第27話「死霊非法」



「……ルコリネはどうだった? 手強かった? 少しはてこずったかな?」

「なかなかの怪物だったが、所詮は動物だ。相手にならなかったよ」


 彼女の正面に立つジュリアスが代表して答える。

 彼の横には帯剣した正騎士ライルが立ち、反対側にはガウストが立っている。

 やや離れたところで見守るのがゴートとディディーの二人。


 その二人とジュアリス達の中間にいるのが宮廷魔術師のノーラに護衛のボスマン、エリスンの二人だ。ノーラは本来、このような危険な場に出るべきではないが今回は人任せには出来ないので出張っている。


「それじゃ、そろそろ答え合わせといこうじゃないか。俺は頭が悪いんでね、懇切こんせつ丁寧ていねいに解説してもらわんと分からんのだ。お前はあの怪物──ルコリネと言ったな? あれが犯人ではない証拠だと言った。戦闘後に色々と話し合った結果、あれの正体はおそらく召喚獣ではないかと俺たちは推測した」


「……それで?」


「それで? いや、それだけさ。あれが召喚獣だった、それが正しかろうが、外れてようが、それだけだ。お前はあれをって犯人ではない証拠と言いたいんだろうが、そんなの何の証拠にもならないって話さ。つまり、お前は容疑者のままだよ」


「ふぅん……まぁ、それはそうだよね」


 しかし、アンテドゥーロの反応はあっさりとしたものだった。


「ルコリネは言ってみれば単に匂わせただけだからね。あれで正解にたどり着いたら逆にびっくりしちゃうよ」


「だったらいい加減、思わせぶりな言動はやめてはっきり物申してくれないかね? 分かり易い仕込みとやらをここで披露してくれるんだろう?」


「随分とせっかちだね。でも、いいよ。その代わり想像通りか想像を超えていたか、正直な感想を聞かせてもらうけどね!」


 前と同じように短剣を地面に投げ付けて、叫ぶ!


「〝解放リリース〟だ! 今度は何が来ると思う!?」

「またか……!」


 呪文を受けて短剣は弾け、墨のような液体に変わると芝生を、その下の大地を黒くけがしてゆく。……先刻と同じく漆黒の転送陣が展開されようとしていた。大地と黒い液体が激しく反応し、白い蒸気のような煙が立ち上った──!


「ルービック・カルアネデス! 我が呼び声に応えて出でよ!」


 ──アンテドゥーロの呪文、いや、呼び出しか!?


 展開された漆黒の転送陣はにじすように湧いた泥とも水とも分からぬ黒きものに塗り潰され、漆黒の泉か泥沼の如きから噴水となって噴き上がる。それら、黒きものは再び大地に吸い込まれることなく空中で一つに集まり、人影をした。


 出現した人影は黒衣の男である。


 衣服だけではなく革靴も小物も漆黒で統一し、頭髪や短く整えられた髭はそれらと相反するように白い。顔にはしわが目立つが精悍せいかんで、目つきは鋭く、当人はただ状況をはかっているだけだがそうやって突っ立っているだけでも相当な威圧感があり──途端、周囲にたむろする兵士らに動揺が伝播し、空気が張り詰めていった。


「さて……何から喋っていいものかな」


 彼自身は呼び出した術者──アンテドゥーロにまったく意識を向けることなくあごをさすりながら、集まっている諸君らを見て悠々とひとりごちた。


「とりあえず、自己紹介から始めてみるか。我輩わがはいはルービック。かつて、其処にいるガウストを指南していた者だ。また、暗殺を生業なりわいとしていたが廃業した。ガウストを含めた五人には暗殺者としての技術──我々の全てを教え込んだが、。彼女らには純粋に、技術のみを継承させた。そこは勘違いしないでいただきたい」


「身の上なんか聞いても分からんよ。だから、率直に尋ねる。アンタは人間か?」


「……その外套マントから察するに、君は魔術師のようだな。突拍子とっぴょうしのないように思えて、なかなかいい質問をする。姿形は如何いかにも人間だ、人としての記憶もある。しかし、今の我輩が人間かと言うとその限りではないな。この体、。我輩の末期まつごやまいおかされて死んだが、現在の体調は良好だ……まぁ、それはいい。問題はこの肉体、いているのは見掛けだけのようだ。中身は別物、若者だった頃の軽快さがある」


「ほう……?」


「それから我輩、ルービックという人物について知りたいのなら答えようもあるが、、正体について知りたいなら呼び出した当人に聞く以外あるまい」


 そう言うと、ルービックが首だけで後ろを振り返る。

 ……皆がアンテドゥーロの言葉を待った。


「ふふふ……もう気付いたかもしれないけど、これこそが不滅ふめつの体現、"死霊しりょう非法ひほう"という秘術の正体さ。降霊術こうれいじゅつなんだよ。、ね」


「降霊術? 完全な、ねぇ……」


 ジュリアスは鸚鵡おうむがえしするが、言葉に乗った感情は否定的なものだった。


「降霊術……?」

「見た事も聞いた事ないな……」


 ジュリアスの後ろで話すゴートとディディーの二人。


「俺も体験した訳じゃないから、伝聞でんぶん文献ぶんけんでしか知らないが──」


 それを耳にしたジュリアスが一言、前置きしてから語り始める。


「……降霊術って秘術は、ざっくりと言えば霊媒れいばいもちいて死者の霊をろし、再会を果たすという秘術だ。霊媒となるのは生前の遺品いひん遺体いたいの一部らしい。また、それを専門に行う降霊術師と名乗る魔術師達は魔石を加工して作った特殊な水晶玉を用い、降霊術を行ったという」


 すると、宮廷魔術師が口を挟む。


「戦後から少しして色々な街で流行ったようだけど大概だったらしいがね。水晶に投影されたのは依頼者の記憶が見せる幻覚げんかくで、暗幕あんまくこう話術わじゅつによる複合的な幻惑術で言葉巧みにまどわし、被害者から金をせしめる悪徳あくとく詐欺師さぎしも多かった」


「……今、婆さんが補足したようにそういう連中も多かったと聞く。だから真面目に降霊術を研究していた魔術師の肩身は狭く、文献でも記述は少ない。何より詐欺師の跳梁ちょうりょうのせいで不誠実な魔術という落胤らくいんされてしまってな……後世、詐欺師どもの悪業あくぎょうあばかれて名誉こそ幾何いくばくか回復したものの、現在はすっかりすたれてしまっているのが実状ってわけだ」


「へぇ、魔術師だけあって雑学に詳しいねぇ」


 まるで他人事ひとごとのように、アンテドゥーロは感心して賛辞を贈る。


「問題は、だ。従来の降霊術、伝え聞く本物の降霊術とやらは、死者の霊を術者本人か、他の人間に憑依ひょうい……りつかせて再会を果たすんだと。憑りついた死者は一時的に意識を乗っ取り、身体を自由に操る。つまり、従来の降霊術では霊は肉体をともなって降臨こうりんしない、という事だ」


「それじゃ、肉体を伴って降臨したということが……」

「その通り! 完全な降霊術、"死霊非法"という訳さ」


 ゴートのつぶやきを耳聡くさえぎるような勢いで、食い気味にアンテドゥーロは肯定した。自慢げな彼女と反対にジュリアスの反応は終始、冷ややかなものだった。


(死霊非法──完全な降霊術。婆さんはあの怪物を見て召喚獣と表現した。俺もその見立てに間違いはないと思う。だが、人間は召喚獣にならないはずなんだが……)


「ふふ、何を悩んでいるのかな? なら、もっと悩ませてあげようかな。懇切丁寧に説明して欲しい、と言ったのは君の方だからね? ……ルービック=カルアネデス!」


 彼女は声を張り上げて、召喚した者の名を呼ぶ、


「如何にもルービックだがというのは知らんな。我輩にそのような姓も名も無い」


「こっちだって知らないよ、アンタの本名なんかさ。そんなことより、命令だよ! 今から閂の国スフリンクにひとっぱしり行って、人を一人さらってきてよ!」


「……正気か?」


 アンテドゥーロからの意味不明な命令に怪訝けげんな顔で答えるルービック。

 その返答に満足そうに彼女は──


「……と、いうことさ」


 ジュリアスとノーラ、二人の表情を覗き込みながら、そう言った。

 魔術師達の表情は先程から一様にけわしい。何か引っかかる事が……いや、致命的なが発覚したのか。


「──召喚獣というよりも精霊との関係性に近いのかねぇ?」

「人間と精霊では立場が逆だぜ、婆さん。召喚獣と精霊じゃ扱いはまるで正反対だ」


 片足を一歩引いて体勢を半身にして、ノーラの方を見ながらジュリアスが答える。


 一般に召喚獣は召喚者が支配、使役するもの。術者の命令は絶対で逆らえない。

 精霊は逆にジュリアスが口を滑らせたような幻想的存在を除き、基本的には術者が力を貸してもらう上位存在である。


「……あくまで類似的な話だよ、坊や。あのルービックとやらの言動から察するに、そちらが近いだろうとね」


「我輩の応答がそんなにおかしいかね? 極めて常識的な判断のつもりだが……」


 少々困惑しながら、ルービックは呟いた。


「それとも何か? 、そういう制約でもあるのか?」


「まさか! そんな制約は死霊非法にはないよ。だけど──」


 彼らの会話に割り込むと、アンテドゥーロは続けた。


。此処にいる人間を力の続く限り、皆殺しにして欲しいんだよ。……貴方なら出来るよね?」




*****


<続く>


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