第28話「徒花」


 アンテドゥーロは最初と違い、高慢な態度で命令するのではなく気安く頼むような口調で召喚された者──ルービックにをした。



。此処にいる人間を力の続く限り、皆殺しにして欲しいんだよ。……貴方なら出来るよね?』



 しかし、そのお願いは実に物騒な内容だった。

 そのような注文をルービックは果たして聞き届けるのか、どうか。

 一同は召喚人の出方を固唾かたずを呑んで見守った。


*


 ルービックはすっかり白くなった顎髭あごひげをさすりながら、何事かを思案している。

 その仕草だけで彼女の発言に強制力が働いていないのは明白だった。もし何らかの強制力があるならば彼は即答し、問答無用で襲い掛かってきているだろう。


「……ひとつ、確認するが」

「なんだい?」


「誰から殺すのか、誰でもいいと言うならこちらの都合のいいようにやるが、それで構わないんだな?」


「別にいいよ。貴方が乗り気なら、ご自由にどうぞ」

「了解だ。その条件で契約成立したものとする。以後も口出し無用でお願いしたい」

「はいはい。それじゃ、勝手にやってね」


 ルービックの視線は自らの教え子、ガウストに向いた。

 アンテドゥーロは少しめた表情で事態を眺めている。


「──では、ガウスト。まずはお前からだ」

「分かりました」


 こうなることをを予想していたのだろうか、ガウストは平然と受け答えると素直に前へ進み出る。


 彼女の他に最前列にいた二人──

 ジュリアスはそんな彼女の邪魔にならぬよう、ゴートとディディーの所まで静かに下がっていった。ライルも同様に宮廷魔術師ノーラのそばへ寄って行く。


 アンテドゥーロは植物園の方から。他の者達は城側から。

 対峙たいじするガウストとルービックの二人を中心にして一対一の決闘を囲んで見物するような構図になっていた。


 ──不動で見つめ合う二人。

 すると、少しは場を盛り上げてやろうとガウストが煽りを入れる。


「うふふふ、これは悲劇かな? かつての師弟が時を経て束の間の再会を果たしたと思ったらこのように殺し合う羽目になるとは。さぁ、どうする? 必要に迫られたら例え師父でも殺すのかな?」


 だが、ガウストに躊躇とまどいはない。「殺すが」──と、短く言い切った。


「当然だな。我々にとって上意下達じょういかたつつねではない。死ねと言われて死ぬ奴がいるか? 我々は命を粗末に扱うな、と日頃から厳しく教えてきたのだ。ひるがえって、貴様はそのようにしつけられていないのか?」


「へぇ、随分と甘やかしてきたんだねぇ……他人の命は粗末に扱うくせにさ。いや、違うな。そうだよな、お前らだって奪う側だもんな……だろうがだろうが結局は代わりの利かないこまに違いない。そりゃ大事にするし、されたりするわけだ」


「……まるで自分がごまだと言わんばかりだな」


「まぁね。でも、捨て駒には捨て駒の、捨て駒にしか出来ない役割がある。現状には結構、満足してるんだぜ? お前らには死んでも理解出来ないだろうけど」


 アンテドゥーロは笑いかけるが、決して誰かに向けられたものではなかった。

 そして、その微笑の受け取り方は人それぞれだろうが……「さみしげではあるが諦観ていかんからではない」と、その場で見ていたゴートは思った。


「確かに理解出来んな。死ぬと分かっている現場に我々は赴くことはないからな。我々には必然の結果のみが求められる故に」


「だから確実な仕事しか引き受けないもんな、お前らって。しかも自分たちが悪人と認めた者しか殺さないときたもんだ……神様にでもなったつもりか? 何様のつもりだよ? そんなくだらないことにこだわらず仕事に徹してくれりゃ、みんな苦労せず済んだのにな……死なずに済んだヤツだって、大勢いただろうによ!」


しきは滅する。我々はその為の暴力装置だ。我々の暴力は世の為、人の為にのみ振るわれるのだ。打算では動かない。しかし、だ。悪しきとあれば関係なく。地位も法も国すら我々を縛ることあたわず──」


「だから、それがふざけたことだって言ってんだろうが! それに国ったって国内に飽き足らず、国外まで遠征してよぉ! 第一、善か悪か判定するのは誰だよ!? お前らだろうが! 何を偉そうに判別できるんだよ、お前らがっ! お前らが必ず正しくて、間違わないことなんてあるのかよ!?」


「我々は決して善なるものの代表ではない。神ならぬ人の身、善きものを見抜く目を持ち合わせているわけではないよ。──しかしな、小娘。我々は悪しきものの言葉を聞き分け、嗅ぎ分け、見抜く力は正確なつもりだ……入念に調べ上げ、殺している。悪しきは滅する。間違いはない。悪を滅ぼした先に行き着く世界とは、悪しきもののいない楽園に違いないのだから、それでよいではないか?」


「こ・れ・だ・よ……!」


 アンテドゥーロが忌々いまいまに吐き捨てる。

 ただ話を聞いているだけに過ぎないジュリアスだが、彼女が腹立たしくなる気持ちは分かった。


(前に言ってた話が通じないってのはこういうことか……信仰じゃないが、この思想の方がよっぽど過激で宗教的だな……)


「……彼らと行き着く先の世界とやらは平和かもしれないけど、退屈しそうだな」


 ライルがぼそり、と感想を洩らす。宮廷魔術師のノーラが口を開いた。

 

「ま、夢物語だね……方法が暗殺、確実な仕事しか引き受けない。その時点でたかが知れている──ごっこ遊びだね、ルービックとやら! 悪しきは滅するという思想、信条は結構だが、実態はただの自己満足止まりだ。殺しました、排除しましただけで現実はそこで物語のようには終わってくれないのさ。だから、アサシンも、アサシンギルドも、民衆に嫌われ、今の評価に落ち着いているんじゃないのかい?」


「ふふ、耳が痛いな……」


 ルービックはそちらを一瞥いちべつして、自嘲じちょうする。

 だが、気分を害して憤慨ふんがいした、などという様子はない。


 おそらく、そのような忠言は入れ代わり立ち代わりで言われ慣れているのだろう。

 しかし、彼らはそれでも自分たちの思想を、意志を最後まで曲げなかったのだ。


「そう。だから、アサシンギルドは滅びたのだ。抗弁するものもいるかもしれんが、我輩としては滅びたと思っている。そして、……故に我々は最後に種を撒き、見事な徒花あだばなを咲かせた。技術のみを継承させ、自らの手で短い歴史に幕を下ろした」


 ルービックは真っ直ぐにガウストを見た。


「ガウスト……お前たちまで滅びたものに縛られる必要はない。好きに生きろ。長い人生だ、自由を謳歌おうかしろ。我々が許す、いや、これはむしろ我々の願いだ」


「分かりました。……皆にも伝えます」


「そうしてくれ。それにしても我輩は生涯に悔いはないつもりだったが、死後にこのような機会に恵まれるとは思ってもみなかったな……死霊しりょう非法ひほう、だったか。こうして化けて出て恥を晒すことになったのも、心の何処かに未練があったからかもしれん。お前達五人を完璧に仕上げたいという、な……我々が廃業すると決め、お前達五人を選抜する為に色々と奮発したな。余所よそから分捕ぶんどった資金も使い切ってやったわ……」


 ルービックは遠い目をして当時を懐かしみ、含み笑いする。


「──で、あればこそだ。我輩を殺せ。この体にこの命、果たして人として何処まで生きていると言えるか怪しいが、だからこそと言える天の配剤。我輩は、このけがれた奇跡に感謝しよう。仕上げには持って来いだ。我輩の死をって、我々の仕事は完璧だったと誇らせてくれ」


「……そろそろ話は終わった? じゃあもういいよ、さっさと死ねば?」


「発言が誤解を招いたようだが、手加減するつもりはないぞ? 個人的な思惑と引き受けた仕事は別だ。それに言っただろう? 死ねと言われて、死ぬ奴はいない。命を粗末にするな……とな。自ら実践せず、弟子に示しはつかんだろう」


「はいはい。それじゃ、せいぜい頑張ってね」


 アンテドゥーロは最早興味を失ったのか、投げやりに言葉を返した。


「では、そろそろやるか。我輩にはそれほど時間が残されていないみたいだしな」

「……時間?」


「そうだ。どうも、召喚には制限時間があるようだ。それも決して長くはもたない。我輩は大体、一時間くらいと踏んでいる」


「あぁ、アンタの場合はね……これは忠告だけど今の発言は死霊しりょう非法ひほうの一端であって全貌ぜんぼうではないよ? 早合点はしない方がいい……しかし、いいのかな? こんなことまで教えちゃって。あとで怒られても知らないよ?」


 アンテドゥーロはルービックの忠告にわざわざ補足をした後、その後の発言は誰に対してのものなのか……虚空こくうに向かって、誰かに話しかけるように言っている。


「そいつはどういう意味だ?」

「今のは僕の独り言だよ。それ以上でもそれ以下でもない」

「……そうかい」


 アンテドゥーロの返答に対し、ジュリアスはそれ以上突っかかっていかなかった。

 その他の者も進んで口を開こうとはしない。


 どうやら、おしゃべりはここまでのようだ。

 皆がガウストとルービックに注目し、二人の決闘じみた戦いがいよいよ始まろうとしていた──





*****


<続く>


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