第22話「召喚獣」


 城内三階にある客間は相応の広さがある。

 しかし、大人数が入り乱れて戦えるほど空間的な余裕はない。

 いわんや化け物相手となれば、まさしく手狭であった。


 その狒々ひひの顔をした大猿は頭が人よりも大きくふさふさとした白い体毛に覆われていた。身の丈は大柄な成人男性とそこまで変わらないように見えるが、それは背中をいちじるしく丸めて姿勢を悪くしている為であり、はっきり錯覚だと断言出来る。


 ──何よりの証拠が肩幅だ。今の立ち姿の時点で人間の倍はあり、上半身の筋肉が異常発達している。特に腕が太くて長い。額には長くはないが三角錐のような黒角が生えており、瞳は黄色で


 黒くぽっかりといた、ではない──つまり、魔物モンスターではない。


 現在、怪物は部屋の中央から出入口よりやや奥側の壁寄りにいる。

 アンテドゥーロはジュリアスら三人とは逆側の窓の近くに移動していた。


 一方、入口から突入して怪物と間近で対峙しているのは三人の勇敢な兵士である。

 各々が揃いの制服に金属製の兜や胸当てなどで武装している。


 三人ともまだ若く経験の浅い兵士のようで、我先にと飛び出してきたはいいが剣を構えている腰が引けており、落ち着きがない。人類は根本的に魔物に恐怖を感じず、むしろ奮い立つようつくられているのだが、残念ながら怪物や魔獣相手ではそのようにいかないのだ。


 ……そんな兵士達の後ろに控えるのが正騎士ボスマン。彼が指揮をるのだろう。

 もう一人、従騎士のエリスンは宮廷魔術師のそばに控えている。彼女に何かあってはいけないから、当然の配置か。


 その宮廷魔術師は戦いに巻き込まれないよう、後ろの方で様子をみている。

 出入り口の方が立ち位置的には近いか。


 最後にジュリアスたちだが彼らはまた別方向で離れた──戦闘に巻き込まれづらい窓際近くに集団で固まっていた。近辺には先程、即席の盾に使用した円卓が転がっている。短剣も刺さったままだ。


 今、ジュリアスの興味は怪物やアンテドゥーロではなく宮廷魔術師に向いていた。


(意外だな。あの宮廷魔術師、〝解呪アンカース〟が使えるのか……あれは今の時代じゃ神官と当たり前に分業するから修得する意味があんまりないものなんだが……)


 宮廷魔術師が引き連れてきた者たちの中に神官の姿はない。

 ジュリアスは彼女の実力に興味をかれたので、少し静観することに決めた──



*



「……こいつはなんだ、と言ったね? ノーラ=バストン。教えてあげるよ、こいつは雷獣の実験生物サンダーヘッド・アニマルで名前はさ」


「それでそのルコリネとやら、どうやって持ち込んだのさ? 王城は愛玩動物ペットの同伴禁止だよ」


(雷獣の実験動物サンダーヘッド・アニマルと言ったな。確かってのは造語で動物って意味だから……つまり、あの化け物は合成魔獣キマイラですらない、ってところか)


 ジュリアスはアンテドゥーロと宮廷魔術師の応酬を適当に聞き流しつつ、ルコリネと名付けられた怪物に注目した。


 しかし成る程、愛玩動物ペットか。流石は宮廷魔術師だ、上手い具合に揶揄やゆしたものだ。

 ただの魔獣ならとっくの昔に暴れ出しているものを、眼前の怪物は呼び出した人間の命令があるまで実直に待機している。


「──持ち込んだんじゃない。呼び出したのさ。僕がね」

「呼び出した……? そいつは召喚獣しょうかんじゅうって事かい?」


「(召喚獣……?)」


 聞き慣れない単語だった為、ゴートから出た独り言には疑問符が付いた。

 すかさず、ジュリアスが身内だけに聞こえる小声で解説する。


「(……何処かに閉じ込めた動物、魔獣なんかを他所よそから転送して呼び出した場合、区別の為にそう呼ぶことがある。だが、実際の使用例の中にはから呼び出した怪物にも適用される事もある)」



「──で? 何の為に呼び出したのさ」

「色々と分からせる為さ」

「分からせる……?」



「(……何処かの異界ってどういう意味です?)」


「(夢を壊すようなことを言ってしまうがだよ。地獄やら何やら現実には存在しない異界。は書物や口伝くでんかいして熟成の果てに作り上げられた共通認識、集合精神とでもいうかな。幻想げんそう世界せかいというやつさ)」



「そうさ。狂信的な馬鹿女にはうんざりさせられたし、喧嘩吹っ掛けてきたのだって向こうが先。オマケに僕を事件の犯人扱いしたりもしてさ……本当に短絡的にも程があるじゃない? だから僕じゃないって証拠を見せて分からせることにしたのさ」



「(じゃ、あの怪物も空想上の──想像の産物ってこと?)」

「(いや、あれはどうかな……そもそも高等な召喚獣を呼び出す場合は霊媒れいばい、召喚石なるものが必要とも聞くし──)」


 ジュリアスは明言を避けた。確かにそれっぽいのだが、どうも違う気がするのだ。

 何が、とは説明出来ないが直感的に違和感がある。あの化け物の質感? いや──

 

「──そっちの!」

「……なんだい、!」


 坊やと呼ばれて気分を害したか、気安く返答するジュリアス。

 だが、宮廷魔術師のノーラは気にした様子もなく、


「そっちの娘といさかいを起こして、一悶着ひともんちゃくしたすえがこの現況って話なんだが……何か反論はあるかい?」


「いいや? 要約すればおおむねそんな感じだ。……で、アンタも聞いたんだろ? その化け物が犯人じゃない証拠なんだとよ……言っていることがどういう意味か、俺にはちょっと分からないが」


「分かんない? 本当に? それなら仕方ないね。……ルコリネ! こっちだよ!」


 ──アンテドゥーロはルコリネと名を叫び、何事かを命令した!

 化け物は窓を睨むと大きく口を開け、角からいなずまほとばしったかと思うと発した咆哮ほうこうが電撃となって窓枠ごと破壊する!


「どうだ、すごいだろう!? ……あ、いけないいけない。忘れないうちに短剣コイツも回収しとかなきゃ」


 アンテドゥーロはわざとらしく宣言すると、円卓に突き刺さっていた短剣を念動の魔力で速やかに引き寄せる。


「それじゃあ、もっと分かり易い仕込みをして教えてあげることにするよ。ただし、

そこのルコリネを倒したら、だ。その間、僕は外で……何処がいいかな? 植物園でいいか。植物園で待っているから! じゃあね」


 そう言って、アンテドゥーロは窓のあった場所に身を乗り出すと次の瞬間には──


「此処は三階だぞ!?」


 誰かが叫ぶが、魔術師が三階から飛び降りるくらいで怪我なんてしないだろう。


 ──高所から飛び降りる際、落下を制御する魔法がある。

 それも初歩的なものであり、極めていけば空すら飛べるようになる。彼女の実力であれば、そのまま空を飛んでいってもおかしくないように思えた。


 むしろ、飛び去ったアンテドゥーロよりも気にしなければならないのは目前で立ちはだかる謎の怪物である。ボスマンは状況が変わるや、兵士たちに命令し──


「お前達は全員、植物園の方に回れ。あの少女は短気なようだから俺が行くまで刺激するんじゃないぞ」


「「「了解しました!」」」


「(お前らもどさくさ紛れに部屋から抜け出せ)」

「(……ジュリアスは?)」

「(ちょいと気になる事があってな。あの化け物に用がある)」


 威勢のいい返事の後、三人の兵士が慌てた様子で駆けだしてゆく。

 それに合わせて、ゴートとディディーの二人も騎士達の後を追って部屋を出て──そのまま付いていかず、部屋の外から中の様子をうかがおうと顔だけのぞかせている。


 そして、宮廷魔術師も従騎士を伴って彼らと一緒に退去するかと思いきや、意外なことにその場に残る選択をした。……ジュリアスはそちらに歩み寄りながら、


「おや、荒事あらごと其処そこの騎士様に押し付けるものと思ったが。婆さんも戦うのかい?」

「荒事は得意じゃないさ。だけど、小娘を問い詰める前にこいつの正体を知った方がいいと思ったのさ」


「違いない。……婆さんは死霊しりょう非法ひほうって術か、流派に聞き覚えはあるかい? が勢い余って口走ったやつなんだが」


「……いや、初耳だね」


 二人が話している間、残った正騎士が正面に立って怪物を剣で牽制している。

 今のところは睨み合いだけで動きはないようだ。すると、ジュリアスのそばにいつの間にかガウストが近寄っており、彼に話しかける。


「死霊非法というのは新生した暗躍者アサシン教団ギルドの象徴となる秘術らしいな」

「……それで?」


「私もそこまで詳しい訳じゃないがな。なんでも『生命いのちは海から誕生した』などと吹聴して死して大地にかえる事を否定し、おのが不滅を追い求める。そのような妄執、誇大妄想から生まれた秘術なんだと。正直、理解しがたいが……」


生命いのちが海から? ……意味が分からねぇな、生命の始まりも終わりも大地からで、事実、命の輪廻りんねは大地を中心として今も循環じゅんかんしているんだぜ?」


「私は理解し難い、と断ったはずだが」

「……そうだったな、すまない」


 ──その時である。場違いなほど陽気な声が出入り口の方から聞こえてきた。


『いよう、通りすがりに動物の捕り物で取り込み中って聞いたが、どうなんだい?』


 声の主は、恰好からしておそらく騎士。

 見知った顔なのだろう、宮廷魔術師の傍に控えるエリスンが思わず眉をひそめる。


「……誰だ、ありゃ?」


「彼はライル=ピューリトンと言います。私と同じ時期に従騎士となり、今は正騎士となった出世頭ですが──」


「……問題児か」

「問題児、ですね。剣以外の実務が半人前の問題児ですよ……」




*****


<続く>


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