第26話「結果的に」


 王城の一室に出現した怪物との一戦を終えて、彼女が待つという植物園に向かっている。既に城から出ていて外庭へと歩いていた。


 先頭は先導するように騎士の三人が、中団にジュリアスら四人。

 最後尾が宮廷魔術師のノーラだ。道中の会話はグループで別れている。

 ゴートがジュリアスに話しかけた、


「……ジュリアス。さっき使った怪物を吹っ飛ばした魔法って──」


「ああ、あれか? あれは〝発破ブラスト〟っていってな……本屋に置いてあった教科書テキストじゃ二番目に習う攻撃魔法らしい。だが、とてもじゃないが二番目に習うような魔法じゃないな……」


 〝発破ブラスト〟は初心者に使わせるには注意事項が多すぎる。

 最初の一歩が〝衝打ショック〟※(接触した対象に衝撃を与える)という護身術のような魔法だっただけに、落差が大きすぎるというのがジュリアスの正直な感想だった。


「教科書? ……魔法の?」


「そう。銀貨千枚とかいう足元を見たふざけた値付けの魔法の国公式の手引書ミスティア・オフィシャルガイドブックだよ。初級の本が、だぜ? 金額が金額なんで、店長に頼んで少し読ませてもらったんだ。そしたら内容におかしなところはなかったんだが……なんていうか、あんまり優しくなかったんだよな」


「優しくない?」


 ジュリアスが読んだ感じでは解説自体は至極しごく真っ当なものだ。

 だが、手引書に記載されている呪文の種類レパートリーがどこかかたよっているというか、抜けているというか……限られた紙面では全てを載せられないという事情も分かるのだが、どうにも片手落ちな気がしたのだ。


「なんというか、初心者向けなんだけど絶妙にそうじゃないっていうかな……先の〝発破ブラスト〟だってそうだし。あれ、ちょっと間違えたら自爆してるからな。無傷だったのは俺が魔法障壁をまとっていたからに過ぎないし」


「魔法障壁は打撃だけじゃなく魔法も問題なく防げるんだね」


「それは属性にもよるがな。〝発破ブラスト〟の攻撃属性はどちらかといえば、衝撃や打撃に近いから打撃用の魔法障壁でまぁまぁ凌げた訳だ。これが例えばならそうはいかない。それだけあれば安心、というわけにはいかないんだよ。状況に応じて適切に使い分けなくちゃいけない」


 ジュリアスはこの機会を逃すまいと説明を続ける。


「魔法障壁にも実は得手不得手が存在する。例えば打撃用の〝草巻〟ラウンドロールは斬撃や刺突に弱いし、〝水晶球〟クリスタルボールは刺突や斬撃を流すが打撃にもろく、〝海月の傘〟ジェリーフィッシュは刺突や斬撃を鈍くして打撃や衝撃を吸収する物理攻撃全般に強い特性を持つが、炎熱には蒸発し、冷気には凍結し、電撃に至っては帯電する……とまぁ、魔法攻撃に非常に弱いという弱点があるんだ」


「へぇ……」


 ゴートは熱心なジュリアスに適当な相槌を打って、ディディーの方を見た。


 ──浮かない表情だ。

 あの部屋での戦闘から移動中、何を考えこんでいるのか、一言も発していない。

 ジュリアスも見かねたので彼に声をかける。


「……どうした、ディディー?」

「え、あ、いや……なんでも──」


 そう言いかけて、やめる。取り繕わらず、ディディーは素直に心情を吐露した。


「……俺、城に来てから何もしてねぇなぁ、と思ったもんで」


 ジュリアスやガウストは言うに及ばず。

 ゴートもアンテドゥーロに対して、対話を試みている。


 ただ、一行の中でディディーだけが傍観者だった。

 見ていることしか出来なかった不甲斐なさ、色々な意味で場違いな居心地の悪さを感じて自己嫌悪に陥っていたのだ。


「そんなこと、いちいち気にすんなよ。第一、今のお前たちは丸腰じゃねぇか。俺やガウストみたく、何かの心得があるわけでもないしな。しょうがねぇよ、今回は」


「いや、でも、ゴートは……」


「あれは衝動的に喋っちゃっただけだよ。結果的には、というだけで場合によっては迂闊うかつだったかもしれない」


「そうだよな。上手く転がっただけだよな?」


 ジュリアスがゴートに笑いかける。

 ゴートは内心むっとしたがディディーを励ます意図もあったので、ここは気にした風もなく聞き流しておく。


「……けどまぁ、冒険者は結果が全てなんて言葉もあるしな」

「結果が全て、か……」


 その格言じみたものはゴートもディディーも何処かしらで聞いた覚えがあった。

 まだ、騒動の決着は着いてはいない……これから挽回する機会もあれば、失敗する可能性だって十分に有り得る。三人は気を引き締めた。



*



 ──鉄の国ギアリングの王城<リペル>には、外庭に植物園がある。

 植物園の周囲は生垣いけがきに囲まれ、入り口には木製の両開き扉の門がある。

 "血"のアンテドゥーロは、その門の前で律儀に待っていた。


 手にした短剣を、暇潰しにもてあそびながら。


 そんな彼女を騎士や兵士が数人、遠巻きに様子をうかがっていた。

 彼らは監視が目的のようで一定の距離を置いたまま、近付いては来ない。


 ……待っている間は退屈だ。余りにも手間取るようなら予定を変更して兵士たちを相手に意地悪してやろうかと思ったが、どうやらその必要はないらしい。ルコリネは少し前に倒されてしまったようだ。


 アンテドゥーロにはそれが分かる。だから、もう少し大人しくしてやろう。


 彼らはもうすぐやってくる。退屈だった時間も、もうすぐ終わる。

 それから大した時間もかからず、その時はやってきた。


 待ち受けていたアンテドゥーロは彼らを見るなり、笑顔で歓迎した。


「意外に早かったねぇ。やるじゃない」




*****


<続く>



・「衝打ショック

「(魔法使いが一番最初に習う攻撃魔法です。護身用で、接触した対象に衝撃を与えます。威力の最低保証は成人男性の手押し程度。熟練者ともなれば成人男性や猛獣の体当たりクラスの衝撃を与えることも可能でしょう)」


「(注意点としては接触判定であるということ。術者の手で直接、触れていなければいけません。飛び道具ではないです。対象に触れず発動しても不発に終わります)」



・「色々な魔法障壁」

「(作中でジュリアスが説明したものは全て身を覆うタイプの魔法障壁です。基本的にこのタイプの魔法障壁は壁タイプに比べ、より一長一短がはっきりしている設定にしています。例外がないとも言い切れませんが……)」


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