第29話「傑作」☆


 ──ルービックが構えた。次いで、ガウストも構える。

 ルービックは両肘を上げて直角に固定し、ガウストが来るのを待ち構えている。

 見た感じ、自身から攻める気はないらしい。


 一方、ガウストも両肘を上げていたが直角よりも深く畳んでいた。

 構えも自然体より前傾姿勢になり、今にも相手の懐へ飛び込びそうである。


 睨み合いは続いていた。呼吸を合わせようとしているのだ。

 最初の一撃をどのような形で当てるのか、それが序盤の流れを掴む鍵になる。


(直撃はすまい。お互い、凌いでからの攻防が本番──)


 ──ガウストが動いた!


 一歩を踏み出したかと思うと二歩目は尋常ではない加速と跳び込みにて虚をき、彼の制空権を易々と踏み越えた内側からこめかみを狙って右肘を繰り出す!


(ぐ……!)


 ルービックは間一髪防ぐが、間を置かずにガウストの左膝蹴り!

 これも鳩尾みぞおちに辛くも触れる前に掌でおさえ、


「チッ……!」


 ルービックは舌打ちした。ガウストの右腕が再び側頭部を狙うと見せかけて、ごく短い腕を引く動作テークバックからほぼ肘の伸展動作だけの左の拳が、意識の逸れたルービックの右脇腹を軽く突き刺さしてきた!


 ──苦悶くもんに顔を歪めながらもさらなる追撃を警戒するルービック。


 咄嗟とっさに脇を締めながら上体をらすが、その時割って入って突き出されてきたのはガウストの右膝であり、膝から脚がしなやかに伸びてルービックの胸倉をつかむように触れると、前蹴りで思い切り突き押され──後方へ蹴り飛ばされた!


「ぐお……!」


 人間とはこれほど簡単に吹き飛ぶのか、彼女を知らぬ者は面食らったに違いない。

 先日、身をって体験したジュリアスですら呆気あっけに取られてしまったのだから。

 だが、見物人が呆然としたのは彼女にだけではない。


 ルービックはあれだけ飛ばされても無様に転倒しなかった。

 火花が出るような勢いで芝生を逆向きに滑りながらも見事、堪え切ったのだ。

 実に凄まじい体幹である、どちらも人間離れしていると戦慄するほどに。


「ふふ……こうでなくては、な……!」


 ガウストに近付こうと数歩歩いたルービックは突然、むせたように咳き込むと先程殴られた箇所──脇腹を押さえて項垂うなだれる。


「不思議なものだ……内臓など、あってないようなものなのに、痛みのような衝撃が破裂したわ……!」


「無事なのですか?」


「うむ、軽いな……もう、痛みは感じない──支障はない。つくづく、妙な肉体からだよ。どのようにすれば死ぬのやら……おそらく急所でもあるのだろうが」


 ちらり、とルービックはアンテドゥーロをうかがう。

 しかし、彼女は気怠く眺めているだけ……これほどの戦闘が行われようが、関心は薄いようだった。


「首をねるか、心臓のような核でも破壊するのか……いずれにせよ、単発の〝毒気どくけ〟では倒せないようだ」


「内部破壊を狙うなら複数の蓄積が必要だと」

「過剰なくらいでよかろう。爆裂させる勢いでちょうどいいだろうな」

「──では、そのように」


「やってみせろ。やれるものなら、な」


*


「……〝毒気〟?」


 聞き慣れない単語に二人は解説を期待してジュリアスの方を見る。


「うん? 俺にだってよく分からんぞ。ま、あの符丁だとなんらかの秘術っぽいが」

「……秘術?」


「ていうと……あぁ、前になんか使ってましたね。ガウストさん」


 ディディーはジュリアスとガウストが村で殴り合った時の記憶を引っ張り出す。

 その時、術のようなもので素手を強化していたのを思い出した。


「ま、そういうやつだろうさ。それに──」

「……それに?」

「ああ、いや。あの種の手品は一つや二つじゃないだろうってな。それだけだよ」


 ジュリアスは言葉を濁して会話を打ち切った。

 そうして、あそこのアンテドゥーロが言っていたことを思い返す。



『そうだよ、古今東西の呪術を編纂へんさんして教団独自にまとめたのさ! かつて魔法使いどもが魔術でやったみたいにね! そうさ、ならこっちはさ!』



(……外法げほう、か)


 前のも今のも外法とするなら、それ以外にも色々と手札はあるだろう。

 派閥同士の仲は険悪だったらしいが技術交流は共同でやっていたのか? そもそも外法の主体はどちらなのか──


(考えてもしょうがないな。あいつらの内情なんざ知っても何の得にもならんし)


*


 意識を戻すと、ガウストとルービックが至近距離で打撃の応酬をしていた。

 どちらの打撃も傍目には鋭く速いが、それにしては双方ともに殺意は感じられず、共同で何かを探るような──その様はまるで稽古のようにも見えた。


 アンテドゥーロからすれば、そのような状況が面白いはずがない。

 当然、二人の意図だって見透かしているだろう。


 今までの感触なら癇癪かんしゃくの一つ起こしていても不思議はないが、彼女は退屈そうにしているだけ。


「……ハァッ!」


 それは起死回生の一打だった。

 ガウストの回転力ラッシュに打ち負けて徐々に劣勢に陥ったルービックだが、わずかな間隙をって相討ち覚悟で拳を差し込んだ。拳を捻らない縦の拳を当て、肘の伸展動作で押し込む!


 ガウストには勿論、掌で防がれているがそれでいい。

 ──重要なのはということだ!


「跳んだ!?」

「いや、。前に俺が食らったのと同じだ、の違いはあるが」


 ルービックの一撃でガウストの体が大きく上方へ、高くふわりと浮いていた。


 ──想像以上に上昇距離は高く、しかも一瞬。

 彼女の見事すぎる所作リカバリーにある意味だまされる形となり、ゴートやディディーだけでなく、その他の見物人にも吹っ飛ばされたようには見えなかっただろう。


(触れたと思ったら吹っ飛ばされた。多分、〝衝打ショック〟と同系だな。威力は段違いだが。あの時、確証はなかったがこれではっきりした)


 一方、空中に飛ばされたガウスト。状況の変化にも冷静に対応した。


 ──まずは体勢を素早く整える。猫のように身を翻して頭を上に、足を下に。

 天地を正常位置に戻して着地に備えている。彼女はそれをすぐに行ったので、皆が自ら跳んでいる風に錯覚して見えたのだ。


 だが、戦いはここからである。普通に着地しては芸がない。

 せっかく稼いだ高さだ、これをかさない手はない。


 無論、そうするだろうとルービックも読んでいた。

 彼女なら反撃に転じる、と。そこを狙う。無慈悲に。正確に打ち抜く。

 一発勝負なら五分に持ち込めるかもしれない──


(浅はかな考えだがな!)


 ルービックは拳を固く握り締めて待ち受けた、しかし、地上をける流星には拳を繰り出す暇さえなかった。半身になって紙一重でかわすのが彼の精一杯であり、地上に落着した流星は地を穿うがち、即座に反転してルービックの胸を──咄嗟とっさに交差した両腕の防御ごと蹴り抜いた!


「なんじゃそりゃ……」


 ジュリアスかられた感想は感嘆を通り越して完全にけていた。

 人間業にんげんわざを超越している。そりゃあ、あれくらい出来る人間は世界を探せばいるかもしれないが、それにしたってあの若さでだ。


「滅茶苦茶だな、あのは……」


 圧倒され、絶句していたゴートとディディーの二人も同じ気持ちだった。

 普通ならあれだけの攻撃を受けたら木の葉のように吹き飛ばされる。


 先日のジュリアスですら単なる挨拶替わりの一発で派手に転がされるほどだ。

 防御にけた、あのジュリアスですら。


 なのに何故、ルービックは──あの必殺の一撃を十字で受けただけで、……?


「あんなやつら、俺でも無傷じゃ取り押さえられねぇよ……」


 ジュリアスがつい、口を滑らせる。

 ゴートとディディーの二人を含め、彼の大言壮語を誰も気に留めなかったがそれはジュリアスによる最大級の賛辞と警戒であった。


 ……無傷というのは、ではない。

 魔術師ジュリアス=ハインラインをして、という非常に傲慢ごうまんな──



*



 ……先の攻防が分水嶺だった。

 ガウストとルービックの一対一の戦闘はいよいよ終局に向かっている。


(そろそろ何かしでかすと思うんだが……一向に動かねぇな)


 ジュリアスが、正騎士のライルと宮廷魔術師のノーラが、目前の戦いではなく背後のアンテドゥーロを注視していた。


 彼女が何か動きを見せればすぐに対処できるように、である。

 彼女は時折、口元を手で隠して小声で何事かをつぶやいているような仕草をみせているが……しかし、声が小さすぎて内容までは聞き取れない。


(あんな仕草は今まで見せなかった……何を企んでいるんだろうな)


 ジュリアスの注ぐ視線が厳しくなる。何か、きっかけあれば──


「がはっ……!」


 ──その時、ルービックが大きくって後退した!


 ガウストの「かかれ!」という掛け声と共に放たれた魔拳がルービックの掌で受け止められた時、そこを起点に衝撃が波紋のように広がっていき、ルービックの体内に仕込まれた複数の〝毒気〟が一斉に反応して内部で連鎖炸裂を起こしたのだ!


 その〝毒気〟はガウストが連続攻撃の最中、巧みに混ぜ込んでいたものである。

 それを特定の攻撃によって起動、破裂させた。


 毒の配置も抜かりなく、飛散すれば間違いなく全身に回る。

 致死量である。人ならば死ぬ。即死である。


「我輩は死……死なんのか……?」


 ──しかし、それまでだった。

 体に力が入らない。立っているのもやっと……いや、だらしなく尻餅をついた。 

 すると、ルービックはもう立ち上がれない……


 結局、ルービックはガウストに全く歯が立たなかった。

 周囲にどう見えていたかは知らないが、彼は本気だった。本気で殺そうと仕掛けていたが、どれもいなされていた。実力でかなわなかったのだ。だが、それも当然の事。


 何故ならば、彼女を含めた五人は彼らの最高傑作なのだから……

 そして、


 ルービックは満足げに、うつむいたまま静かに笑っていた。

 ……悔いはなかった。



*****


<続く>




・「毒気どくけ

「(対象の体内に仕込む〝発破ブラスト〟の亜種です。時限式でほっといても数分から数十分で起爆します。誘爆有り。作中では相手が悪かっただけなのですが、威力は一般人が食らうと一発で瀕死です。というか、処置が少しでも遅れると普通に死にます。呪い扱いなので神官の神聖魔法や〝解呪アンカース〟で除去可能です※低級なので難度は低い)」


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