼の肉体から立ち上っていた白い煙の後を追い──少しの間、虚空を見つめていた。


 感傷かんしょうひたったのは、その少しの間だけだった。

 彼女は、すぐに立ち上がる。



*



 ……風が吹いていた。

 ジュリアスが見つめる視線の先には戦いの痕跡だけが消えずにのこされていた。


 彼女が使用した呪術──死霊しりょう非法ひほうの悪影響により、転送陣のあったところは芝生が円形にはげてしまっている。それだけでなく地面もすり鉢状にえぐれてしまい、まるで子供が掘った落とし穴のようだった。


「……の死体も消えたのか? 師父と同じように?」

「……ああ。おそらく、な」


 ガウストに尋ねられ、ジュリアスは振り向かずに答えた。

 彼の背後で何が起こっていたのかは把握していないが、ルービックが昇天する様もアンテドゥーロと同様に違いなかったろう。


「どういうことだ? 彼女も呼び出されたものだったということか? 真犯人などではなく?」


「どうだかな……いや、俺は真犯人であったと思いたいな。それはそれとして彼女も呼び出されたものだった、というのも成立するだろう。俺の希望だがね」


「そうだねぇ……普通に考えりゃ、元になった本人は本国にいるんだろう。もしくは彼女らを召喚した人間が、かな」


 片膝を立て、割と近くに座り込んで休んでいた正騎士のライル。

 戦闘後、ジュリアスの〝解呪アンカース〟によって回復した彼が会話に入ってくる。


「そう考えるのが妥当だよな。しかし──」

「この際だ、気になってる事があるなら言い合おうぜ。


 おどけた口調であるが、正騎士のライルははっきりと主張してきた。

 それはおそらく、他の者も同じ考えに違いないと踏んでの発言である。


 これは魔術師に限った事ではないが、知恵ある者ほど確証の無い事に対して慎重になり、言葉をにごす傾向があるのだ。だが、それでも彼は知りたかった……この得体のしれぬ者共の正体に関して。少しでも。


「俺はさっきから、死霊しりょう非法ひほうという術に関して考えていた」

「死霊非法……」


「こいつは俺の常識にはない、得体のしれない術だ。降霊術こうれいじゅつを自称して、仮初かりそめの肉体まで得る。そして如何いかにしてか、、さらに召喚を行うという無法ぶりだ……」


「召喚に関しちゃ、おそらくは本人の血──その仮初めの肉体自体が、その他を呼ぶものとしても機能するんじゃないの? ほら、自分を切り売りしてさ。そう考えればあながち無法ってほどでもない。もっとも彼女を含めてどのように実体化したのか、それは分からないけれど──」


「その方法はまるで想像もつかないが……」


 ジュリアスは嘆息たんそくく。

 確かに想像はつかないがそれでも何か──彼女との会話、その節々に謎を読み解く要素がある気がしていた。


「そういえば、彼女はさっき誰かと会話でもしているような素振りをしてたよね?」


 話が行き詰まったとみえて、ライルが話題を変える。


「あれか……思うにあれはアンタの指摘通り、誰かと魔法で会話していたのだと俺も思う。彼女の上役うわやくか、それとも豊穣の国ラフーロにいたもう一人のアンテドゥーロか……」


「……もう一人のアンテドゥーロ?」


「双子みたいな見掛けの女でな。ただ、言葉遣いやら好みやらは違ってるような感じだった。敢えて演じていたのかもしれんがな。ともあれ、俺達三人は前にラフーロでそれに会っているんだ」


「……会ってるのかい?」


 話の裏付けを求められ、急に呼び掛けられたゴートとディディーの二人。

 二人は所在なくジュリアスの後ろを付いて回っていた。彼らは少し戸惑いながらも、


「はい、僕らも会っています。化粧をしていて髪の長さも違ってましたけど……」


「俺もばっちり覚えてる訳じゃないですけど、双子と言われても別に違和感なかったですね。顔とか声とか大体そっくりだった気がします……多分ですけど」


「……それじゃ、ラフーロと交渉しなきゃならないかな?」


 エリスンやボスマンの方に視線を投げかけながら、ライルはつぶやく。


「確か、ラフーロにいた彼女は兵士がそばに付き添っていたので彼女の動向とかは国が把握している……というか、監視していると思います」


「ありがとう。そういうことなら手続きに支障はなさそうかな? 既に逃げ出されていなければ、だけど」


 ライルは立ち上がる。

 ジュリアスにあらためて治療の礼を言い、同僚の方へ歩き出していった。


「──ジュリアス」

「おう」


 落ち着いた頃を見計らって、彼の後ろから話しかけてきたのはガウストだ。

 ジュリアスはそちらを振り返る。周囲には彼ら四人以外、誰かがいる訳ではない。


「これから、どうするつもりだ?」

「どうするって、今はどうしようもねぇよ。なるようにしかならないさ。それより、お前こそどうするつもりなんだ?」


 すると、ガウストは小さく笑う。


「冷たい言い方だな。お前は言ったじゃないか、私だってなんだろう?」


「それはそうだが──」

「師父に再会して分かった。お前は同類なんだ。確かに、私とお前は同類なんだと」

「そう言われても、よく分からんが……」


 そういえば以前、ラフーロで出会ったアンテドゥーロにも似たことを言われた。

 魔術をたしな、などと──


「お前に質問がある。ジュリアス=ハインライン」

「質問?」


 いぶかしむジュリアスに対し、彼女はいつもの無表情で続ける。


「鳥肉に豚肉。仕入れるには鶏や豚を締める必要がある。お前に出来るか?」

「……何の話だ?」


「害虫の話だ。蚊や蝿など鬱陶うっとうしいが、無心で殺すか?」

「港町の食堂では魚の頭をね、臓物はらわたを抜いて調理する。抵抗はあるか?」


 ガウストはジュリアスに答える間すら与えず、矢継ぎ早に質問した。

 質問内容も意図も最初は分からなかったが、直前の会話を参照すれば──つまり、物騒な質問で例えられたものたちはおそらく何かの暗喩である。


「フッ……フハハハハハ! すまない、つい意地悪なことを言ってしまったな」


 彼女にしては珍しく大声で笑いだした。

 そうして、ガウストは笑みを浮かべたままジュリアスにそのように詫びる。

 それでジュリアスも「冗談か」と思い、嘆息を吐いて会話を打ち切ろうと──


「もしも、この場で敵対したらお前は私を殺せるよな? ……違うか?」


 ──その質問にもジュリアスは答えなかった。

 だが、彼女は得心したように、


「お前はいざとなれば、割り切れる人間だ。それを確かめておきたかった」


 ガウストは小さく笑う。彼女の質問にどのような意味があったのか、ジュリアスは考えても分からなかった。……というより、あまり考えたくなかった。


 近くで聞いていただけのゴートやディディーにしても同様だった。

 何か早まったことをするのではないか……? という危ない妄想はすれど、現実に起こすはずがないと納得させてごまかした。


 その日、彼らは結局、ガウストの心中に踏み込んで尋ねようとはしなかったのだ。




*****


<続く>

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