第19話「死のアンテドゥーロ」

 彼女を一言で表すなら、少年のような恰好をした少女だった。


 小柄な体格に髪型は短髪で揃え、見た目には動きやすそうな服装なのだがお洒落ファッションを優先したのか上着トップスが体格に合っておらず、少々だぶついている。また、今頃の流行りなのか長袖の前腕から袖口にかけてゆったりふくらんでおり、その袖口もゆるんでいた。


 少女自身は黙っていれば利発そうに見えるのだが、残念ながら口調は少年のように荒く、何より情緒じょうちょが子供だった。


 精神の幼さが災いし、それぞれの思惑を飛び越えてやってきてしまったようだ。

 それは冗長とした予定調和の終わりと嵐の到来を意味していた──


*


 扉を蹴破けやぶるようにして乱入してきた少女は、シノ=アンテドゥーロというわざわざ言わなくてもいい自分の名を叫んだ。


 アンテドゥーロ──その名前には聞き覚えがある。

 言われてみれば恰好こそ違うものの、顔や体型など本人と見紛みまがうほどに似ている。

 だが、同一人物と思えぬほど性格が違っており、声音こわねもなんとなく違う気がした。


 扉から少し離れた円卓で椅子に腰掛けていたジュリアスも何事かと警戒し、椅子を後ろに蹴飛ばしながら立ち上がっていた。


 彼のそばにはゴートとディディーの二人もいる。


 ……ただひとり、ガウストだけが彼らからも出入り口からも離れた壁を背に、動じることなくたたずんでいた。


「アンテドゥーロ……?」


「そうさ。僕こそが君らの会いたがっていたシノ=アンテドゥーロさ! この僕に用があるんだろう? その為にわざわざ狭っ苦しい田舎の国から、こんなつまんない国に出張ってきたんだもんな!」


 開け放たれた両開きの扉から、部屋の外の様子が見えた。

 彼女と押し問答していた兵士が倒れている。おそらく命に別状ないと思うが……

 その視線に気付いたアンテドゥーロが得意げに言い放つ。


「……ああ、あれ? 別に気にしなくていいよ、気絶させただけだから。呼吸を少し止めただけだよ。勿論、術を使ってだけど!」


 そう言って、少女は笑いかけてくる。

 その笑顔は威嚇いかく──いや、大人に向かって反抗を試みる子供じみた虚勢きょせいに近いか。


 彼女は未熟で不安定だが話していることが事実なら宿した魔力は厄介そうだ。

 苦も無く兵士を気絶させた手並みをみるに、見かけで判断するのは危険だろう。


(少し注意が必要だな……)


 ジュリアスは警戒心を高めて、彼女との会話に臨む。


「よく、この部屋に居るのが分かったな」


「逆逆、なんで分からないと思ったのさ? このお城は観光地じゃないんだよ、城に出入りする部外者がそんなに多いとでも思ったのかな? なんてね──」


 少女は三人に向かって笑いかけ、続ける。


「本当は知ってたのさ。君たちが来るのをね……使い魔って、知ってる? 小動物を真似た魔法生物を創り出してさ、監視させてんの。つまり、今まで見張られてたってコトさ!」


「そいつはご苦労なことだ──」


「お前らじゃないよ、自意識過剰だな!? お前らみたいな木っ端の冒険者なんか監視とかするわけないだろ!? 村で網を張ってたんだよ、そうしたらお前らが勝手に飛び込んできて、連れてきただけ。まさか本気で構ってもらえてると思ったの?」


 ここぞとばかりアンテドゥーロに罵倒されるが、ジュリアスは動じることなく冷静だった。彼女が自白した情報は貴重だ。つまり、ジュリアスたちは眼中にない。


(こいつらの狙いは──標的は最初からガウストだったってことか……?)


 動機は謎だが相手は暗躍者アサシン教団ギルドだ、そんなものを追求しても意味はないだろう。

 彼女を凶刃から護れるかどうか、それだけである。争いとなれば、だが。


「……チッ、外が騒がしくなってきやがった。邪魔が入っちゃ、のんびりおはなしも出来ない」


 場所が場所だけに、異常はすぐに察知される。

 それに元々、この部屋には騎士が戻ってくる手筈になっているのだ。

 ──場合によっては、宮廷魔術師を伴って。


「〝閉鎖クローズ〟!」


 彼女は出入口にある扉に向かって手をかざした。

 すると、城内で風もないのに独りでに扉が動き始め──最初はゆっくりと、最後は勢いよく、音を立てて部屋を閉じた! 


 初級の魔法ではあるが、これでこの扉は普通には開かない。


 合言葉を唱えるか、対抗する魔法で魔力で上回り、打ち消すか。

 それでも力業でどうにかするつもりなら丸太を数人がかりで抱え上げてぶつけて、ようやく打ち破れるか──といった具合だ。


 一応、時間経過でも魔法の効果は薄れ、やがて消えてしまうが……


「安心するのは早いぜ、こんなのはただの時間稼ぎさ。本物の秘術ってやつを見せてやるよ……!」


 そう宣言するや、アンテドゥーロは聞き取れないような小声で呪文を唱え始める。

 それはジュリアスにも全く聞き馴染みのない呪文であり、普通の魔法ならば最初に唱えるはずの〝魔法の合言葉アンロック・キーワード〟も聞き取れなかった。


(秘術ね……つまり、今から行使するのは一般的な魔道書にない、野良で秘匿ひとくされていた魔術ってことだ)


外法げほう禁固呪きんこじゅ石棺せっかん〟!」 


 扉を睨みつけたアンテドゥーロが右手をかざし、手から青白い光が放たれて消え、直後に光は扉に乗り移っている。


 呪われた扉から壁、床、天井──部屋全体へ波のように光がはしり、塗り潰し終えて光は部屋に吸収された。一見、元に戻ったかのようだが──


「な、なんだったんだ……!?」

「これは……なんだろう」


 ディディーは事態にただ狼狽うろたえ、ゴートは光が奔り去った後、足元の絨毯を何度か足踏みして確かめている。ジュリアスは部屋ではなく、に注目していた。


 ──外界から遮断した扉は呪術の要である。

 魔力の素養がない者にも分かるだろうか……? 変わりがないように見えた部屋の中で唯一、その扉だけが異様な雰囲気を醸し出していた。


「この〝石棺〟は足止めにさっき使った〝閉鎖クローズ〟の上位魔法……〝護殻シェルター〟を上回る呪術なのさ。は扉と部屋の強度を上げるだけだけど、こいつは衝撃のみならず、音まで吸収してしまう上級呪法なんだぜ? 知らなかっただろ!?」


 アンテドゥーロが得意満面に語る。

 彼女の言葉通り、扉からはが発せられていた。

 邪悪な意志が壁や床、天井へと伝って部屋を密室に仕立て上げているのだ──


(石棺、か)


 呪法の名付けは、ではなさそうだ。ジュリアスは直感した。


「……そうだな、こんなのは見た事も聞いた事もない。ひょっとして暗躍者アサシン教団ギルド独自魔術オリジナルかね?」


「そうだよ、古今東西の呪術を編纂へんさんして教団独自にまとめたのさ! かつて魔法使いどもが魔術でやったみたいにね! そうさ、ならこっちはさ!」


(裏、ねぇ……外法げほうっていったか。ま、そんなことより──)


 今はどのように密室から脱出するかの方が大事だ。

 相手が呪術でも根本的には変わらない。力で上回れば打ち消せる。

 腕力、魔力を問わず。


(呪術ってことは、呪いだ。〝解放リリース〟で解除を試みてもまず失敗するだろう。よっぽど実力差があれば別かもしれんが……〝解呪アンカース〟か、神官の起こす奇跡で対抗するのが最良。もっとも呪術ってのは本来、ものだから効果時間は短いだろう。だが、それにしたって数時間は持つかもしれない)


 とりあえず、時間切れを待つという選択肢は消しだ。

 標的は扉──これにかけられた秘術を打ち消すか、扉そのものを物理的に破壊してしまえば密室は解除される。


 一見、採光と換気兼用の部屋窓が手薄に見えるが、これも呪力が伝って相応に強化されてしまっているから物理的破壊の労力はさして変わらないだろう。


「何? さっきから黙っちゃって。僕に用があったんだろ?」


「君は……」

「何?」


 横から、あまり刺激しないように注意しながら、恐る恐るといった感じでゴートが彼女に話しかける。


「ひとつ聞きたい。君はアンテドゥーロと名乗ったが、僕たちは同じ名前の豊穣の国ラフーロで出会ったんだ……君があの人とは別人として、それじゃあの時のアンテドゥーロとはどういう関係なんだ?」


「ラフーロ? ああ、ラフーロ……ラフーロね。よく似た別人だけどさ、まるっきり無関係って訳でもないんだよね。でも、そうだな……君らには分かりやすく双子ってことにしとこうか。違うけどね。けど、君らが誤解したところでどうでもいいし」


「どういう意味だ……?」


「どうでもいいって言っているだろ、僕は!? いきなし会話に入ってくるなよ、今はこっちと話してるんだからさぁ!」


 アンテドゥーロが激昂する。

 ゴートとの会話に割り込まれたのがよほどしゃくさわったらしい。

 ジュリアスは嘆息をつき、しばらくは口を出さないことに決めた。


「……それじゃラフーロで出会った僕たちのことは何も知らない、聞いてない訳だ」

「そうだね、知らない。結局、君は姉の知り合いなんだっけ?」

「知り合いじゃない。けど、此処ここへは彼女に連れてこられたようなものだ」


「へぇぇ……に、ねぇ……」


 あちらと仲がいいのか悪いのか知らないが、とにかく彼女の機嫌を損ねないよう、慎重な言い回しをゴートは意識する。子供っぽい人物が相手ならそうした方がいいのではないかと判断したからだ。


「君はさっき、見張っているって言ったな……?」

「言ったよ。それが?」


「そして、見張っているのが僕たちじゃないと明言した。……つまり、ガウストだ。君たちの狙いは最初からガウストで、あの人をおびき出すのが目的だったのか?」


「うふ……ふふふ……」


 ゴートの追及にアンテドゥーロは笑った。愉快そうに笑っただけだ。

 そうして、ひとしきり笑った後、逆に尋ねる。


「もしも、って認めてしまったら君はどうするのかな?」





*****


<続く>



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