第20話「暗殺者と暗躍者」


「もしも、って認めてしまったら君はどうするのかな?」


 アンテドゥーロは意地悪く微笑みかけた。


「じゃ、それまで起きた事件は……!」


「ん? あぁ、そっか……そうなると僕たちが起こしたことになっちゃうのかな? でもさ、本当にそいつが醜いやつで実際に犯行に及んでいるかもしれないよ?」


「それはただの憶測だよ。そもそも、ここの人たちだ……君は騎士の人たちになんて教えていた? 事件について嘘を吹き込んだんじゃないのか?」


「心外だなぁ……第一、僕が嘘をついていたらどうだっていうんだい? 彼らは最初から僕を疑っていたんだぜ? けど、僕の注進を正しいと判断したのもあいつらだ。僕じゃない、あいつらだ。あいつらで納得したんだよ。えーっと……」


 ゴートを指差して、何やら悩んだ様子のアンテドゥーロ。

 どうやら、ゴートの名前が分からないらしい。それを察してか、


「ゴートだ。ゴート=クラース」

「ゴート……ゴートね。了解」


 アンテドゥーロは何が楽しいのか、ゴートの名をつぶやいて笑いかける。

 すると問答に飽きたのか、業を煮やしたのか……ガウストが腕組みを解いて少女の方に向かって行った。


「貴様の目的が私だというなら、それでいいが。なんでもいいからやるならやるで、早くしてくれんかね?」


 ガウストを見るなり、アンテドゥーロの笑みが冷笑に変わる。


「ホント、旧派の連中はいっつも考えなしで困るんだよね。感情優先で後先あとさき考えなくてさぁ。後始末にどれだけ苦労したか、分かりゃしない。あぁ、これは僕じゃなくてまわりの大人の感想ね。でも、実感のこもった切実な愚痴だと思うよ」


 ガウストも冷静に反論する。


「暗殺とは個々人が秘める正義によって完遂されるものであり、大義の下にあるべきではない。我々は世の為、人の為の暴力装置である──これは私ではなく先人の言葉だがね。しかし、この理念には私も疑念は持たない。もっとも、は師父たちの言いつけで一度たりとも人を殺めたことはないが」


「ハッ! 人殺しに特化した集団の成れの果てが大した開き直りだな!」


「開き直りはお互い様だろう? 騎士団や騎士団に耳打ちして焼き討ちを促す連中とかな。敵であれば、逆らえば、貴様らが自分勝手に定めた法とやらに則って無罪か。何をしてもゆるされると思ったか? そんなはずはないだろう」


「無法者が正義を気取るな!」

しきは滅ぼす。子供でも分かる単純な理屈なんだがな」


 いつも無表情なガウストの目が鋭い。


「それが単純すぎて苦労してるんだよなぁ……! 本ッ当に話が通じねぇんだな……自覚がないってのは本当に厄介だ、だから逆に滅ぼされるんだよ、お前らは……!」


(……派閥争いも絡んでるのか、今回の事件は?)


 だが、聞いているだけで内情は分からない。

 ただ、アンテドゥーロはガウストのことを旧派と言い、滅ぼされたとも言っているので組織の中では既に決着がついている……はずだ。


(やっぱり残党狩りか、何かなのかね? でもなぁ……)


 あの如何にも意味深長な発言と態度を振り返る限り、その説はどうにも懐疑的だ。

 ジュリアスが少し考えを巡らせてる間も、二人の口論は続いている。


「我々は別に滅ぼされた訳ではない。師父たちは貴様らのような暗躍者を否定したが最終的に貴様らを迎い入れることに合意したのだ。するとどうだ、貴様らはふるい時代の仄暗ほのぐら稼業かぎょうは時代遅れだとのたまい、恥ずかしげもなく後追いでユニオン(連邦)の諜報シーフ機関ギルドの真似事を始めた。それも別に悪いとは言わない、師父たちもそのくらいの変化は必要だと覚悟していたからな。しかしだ……今日こんにちに至り、貴様らは未だユニオンの諜報機関に後塵こうじんはいしている。さらには世間に錯誤さくごされている〝アサシン〟と実態がなんら変わりない。生きていればきっと、師父たちは失望しただろうよ」


 アサシンを知るガウストがアサシンの現況を語っていた。

 そして、そのていたらくを嘆いていた。


 彼女がいきどおっている理由──それは組織としてアサシンギルドを改革したくせに、その改革が実は単なる邪魔者排除でしかなかったということに他ならない。


「何が錯誤されているアサシンと変わりない、だ。第一、お前らだってごのみして人殺ししていたのかよ!?」


「していたさ。……当たり前だろう? アサシンギルドとは、何処かの下部組織ではない。あくまで独立した集団だった。暗殺者アサシンとは、ノーライトという大きな括りではでなくであったが、師父たちを含め、過去の暗殺者アサシンが命令されて働いたことはない。さらに我々は頭より心を優先する。暗殺者アサシンとは、標的を自ら選んで殺すもの。依頼を受けるも断るのも暗殺者アサシン次第だ。その独自性こそがアサシンギルドをアサシンギルドたらしめていたのだ」


「……へぇ。、だってさ」


 アンテドゥーロは同調を求めるように、ゴートを見て声をかける。


 反応に困るゴート。

 曖昧あいまいな態度を肯定されたと感じたか、彼女の気分は少し晴れる。


「結局、人殺しなんて人でなしの心ない連中にしか出来ない悪行じゃん。それなのに言うに事欠いて心とか、今まで殺してきた奴らの墓前でもほざけるの?」


「暗殺と殺人には明確に違いがある。門外漢ならいざ知らず──貴様も一員だろうにそんな心構えも教わっていないのか?」


「違いも何も、やってることは同じだろ!? イライラするなぁ、いけしゃあしゃあと小難しいことばっかり! 人殺しのくせにさぁ!」


「──殺人には衝動的なものも含まれるが暗殺は能動的でがない。殺すつもりはなかったという殺人もあるが、暗殺にそのような言い逃れはない。仕掛けて、殺す。それは純然たる殺意にって行われる」


「ああああもう! うんざりだ、うんざり! ああああもう! イライラするなぁ!」


 露骨ろこつに不機嫌になり、癇癪かんしゃく寸前といった様子のアンテドゥーロ。

 一方、ガウストはいつも通りの無表情でジュリアスに話しかけた。


「ジュリアス」

「……うん?」


「あれをぶちのめしてもいいだろうか?」

「は……!?」


 思っても見ない言葉に、ジュリアスは間の抜けた表情で返した。




*****


<続く>


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