第23話「戦闘開始」☆


 その男──ライル=ピューリトンは所謂いわゆる、由緒正しい家系の出身ではない。

 かといって貧民でもなく、農家の次男坊として少年期を片田舎で過ごしたごくごく普通の庶民である。


 ただ、人と違っていたのは類稀なる剣の才能に恵まれていたこと。

 志願兵として働き始めるや訓練でも試合でも魔物モンスター討伐という実戦でも敵なし。

 城勤めから従騎士となるや、並みいる同期を追い越して正騎士に叙任じょにんされた。


 ……しかし、異常すぎる出世速度は同時に弊害へいがいをもたらす。


 彼には武力以外のあらゆるものが不足していたのだ。地頭も性格も悪い訳ではないから折を見て同期は世話を焼いてやる(将来を含めた打算的側面もある)が、それでもはかどっているとはとても言えず──


 従騎士エリスンが同意した問題児という評はそういう意味であった。



*



 まるで我が家で過ごしているかのような危機感のない足取りで、後からやってきた従騎士はジュリアスらのそばを通り抜け、怪物と向かい合う正騎士ボスマンに近付いていった。


「代わりましょうか、ボスマン殿? 微笑ましい動物との触れ合いってわけじゃないんでしょう? 怪物退治なら自分の仕事だ」


「……気を付けろよ。あの怪物は今し方、いなずまの〝〟を吐き出して窓を破壊した。威力は見ての通りだ」


 後ろから話しかけてきたライルをちらりと見遣って、ボスマンは注意を促した。


「ははぁ……とすると、さっきの轟音はそれですか。電の〝気〟をねぇ……そいつはちょっと厄介だ」


 言葉とは裏腹に余裕の笑みを浮かべているライル。

 臆した様子もなく歩を進めながら、自身の愛剣をゆっくりと引き抜く。


「なるべく上手く立ち回ってくれ。援護する」

「了解。助太刀しやすいように努力しますよ」


 ボスマンはライルの後ろに下がる。

 そのやり取りを見聞きしたエリスンが宮廷魔術師のノーラに耳打ちする。


「……私も折をみて戦闘に参加します」

「分かった」


 ノーラが短い返事で了承した時、ライルは怪物を間近で見てに気が付いた。

 怪物の全身を覆ったべたつきごわついた白い体毛から時々稲光のようなものが発散していたのだ。


「なんとまぁ……というのは剣士にとって相性は悪いが……」


 ライルの「電の気を帯びた」という表現に宮廷魔術師のノーラは思い出す。


「確か〝サンダーヘッド〟というのは積乱雲を指す造語でもあったはずだ……」

? 聞いたことないが、語感からして学者か何かのアレかね?」


雷雲かみなりぐも、でしたかね? それの別名だったかと」

「そうだね。名付けの由来はあの見た目と帯電する性質から連想したんだろう」

「物知りだねぇ……こりゃ基礎的な教養が違うな」


 ジュリアスが苦笑する。そして、視線を前方に戻した。

 そこでは雷獣の実験動物サンダーヘッド・アニマル「ルコリネ」と名付けられた怪物を前に、ライルが部屋のほぼ中央で愛用の長剣を両手で構えていた。


 彼の手にした諸刃もろはの剣は錬金術が生み出した魔法の金属、軽合金ハーモニクス製の逸品である。


 軽合金は素材の量産にこそ難があるものの、普通の鍛冶屋で容易に加工が出来るという長所があり、剣士にとって高級武器の一つであった。


 金属でありながら木材のように軽く、それでいて鉄のように硬い──

 錬金術師達はその難題に挑み、見事、軽合金を世に生み出した。


 ──しかも軽合金ハーモニクスは鉄と違って、びにも強い。

 しかしながら「銀よりも熱に弱い」という弱点も抱えていた。それを克服する為に軽合金製の武具には例外なく〝耐火の魔石〟が埋め込まれている。


 ライルの愛剣にも鳥が翼を広げたような意匠の護拳ガード──その中央に赤い魔石が埋め込まれている。


(ふむ……)


 一足で飛び掛かるには少し遠い間合で、にらう一人と一匹。

 先刻まではさらに離れていたが、じりじりとライルが詰めたのだ。


(電撃は誘うべきか、それとも使わせずに叩っ斬るべきか……)


 ライルはちらりと窓を見た。怪物に壊されてしまい、大穴になってしまっている。


(大した威力だな。しかし、その電撃とやらもおそらく連続では使えんのだろう……こいつはただの勘だがね)


 気力か体力の消耗が激しく、再び使用するにはめがいる。

 そして、溜めがいるという事は戦いの最中に致命的な隙を晒す事でもある。


「いずれにせよ、すぐに分か──」


 そう独りごちて、ライルがまた一歩にじり寄った時、事態は急転した!

 ほんの僅かでも彼の体の何処かが怪物の制空圏に触れたのだろう、人間よりも長い大猿の右腕が、横手からくように彼の顔面に伸びてくる!


 それはなんというか、獣の本能というか、脊椎反射的な行動に近い。

 威嚇いかく、牽制、それに類する小手調べのようなものであり、若くして達人の域にあるライルに対しては余りにも迂闊うかつな行動だった!


「──!?」


 ルコリネの攻撃的行動に対し、ライルは中段から構えを崩さずに半歩退がりつつ、諸刃の剣特有の斬り上げラップショットで鮮やかに反撃! 逆に怪物の右手首を斬り飛ばした!


「……チッ!」


 しかし、顔をしかめて舌打ちしたのはライルの方だ。

 怪物も驚いて跳び下がりはしたが痛覚は麻痺しているのか、痛がりもしない。

 手首の傷口からは蒸気のような白い煙が吹き出していたが、すぐに止まっている。


「……どうした、ライル!?」

「いやぁ、ちょっと痺れただけでさ。そう、痺れただけ。心配には及びません」

「そうか──」


「それじゃ、そこの婆さんに補助魔法でもかけて貰うといい。それくらいの時間なら俺でも稼げるだろう」


 ジュリアスは提案する。そして、後方から前面に立つべく進み出す。


「……危険だよ、坊や?」

「別に無理はしないよ。危なくなったら、こっちはこっちで助けて貰うさ」


 そう言って、ジュリアスはガウストの方を見る。

 相変わらずの無表情だが「……いいだろう」と、簡潔に彼女は返答した。

 そうして、ジュリアスが正騎士の側に寄っていき、気安く彼の肩を叩く。


「──という訳で、交代だ」


「無理するなよ? ……アンタ、魔術師なんだろ?」

「勿論、無理はしないさ。騎士殿の出番はちゃんと残しておくよ」

「そいつは有り難いね」


 ライルも軽口で返して、素直に宮廷魔術師のところまで下がっていく。

 悠々とした無防備な背中をライルは見せているが、彼と怪物の間には入れ替わりでボスマンが立ちはだかっていた。そのボスマンの隣にジュリアスが並び立ち──


「アンタも。この場は俺に任せてくれ」

「いいのか? 今更だろうが、魔術師というのは後方支援が──」

「いいのさ。独りのが手慣れてる。悪いが、下がってくれ」


 ……ジュリアスの応答にボスマンは答えなかった。

 だが、内心はともかく彼の意見を尊重し、大人しく彼の後ろに下がっていく。


(感謝するぜ。あとは交代している間に電撃を吐き出してくれりゃ──)

「あれは……!?」


 その時、エリスンが声を上げ、ジュリアスもつられて視線の先にある物を視た。


 ライルに斬り飛ばされた怪物の右手首──残骸の異変があったのだ。

 それは突然、湯気のような白い煙を上げ始めたかと思うと瞬く間に蒸発、跡形なく消えてしまった……!


「其は想念と意志の力……奇跡を顕現する根源……」


 ノーラは剣に魔法をかけるべく呪文を唱えながらも、その一部始終を見ていた。


 ……跡形なく消えた? 魔物は死ねば土くれに還るが、それと似たように?

 ますますって得体が知れないが考えるのは一旦後回しだ、怪物を倒してからでも遅くはない。


「其は想念と意志の力、奇跡を顕現する根源!」


 触発された訳ではないが怪物と対峙するジュリアスも合わせて呪文を唱え始めた!

 まずはノーラと同じように魔法の合言葉アンロック・キーワードを高らかに叫び、


(さぁて……呪文を唱えてを増し増しで、怪物相手にどの程度効くのやら……!)


 ジュリアスは怪物を前に負けず劣らず、獣のごと獰猛どうもうな笑みを浮かべた──




*****


<続く>

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