第30話「アンタも大人になれよ」☆


「……決着か」

「そうだね。予想通り、つまらない結末だったね。さて──」


 アンテドゥーロは言葉を続ける。


「そろそろ真実を話そうか。僕は表向き暗躍者アサシン教団ギルド所属ということになっているが、実は違っていてね。確かに教団には所属していた……けど、それは過去のことだったんだよ。つまり、だね」


「……お前が初期から噂にあった元暗殺者だったって言いたい訳か?」


「そういうことになるね。まぁ、いいじゃん。それで。んで、僕はアサシンギルドに対して今までの鬱憤を晴らそうと思っていてね。復讐を企画した。身に着けた至高の秘術、死霊非法しりょうひほうを使ってね。死霊非法を使って、その名をおとしめることに意味があったわけ。僕が死霊非法をもちい、呼び出したものがこの国で事件を起こした……ちなみに僕は呼び出したものに適当にお願いしただけだから。やったのは実行犯の自由意志。念を押すけど、僕は実行犯には加わっていない。これは本当だよ?」


「……そんな与太話を信じろっていうのかい?」


 ノーラが言う。アンテドゥーロは一笑に付した。


「お前らが信じようが信じまいが知ったこっちゃないね、筋書きはそうなってんだ。それでみんな、納得するのさ。だからさ、、おばあちゃん?」


 アンテドゥーロの言にノーラは押し黙ることを余儀なくされる。

 いわゆる政治的判断、というやつだろう。彼女の立場的に感情的になって発言するわけにはいかないのだ。


 その代わり、今まで取り囲んで見物していた騎士、兵士たちが交わす言葉も少なに動き出し始めていた。


 ──彼女を絶対に逃がさないよう、速やかに包囲する。

 先程までと違い、緊張で空気が張り詰めている。


 抜剣こそまだしていないが、手にかけていつでも抜けるように心構えしている……物々しい雰囲気だ。


「へぇぇ……丸腰の乙女相手に殺気立っちゃってさ。みっともないって思わない? おしごとだからしょうがないか……じゃ、僕も最後のお勤めでもしようかな?」


 アンテドゥーロは数歩、城側へ歩み寄ると左の手のひらを上に向け、肘を伸ばす。

 右手で手刀を作ると爪が魔力によって黒く鋭く伸び、それでもって左手首を素早く切りつけた!


 飛沫しぶきを合図に、だらりと垂れ提げた彼女の左手から滴り落ちる鮮血がを作る──その前に、正騎士ライルが既に飛び出していた! 距離を詰め、


(抜剣と同時に首をねるのは容易たやすいが──)


 しかし、事態はライルが逡巡しゅんじゅんするよりも先を行っていた!

 転送陣である! 彼女の足元には小さな転送陣が既に展開しており──彼女の血は赤いはずなのに、地面の転送陣は黒く──


(バカな──)


「レゴラ! カ・レリク・ヒメコ・リ・テアム! さぁ、こっちに来いよ!」


 (早い!)──間に合わない!

 完全な誤算だった、現状で二歩遅れている彼の視線は彼女の足元に釘付けであり、そこには(しまっ──)


 単眼。何かの生首。黄金色。雄牛のような双角が生えた豚の生首。単眼の。

 それは水牛のような体、豚に似た頭に雄牛のような角、何より特徴的な瞳は単眼でくすんだ黄金色をしているという。


 ──その名をカトブレパス。


 邪眼の魔獣で目を合わせたものを呪い殺すという。その眼に見入られた者は全身が硬直し、肉体が機能不全におちいる。臓器や筋肉が働かず、強力な暗示を退けねば、そのまま死に至る──そのように知られている。


(うっ……!?)


 ライルの硬直しかけた身体を背中から何かが押し込んだ、軽く押されるだけで彼は平衡へいこうを崩し、鞘と柄に手をかけたまま、地面に倒れ込んだ!


 彼を突き倒したのはジュリアスである。

 そして、やや離れたところから彼女の足元にある生首の目撃し──ライルに異常をもたらしたのが、なんであるかを今更に知った。


「とりあえず、無理矢理せさせたが……状況はよろしくねぇな……!」


 しかし、あのまま目を合わせ続けるよりはか。

 目線さえ外せば──暗示も一瞬なら命に別条はない……はずだ。


 アンテドゥーロは邪眼の魔獣カトブレパスの頭を転がして踏みつけ、地面で視線を封じている。


「……それがお前さんの切り札か? なんとも物騒な玩具おもちゃだな」


咄嗟とっさだからね、こんなのしか呼び出せなかったよ。本当はさ、もっと大きなものを見せたかったんだよ……三つ首獅子の合成魔獣でさぁ、尻尾が蛇で鷲の翼があるの。すげぇんだぜ! 三つ首からそれぞれ違う〝ブレス〟を吐いたり、同じ〝息〟を吐いたりしてさ! 体の中、一体どうなってんだか……! 炎に冷気にいなずまに、最強なのは毒霧でさ、色も臭いもなくてさぁ──」


「分かった分かった。それで、これからどうするね? 大人しく捕まる気はあるか?」


「んー、まぁねぇ……どうしようかなぁ……」


 アンテドゥーロは周囲を見回し、一人の人間に注目して笑みを浮かべた。

 ……ゴートである。彼女は彼に向かって話しかけた。


「ねぇ。キミなら、どうする? 僕はこれからどうしたらいいでしょうか?」


「……自首すべきだ」

「そんなんじゃときめかないなぁ。ゴートさぁ、もうちょっと気の利いたセリフとか無いの?」


「この期に及んでふざけてる場合じゃないだろ」

「そう。なら、シリアスならいいのかい?」


 アンテドゥーロが魔獣の首をわずかに転がしてもてあそぶ。

 反射的にジュリアスも身構え、いつでも魔法を発動できるようにする。

 だが、攻撃魔法ではない。呪いを解く魔法、〝解呪アンカース〟だ。


 仕掛けてくれば誰であれ、これで一命は取り留める。

 彼にしては消極的だが、おそらく彼女が攻撃の意志を見せれば雪崩を打って騎士や兵士が殺到すると踏んだのだ。事態はそれで収拾するだろう、と。


「……君は僕を殺すつもりか?」

「お望みとあらば」


「僕を殺して、その後はどうする?」

「……自首してあげようか?」


 恐ろしいことに、この時のゴートは腹をくくっていた。

 何を考えているのか、いや、


(ちったぁ動揺くらいしろよ……!)


 ジュリアスが心の中で悪態をつく。


 アンテドゥーロとゴート。

 交互に気を配っていた分、ジュリアスの初動が遅れた──!



 ……アンテドゥーロは邪眼の魔牛カトブレパスの頭を踏みつけて地面で視線を封じていた。

 彼女は足元で器用に頭を転がし、視線を再び中空に向けさせる。魔獣の邪眼が見たものは──アンテドゥーロの瞳であった。


「自決かよ!」


 ジュリアスが批難ひなんめいて叫ぶ! 即座に彼女に魔法をかけようとするが留まった。

 何故ならその時、アンテドゥーロの一番近くにいたライルが残る気力を振り絞って立ち上がり、彼女に向かっていったのだ!


(ここでかよ、間の悪い……!)


 ──ライルの呼吸はいまだ整わず、一振りが限度。

 魔獣の首から細い腸のような命綱が、黒い渦と化した転送陣から伸びていた。


 狙うのはだ!


 ライルは彼女の元へがむしゃらに駆け寄ると、足元のその細い命綱を一閃!

 剣は地面をこすった反動であらぬ方向へ飛び、魔獣の首から黒い血飛沫ちしぶきが噴き上がるのを視認して──彼は前のめりに倒れて、そのまま気を失った。


『御苦労様。でも、もう遅いよ』


 肉声ではなく念話テレパスでもって、アンテドゥーロは周囲に伝えてくる。

 そして、芝居がかったように大仰に──彼女は芝生の上へ、仰向けに倒れる。


 既に暗示はかかったのだ。

 呪いに抵抗すれば助かるかもしれないが彼女の目的を考えればそうする訳がない。


 ……しかし、如何いかな邪眼とはいえ、所詮は呪いの範疇はんちゅうだ。

 神聖魔法の得手ではあるが魔術師にも解けない道理はない。

 遅ればせながら、ジュリアスが彼女に〝解呪アンカース〟をかけようとするが──


『あぁ、僕はこのまま死なせる方が君達に利することになるから下手に延命させない方がいいよ』


 それに先んじて、アンテドゥーロは釘をさしてきた。

 その時、彼女よりも一足先に声にならない断末魔を叫びながら魔獣の首が蒸発して消え去っていった。


 ──この時、忠告を無視して問答無用で解呪することもまだ出来たがジュリアスは機会を逸したとみて諦観ていかんし、それを試みることはなかった。


『そうそう、そこの爺さんよりも先に僕を死なすべきだ。これは君たちへの数少ない手掛かりになると思うよ? あぁ、多分ね、多分。ついでに僕がこの国で犯した罪に関してもこれで清算チャラにしてくれると有り難いかな』


「アンテドゥーロ……」


 ゴートが近付いてアンテドゥーロに呼び掛ける。

 彼女は彼の声に肉声ではなく、力のない笑みを浮かべて応える。


『君に剣でもあればね。一思いに僕を貫いてもらえるのに。まらない最期ラストだ──』


 ……最後の台詞はゴートにだけ伝えた後、アンテドゥーロは事切れた。

 世間を引っ掻き回していた道化師にしては、あっけない幕切れだ。


(不運といえば不運。運命といえば運命か……呪いにかかったままの正騎士が射線に被さった時から、アンテドゥーロの命運は尽きていたのかもしれない)


 〝解呪アンカース〟の対象は一人。一度につき、一つの呪いしか解くことは出来ない。

 あの時、無理に魔法を行使したとしても呪いを解く相手はライルだった。


(それに、誰も彼も無差別に救うわけにもいかない。あれにしてもここで死んだ方が

マシなんだろう。ゴートには悪いが、な……)


 ──しかし、如何にジュリアスが言い繕って自己の状況判断を正当化しようとも、苦しい言い訳だろう。ゴートの背から目を逸らしたことが何より物語っていた。




*****


<続く>


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