第25話「推察」


「……死期を悟ると魔物モンスターは抵抗を諦めるが、この怪物は違ったね」

「つまり、これは魔物に似ているが本質は違うということか……」


 ライルとエリスンが感想戦をしている。

 ボスマンは返り血のない愛剣を見つめながら、微かに漂っていた白い煙と潮の香に顔をしかめていた。


 怪物の首も、斬り落とした腕も、残された遺骸すら活動を止めた途端、煙となって虚空に消えてしまった。


 そう、跡形なく蒸発したのである。

 影も形もない。手がかりは何も残されてはいなかった。


 宮廷魔術師、ノーラ=バストンはため息をく。


「……やれやれ、骨折り損だね。そっちは怪我はないかい?」


「こちらは異常なし」

「問題なし」

「右に同じく」


 点呼が終わったところで、ジュリアスが話しかける。


「……で、婆さんよ。同じ魔術師のよしみで一つ質問があるんだが。あの化け物……召喚獣なんだが。妙な違和感がなかったか?」


「妙ってのは何だい?」


「アンテドゥーロはあれを雷獣の実験動物サンダーヘッド・アニマルと俺たちに説明した。ま、そこに嘘はないだろう。それでこいつは死後、跡形も残らず消えちまったから実際、幻想生物だったんだろう。それも分かる。けどよ……合成魔獣キマイラの失敗作みたいなが、幻想生物であるわけがないんだ。かといって、単なる実験動物を召喚──いや、転送したとしてもこのように死体が残らないなんてことはねぇ。それなら実体があるはずなんだからな。だから、に落ちないんだよ」


「……ようするに、あれが幻想生物だと認めたくないのかい?」


「ああ、違うね──といっても、これはただの直感だが。あれが幻想生物だとしたら弱すぎる。というか、。何故なら、本当に幻想生物なら欠点なんか抱えて生まれてくるなんてないんだから……だってよ、想像の産物なんだぜ? 言い換えれば術者の理想だ、わざわざ現実に妥協してすり寄る必要がないんだ。呼び出す召喚獣の姿形は置いといて、能力があそこまで中途半端になるのはおかしい」


「……言われてみれば生物の生態に寄りすぎていたな、あれは」


 傍で見ていただけの印象だが、エリスンもジュリアスの意見に同調する。


「……だとすれば、だよ? あれは一体、なんなんだって話よ? いや、そもそもさ。その幻想生物ってのはなんなんだい?」


  ライルがよく分からずに、尋ねる。


「幻想生物については戦闘前、あいつらにも説明したんだが──」


 部屋の出入り口でこちらを窺いながら待機している二人に視線を投げやってから、今一度説明する──


「此処ではない何処かの異界……? 幻想世界……?」

「ようするに想像上の怪物、ということですか?」


「ピンとこないのはしょうがないか。一番身近な例ですら名も無き不定の精霊群……一般に〝精霊使い〟と呼ばれる連中が召喚して使役する……くらいしかないからなぁ……」


「……? それはつまり精霊使いが……いや、一般に馴染みのある精霊が実は偽物、まがものの類だと──」


「そこまでだよ。二人とも、今聞いた事は忘れな。世の中には知らんでもいい知識もある。ただの好奇心が猫を殺す事もあるよ。……坊やもだ。喋らなくていいことまで喋るんじゃない。血が見たいのかい?」


「大したことない知識でも暴露バラされちゃ食いっぱぐれるヤツもいるか。……けどな、婆さん。一子相伝のとして世に広まったのは、魔法のアンロック・合言葉キーワード〟の御蔭でもあるんだぜ?」


魔法のアンロック・合言葉キーワード……?」


「……魔法の詠唱につきものの始まりの言葉だ。アンタらも聞いた事はあるだろう、『其は想念と意志の力、奇跡を顕現する根源』という詠唱を。だよ」


「あれか……」

「──今は講義や討論する時間はないよ。勉強するなら休日やすみにしな」


 話が思わぬ方に脱線しかけているので、ノーラは見かねて叱る。

 それは確かに正論だったので、ジュリアスも大人しく引き下がる。


「いや、全くだ。悪かったな……一旦、話を戻そう。俺はあの怪物が幻想生物ならばおかしい、能力が中途半端になるのは有り得ないと思うんだが──」


 ジュリアスはあらためて、ノーラに意見をう。


「……私は、アンタの着眼点は悪くないと思うよ。あれがアンテドゥーロの愛玩動物ペットだったとして、だ。死後、それをもとにして創造した──それにしては確かにアンタの言う通り、中途半端だった。どうせなら生前よりも能力ちからを発揮させてやりたい、活躍させてやりたいっていうのが親心だろうしね。……でもね、坊や。今、色々と推量すいりょうするのは結構だが、結論は急ぐべきじゃないよ」


 ──そう言って、ジュリアスをさとした。 


「それは……まぁ、確かにな……」

「……ふむ」


 一連の会話に一区切りついたので、ボスマンが提案する。


「では、そろそろ移動するか。主賓しゅひんをあまり待たせる訳にもいかん」

「……そうですね」


 先に部屋を出るボスマン、ライル、エリスン。

 その後ろをガウスト、ジュリアスが続こうとする。


「──時に、坊や」

「なんだい? 婆さん」


 部屋を出ようとした時、ノーラに話しかけられる。


「アンタ、まだ若いのに随分ずいぶんと魔術の知識に詳しいようじゃないか?」

(……きたな)

 

 ジュリアスは遅かれ早かれ誰かと問わず、自分の正体について尋ねられるだろうと予想していた。故に、彼は前もって用意しておいた回答をここで持ち出す。


「……昔からの知り合いが知識の国イーディアに居てね。まぁ、ただ……それだけだよ」


 ジュリアスは言葉少なに意味深長に告げる。

 そしてこの内容に関して、嘘は一切含まれていない。

 全て真実である。


「ほう。坊やは知識の国イーディアの出かい」

「俺は、と言っただけだが」


「ああ、そうかい。そうだったね。……年を取ると聞き違いが多くなっていけない。すまなかったね」


「別に気にしちゃいないさ。謝るほどの事でもない」


 予想通りの、実に形式に則った質疑応答だな──

 そう思いながらもジュリアスは型通りに言い返して部屋から出ていく。

 ノーラはそんな彼の背をじっと見ていた。


(イーディア──ミスティアの兄弟国でミスティアに次いで魔術の研究が盛んな国と世間じゃ言われちゃいるが、肝心の術者は自分のこもって研究に没頭していて実態は用として知れず……それが冒険者として国外に出てきたっていうのなら、こいつは相当なだね)


 勿論、彼が知識の国イーディアの出身ではない可能性も多分にある。

 だが、その可能性は低いだろうとノーラは考えた。


 ……ジュリアスの魔術師としての実力は現状でも評価に値する。


 そして、魔術の素養があればこそ、後に大成できるかは出身地に大きく左右されるのだ。イーディアにしろ、ミスティアにしろ、彼らの魔術や魔法は基本的に門外不出である。外部から国際交流の一環で留学生を受け入れる施策はあっても見ず知らずの人間を受け入れる土壌どじょうも度量もない。


 それはかつて留学していたノーラが身をもって知っていることだ。

 正統派の魔道士というものは実に権威的且つ閉鎖的で、そんな魔道士らが改心したという話はついぞ聞いた事がない。


(話した限りじゃ、坊やの性格的に秘密主義的なあの連中とはそりが合わないだろうしね……)


 そこまで思い至ってノーラの若かりし頃……短期留学したミスティアでの苦々しい記憶の数々が思い起こされたので、考えるのをやめた。


 ──既に部屋には自分一人。

 若い連中は外に向かって行ったようだ。嘆息たんそくき、彼女も遅れて後を追った。




*****


<続く>



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