第21話「召喚」☆

「あれをぶちのめしてもいいだろうか?」

「……は?」


 予想だにしていない一言に、思わずジュリアスは間抜けな反応で返した。

 現在、呪いで封じられた扉の前に立ちはだかるのはアンテドゥーロ。


 ガウストを除いたジュリアスたち三人は部屋北側の窓際近く出入口から少し離れたところに置かれた円卓に固まっていた。


 ……そして、そのガウストだが最初は出入口から最も離れた壁に背を預けていた。

 しかし、彼女と会話する為に数歩、そちらへ歩み寄っている。天井から俯瞰ふかんすると鋭角三角形のような三者の立ち位置であった。


「あれに苛々いらいらしているのは私とて同じだ。我々は暴力を否定しないし、使用する事もいとわない。だが、そのせいで手に余るような事態になるなら自重するが」


「お前、何言って──」

「分かった。自重しよう」


「別にしなくていいよ。こっちもそんな気分だからさ!」


 それこそ、アンテドゥーロは行動は衝動的だった。

 服の袖口そでぐちからまるで手品のように短剣が出現し、いつの間にか握られている。

 どうやらあの奇抜に見えた長袖ファッションは実益も兼ねていたらしい。


 彼女が取り出したのは両刃に柄が付いただけの単純シンプルな漆黒の短剣だ。

 それを迷いなくガウストに向かって投擲とうてきする!


「くたばれよ!」


 短剣は真っ直ぐ彼女の顔を目掛けて飛ぶが、ガウストは冷静に軌道を確認すると、顔を背ける程度に最小限でそれをかわした。やり過ごされた短剣が壁に突き刺さる──!?


「順序が滅茶苦茶だな。〝鎧殺しナイトキラー〟は初手ではなく中途で使うものだ。小細工無しの多投に一投混ぜるのが最良、初手なら変幻自在の〝盗賊殺しシーフキラー〟が妥当じゃないか? 投剣術は秘術派きさまら得手えてだろう、ひょっとしてふざけているのか?」


 ガウストがアンテドゥーロの稚拙な攻撃に対し、解説を交えながら挑発する。


「私を人でなしと言ったが、貴様は考えなしだな。このような密室で襲い掛かって、その後はどうするつもりだ?」


 ──アンテドゥーロの癇癪かんしゃくが暴発すれば、ガウスト以外も攻撃の対象になるかもしれない。


 彼女は誘導して自分が狙われるように仕向けてくれているのだ……おそらくは。

 それにあちらの手の内を教えてくれたのも有難い。流れ矢が来ても対処がしやすくなる。ジュリアスは声にこそ出さないが、ガウストに感謝した。


「残念、それを考えるのも指示するのも僕の役目じゃないよ。僕はただの操り人形、操り人形ってのは人に操られるだけなのさ!」


「操られる……? 意外と哀れな奴なんだな」


旧派おまえらこそ組織の中じゃとっくの昔に死んでるくせにまるで今も生きてるかのような上から目線で発言するのやめてもらえますか? 死に体ゾンビのくせに偉そうにさえずるなって言ってんだよ!」


 アンテドゥーロは手元を隠すように両手を後ろ手に回し、左で投げると見せかける小細工フェイントをして右手で短剣を投擲する! またしても狙いはガウストの顔面──すると今度は即座に反応して飛び出すように駆け出し、三人のいる円卓に向かって跳んでくる!


「あっ!」

「うわっ!」


 巻き添えに──いな、邪魔になってはいけないとゴートとディディーの二人は急いで円卓から離れる!


 ジュリアスもだ、二人ほど切迫してる訳ではないが、ガウストには何らかの意図があって寄ってきているのだろう。彼はアンテドゥーロの方をうかがいながら彼女の行動を尊重した。


 ガウストは三人が離れた円卓の下に滑り込みながら中央の一脚に手を伸ばし、床へ豪快に掴み倒す! に対して即席の盾にすると間一髪、円卓に短剣が突き刺さる──! 


「……これがいわゆる〝盗賊殺しシーフキラー〟か」

「そうだ」

「よく見切れたな」


「一番の違いは速さだな。当然、遅い方がぎょしやすい。それと、注意深く観察すれば短剣が微弱に振動しながら吸い付くように向かってきているのが分かる」


「あの一瞬でねぇ……耳だけじゃなく、いい目もしているよ」


 仰向けになっているガウストを見下ろしながらジュリアスはつぶやいた。

 そして、回り込むようにして円卓に突き刺さった短剣へ視線を落とす──その間にガウストも立ち上がった。


 ……安物の調度品ではない、そこそこの厚みと堅さを持つ円卓に弾かれるでもなく短剣は深々と刺さったのだ。かなりの魔力が込められていたに違いない。


(軌道の操作──念動ねんどう、か。それだけじゃなく、魔力で強化もされてたな。こいつは付与魔術との複合だが……どちらかといえば付与魔術の範疇はんちゅうにある秘術かな?)


 付与魔法とは簡単に言えば、様々な魔力の働きを道具などに宿らせる魔法だ。

 昨今の魔術師、魔法使いたちには特に珍しくも難しくもない魔法である。

 ……勿論、高等な奥義を除けば、であるが。


(しかし──)


 アンテドゥーロのやり口を見て思った。

 そしてそれは、この場にいる四人全員が薄々と抱いた疑念だろう。

 この国で起きた殺人事件では凶器に刃物が使われていた、つまり──


「なぁ、アンテドゥーロさんよ。まさかと思うがお前が一連の事件の真犯人だったりしないよな?」


 ジュリアスのわざとらしい問いを少女は当然、一笑いっしょうす。


「馬鹿じゃない? その短絡的な発想。僕が短剣を使ったからって、そんなはずないじゃない。を見せてあげるよ!」


 アンテドゥーロの左手にはいつ取り出したのか、漆黒の短剣が握られていた。

 円卓や壁に突き刺さった短剣とまるで同じ物だ、


(と、いうより……)


 壁に突き刺さっていた方の短剣が消えている。どさくさ紛れに回収したのだろう。 

 短剣の軌道を変化させる念動が使えるなら手元に引き寄せるのも造作ない。

 もっとも、人の目をあざむきながらやってのけるのは難しいだろうが。


 ともあれ、随分と抜け目のない──


「うん、証拠……?」


 ジュリアスが発言内容が引っ掛かったのと彼女が行動を起こしたのは同時だった。

 アンテドゥーロは手にした短剣を誰かではなく、誰もいない床目掛けて投げ付けたのだ! 短剣の刃は上等な絨毯の下、石床に弾かれることなく突き刺さり──


「〝解放リリース〟だ! 思いもよらないだろ、魔法にゃこういう使い方もあるんだよ!」


 アンテドゥーロの魔法を受けて漆黒の短剣がぜた!

 黒い液体が絨毯に飛び散り、たちまちのうちに染み込んでけがしていく。

 その際、蒸気のような白い煙を上げながら──


(酸!? いや、違う……なんだありゃ……!?)


 絨毯と墨のような液体が反応して白煙を上げたことからジュリアスは酸と誤認したが、どうにも様子が違う。もしも、刺さった場所の近くにいたなら白煙からがしているのに気付いただろう。


「──我が呼び声に応じよ! ルコリネ・クマネ・ナオワホノ・ハクネ・マネネハ・キヒモンノット!」


「なんだそりゃ!?」


 ジュリアスは思わず叫んだ。

 意味不明な言葉の羅列られつ──最早、言語として成り立っていないだろう呪文。

 それなのに、


 この時のジュリアスには知るよしもないが魔法をきっかけとして短剣が崩れ、崩れた短剣は漆黒の転送陣を形成するように仕込まれていた。それに対してアンテドゥーロが〝秘密の呪文ワンタイム・パスワード〟を唱えたのだ!


 呪文を認証して漆黒の転送陣が起動し、そして今──転送陣から何かが呼び出されようとしていた!


「こいつは一体……!?」


「こいつは一体、だって!? いいね、その反応! 言ったろ、これこそが死霊しりょう非法ひほうさ! 外法げほうじゃないぜ、死霊非法だ! 唯一無二ってやつだよ!」


 密室のはずの室内に風が吹き荒れ、空気が張り裂ける音がする。

 稲光をまとって、白い毛むくじゃらの大きな──猿のような怪物が出現した。


 顔は狒々ひひのようであり、額には黒く三角錐のような出っ張り……角がある。

 目は黄色に光り、歯を剥き出しにして甲高い声でこちらに威嚇いかくするようにえた!

 ──その時、思いがけない方向からの声がする。


「やれやれ、こいつはなんだい?」


 秘術によって封印されていた扉が開け放たれ、威厳いげんある老女の姿が現れた。


 その脇をすり抜けるように数人の騎士や兵士が勇ましく部屋に踏み込んでくる。

 騎士達の突入を待ってから老女もゆっくりと部屋に入る。

 彼女は魔術師の正装だ、王城にいる魔術師といえば相場は決まっている。


「……一体、何の騒ぎだい? 説明が欲しいね、チノ=アンテドゥーロ」


 冷静な物言いにも目に見えないあつがある。

 この老魔術師こそ鉄の国ギアリングの宮廷魔術師、ノーラ=バストンその人であった。




*****


<続く>




・「思いもよらない魔法の使い方」

「(〝解放リリース〟は基本的に開錠とかに使う魔法です。短剣に使っても効果はないのですがそれを逆手にとって、なんらかの起動スイッチにしていた……ということです)」


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