第24話「連係」☆


 ジュリアスは左手を突き出し、怪物に向ける。

 大きく広げた掌は次第に何かをつかむように、少しずつ指が曲がっていく。


 魔術にいても投射の基本にならうならば、ジュリアスがこの時に想像していたのは投擲とうてき……いしゆみのようにさかしい効率的なものではなく極めて原始的で破壊力重視の想念であった。


「──石よりも硬く意志を持つかたまりよ、敵を撃て!」


 魔力の溜めは十分。大きく振りかぶり、怪物目掛けて投擲する!

 速度は術者自身が放り投げるそれと同じ、普通に撃ち出すよりも目に見えて遅い。

 放物線が描く射程も通常より短く、全てが威力の為に犠牲になっていた。


 はっきり言って、人間でも軽く見切れそうな飛び道具である。狙いも適当。

 言うまでもなく目前の怪物は人間などより身のこなしも勘も優れていた。

 呆けたように眺めた後、屈めばやり過ごせると身を低くしてかわそうと──


「キッ!?」


 しかし、ジュリアスが仕掛けたのは投石ではない、魔法である!

 床に伏せて視線を切った直後に頭上で弾道は変化し、狙い通りに左肩へ命中した!

 魔力が炸裂し、思わず怪物がひるむ──!


(こっちも全力って訳じゃないがそれでも怯む程度か。肩の骨くらい折れてくれたら助かるんだがね……!)


 だが、怪物の様子を見てジュリアスは考えを改める。

 〝飛礫ミサイル〟では力不足とみて〝発破ブラスト〟を解禁する。


 〝発破ブラスト〟という魔法は初歩で習う魔法だが、威力は初歩的な魔法の中でも図抜けている。ただし、使い勝手は悪い。


 第一に射程が短いこと。射程限界が至近距離から近距離までである。

 第二に無差別攻撃であること。飛礫ミサイルのように誘導が出来ない上、範囲攻撃である。 

 第三に起爆が任意ではなく、時限であることだ。


 自分である程度起爆時間は調節出来るのだが制限時間の設定がことほか厳しくあり、慣れないうちは暴発や不発に終わってしまうことが珍しくない。


 特に第三の特性が難点ネックであり、これが悪さをして射程に悪影響を及ぼしていた。


「……来るか!」


 初心者には手に余る魔法だが、熟練者であれば真の威力を引き出せる!

 腕を振り上げながら向かってきた怪物にジュリアスが身構えた、その時──一陣いちじんの風が彼の後ろから駆け抜けた!


 正体はガウストである、彼女は大した助走を必要とせずに猛烈な加速で最高速まで達すると限界まで引き絞って放たれた矢よりも速く──全力疾走から勢いそのまま、飛び蹴りを敢行する! 


 狙いは怪物の頭部──だが、怪物は咄嗟とっさに立ち止まると体をひねって間一髪で回避、ジュリアスに向き直った背後ではガウストが音も無く壁に、反動をかしてかえり──身をひるがえしながら、怪物の延髄一点を狙って刺すような蹴りを叩き込んだ!


「うおっ!?」


 怪物は追突された衝撃に体勢を崩しながら半ば覆い被さるような形でジュリアスに密着する! 脂を含んでべたついている怪物の体毛が彼の横っ面に触れた時、生理的な嫌悪感から思わず声を上げて──


「離れやがれ!」


 ジュリアスが「しまった」と後悔するが、もう遅い!


 発破ブラストによる強力な爆発によって接触を拒絶され、高速で吹き飛ぶ怪物と壁の直線上には空中にいまだ浮かんでいるガウストがいた!


 怪物の背中が彼女に接触し、このままでは壁と怪物とで挟まれてしまう……!

 だが、ガウストは冷静だった──いや、彼女にとってこれくらいは危機的状況ではなかったのだろう。


 彼女の足先が文字通り壁へ着地すると衝撃を吸収し、挟まれてしまう前に壁を上手く蹴り出し──怪物の肩に触れた手を支点にガウストの体が回転して怪物を飛び越える! ……直後、壁を破壊して怪物の体がめり込んだ!


「──ガウスト! すまん、大丈夫か!?」

「問題ない」

「そう、か……? なら、いいんだが……」


 一方、怪物の方は相当な勢いで壁に叩きつけられた訳だが、その威力は内壁を破壊して奥の石壁まで達しており、背中をしたたかに打ち付けていた。怪物といえども流石にこれは効いたらしく、すぐには動き出せずにいる。


(おいおい……)


 一連の攻防による惨状を見て、ライルは少し呆れながら心中で嘆息をついた。

 何もかもが出鱈目でたらめだった。連係も何もあったもんじゃない攻撃の筈が、結果的には成立してしまっているのだ。なんというか、苦笑いするしかない。


「しかし、派手にやったねぇ……これじゃ出番はないかな?」


 魔力によって燐光りんこうを放つ長剣を片手にげながら、立ち位置を代わろうとライルが近付いていく。


不慮ふりょの事故で密着した時、錯乱さくらんして想定以上の出力で吹っ飛ばしちまったけど……残念ながら、これでとどめとはいかないようだ」


 ジュリアスは親指で怪物の方を指差す。

 実際には錯乱ではなく嫌悪感からだったが──特に差はないので、問題ない。


「ははぁ、火事場かじば馬鹿力ばかぢからってやつだ。だけど……いやはや、頑丈だね。このコは。これはもう動物というより、魔獣の方が近い」


 あれだけの威力で吹き飛ばされたにも関わらず、怪物には意識がはっきりとある。  

 攻撃が通じていない訳ではないが、今は腰掛けて休んでいるようにも見えた。


「俺じゃ手に負えんな……そういう訳で、後は任せたぜ」

「あいよ。任された。それじゃ、に行きますんで」

「──心得た」


 ジュリアスに対して軽薄に答えたライルは、ボスマンに呼び掛けた。

 ボスマンが両手で剣を握り直し、彼の背に隠れるような位置につく。


 ……そうして、ライルは剣を肩の高さで構える。

 腕を畳み、体と密着させ、その姿勢は突撃兵のようである。

 事実、これから繰り出す技は突撃兵の体現であった。


 ──名付けた技は〝早贄はやにえ〟と言う。


 幾度目かの魔物討伐の折、ライルはこの技をひらめいた。

 死中に活を求めるように、自分から死地に、魔物のふところへと飛び込むのだ。

 おくしてはならない。臆せば出足はにぶり、威力を殺してしまう。


 しかし、この技の極意たるものはそれではない。──呼吸タイミングを合わせるのだ。

 即ち、魔物が飛び出した瞬間、自身もまた飛び込んでいく。


 自分の突進力に相手の突進力を合わせる事で、この技は初めて必殺とる。

 駆け引きのない真っ向勝負。〝早贄〟はその時にこそ、真価を発揮する。


 裏を返せば、この技はどこまでもいっても対魔物用で、駆け引きを要する対人には博打ギャンブルとなり、到底使えない技でもあった。


「……もういいかい?」


 怪物──ルコリネが立ち上がる。


「動物を虐待する趣味はないからね。これで終わりにしよう」


 ライルの言葉に呼応したかは分からないが、ルコリネが最後の反撃に出た。

 その特徴的な腕を使ってではなくライルの首筋に食らいつこうとしての飛びかかりである。ライルもまた、十分に引き込んでからルコリネに突き込んでいった──!


 ルコリネの肉体に易々と剣が吞まれ、背から刃が生える。

 ルコリネが苦し紛れに左腕で掴もうとするもライルの後ろから回り込んだボスマンが裂帛の気合と共に両手で握った長剣を一閃、肘から先を叩き落とした!


 そして、一足遅れて飛び込んきたエリスンがルコリネの首をあやまたず斬り飛ばす!

 それは騎士たちによる見事な連係攻撃コンビネーションであった──




*****


<続く>




・「発破ブラスト

「(初歩的な魔法のはずですが作中の説明通り、威力は頭一つ抜けています。長所はそれだけです。起爆は時限式、カウントは投射直後から始まります。起爆時間を調節できるといっても最大約3秒がせいぜい……しかもカウントは術者の体感で常に同じどころか毎回誤差が生じます。また、威力は確かに長所ですが無差別範囲攻撃です。しくじると術者を巻き込み、自爆します。熟練者でも扱いは難しい……というより、熟練者はまず使いません)」


「(ダメ押しですが魔力の溜めが長すぎても暴発します。あくまでも初歩の位置付けなので限界というか、許容量が低いんですね。故に何かの拍子で作中のジュリアスのように、容易に暴発するんです)」


「(ちなみに。この魔法の元ネタというかモチーフは手投げ弾(手榴弾)です)」

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