第18話「乱入」


 暗躍者アサシン教団ギルドの元暗殺者アサシンガウストを含めた一行は事件を担当する騎士らと面会した。

 事件について会話する中、ジュリアスは「彼女は今回の事件に関係がない、濡れ衣を着せられている」と主張する。


 ジュリアスは次いで抗議という名目で来訪しているアサシンギルドの使者との対面を希望したが、これは流石に二つ返事とはいかなかった。


 しかし、双方の意見の食い違い──相違は捨ておく訳にはいかぬ問題である。


 どちらからもなるべく早く聞き取りを行う必要があった。

 もっとも、水掛け論になる可能性も十分考えられるので要求通りに素直に会わせてよいものかどうか……実に悩みどころでもあった。


「(別室にて双方から聞き取りが出来ればよいのですがね……)」


「(どちらも我が国の者ではない、というところが泣き所だな。協力は任意で強制は

出来ない。現状、どちらの言い分も鵜呑うのみにする訳にいかず──かといって、多少は誠実な応対を見せなければ彼らにへそを曲げられて席を立たれてしまう。そうなっては事件解決まで長期化するだけだ……)」


「(対面は事件解決を最短に導く劇薬げきやくではあるのですがね……)」


 熟慮じゅくりょした結果、騎士達は王城にいる宮廷魔術師に判断をあおぐことにした。


 その為の仕込みとして一行には城までご足労を願い、王城の一室で待機して貰う。

 要望を上に通して手を尽くした──言い方は悪いが、そのように見せかけるのだ。

 つまりは演出である。とにかく相手方に誠意を感じさせれば、良し。


 結果として彼らがアサシンギルドの使者と対面出来なくとも、賓客ゲストの扱いで意見をれば幾らか不満を解消しつつ、穏便に事は運ぶだろう。


 ──方針は決まった。


 騎士らはこちらの意図を見抜かれぬように注意しながら、提案を試みる。

 別室の待機、彼らは了承した。

 騎士らは心中で安堵あんどしながら、顔は無表情に務める。


 ……後は宮廷魔術師に判断を投げればよい。

 魔術師殿が良しと言えば劇薬を試し、そうでなくば個別に聞き取りを行う。


 目前の彼らはともかく、アサシンギルドの使者が聞き取りに応じるかは不透明だがそれでも少しは手掛かりを得られるはずだ……そう信じよう。


 かくして、舞台は兵舎の一室から王城へと移る──



*



 ──王城<リペル>。

 国の象徴たる建造物にしては美しさはなく華やかさに少々欠ける。


 遠目では古ぼけているようにも見えるが、年月による風化の影響は表面的なものに過ぎない。近くによってしかと見れば、歴史的遺物ではなく現代でも通用する威容だと認識を新たにするだろう。


 ……冒険者一行は王城の三階、客間の一つに案内された。


 何も特別な部屋ではない。だが、質の良さそうな調度品は一通り揃っている。

 大きな採光と換気用の窓が北と南にあって、よく磨かれた石床の上には高級そうな絨毯が敷かれている。


 一行は騎士から「ここで待機するように」部屋からも出ないよう、言い渡された。

 部屋の前には見張りの兵士が一人立たされ、「何用かあれば彼に申し付けるように」と言って騎士らは退室する。彼らはこれから宮廷魔術師に相談しに行くのだろう。


  そうして、部屋で待たされる事になった四人は思い思いに過ごしていた。


 ゴートとディディーはまたとない機会に調度品などを興味深く見回っていた。

 そんな二人とは対照的にジュリアスは椅子に腰かけ、積極的に動こうとはしない。

 考え事でもしているのか、円卓に頬杖ほおづえをついている。


 ガウストは彼らの輪から外れるように距離をとって腕組みしながら壁に背を預け、目をつむってじっとしていた。


「……しかし、宮廷魔術師ってのは具体的にはどんな事をする職業なんですかね? ジュリアスさん、分かります?」


 一通り見て回って満足したのか、二人はジュリアスの座る円卓に寄ってくる。

 質問を受けて、彼は関心無さそうに答えた。


「……宮廷魔術師くらい何処の国にもいるもんじゃないのか?」

「それがね、ウチの国にはいないんですよ。宮廷魔術師って……魔法使いなら多少はいるんですんけどね」


「スフリンクなら王佐おうさ、だったよね。いわゆる宮廷魔術師にあたる人」

「ああ、それそれ。習った習った。王佐だ、王佐」

「王佐……?」


 聞き慣れない単語に珍しくジュリアスの方が聞き返す。

 あまりに珍しい事なので、ディディーは得意げな顔で説明し始める。


「あ、知らないですか、王佐? 慣例的に引退した航海士や船長が務める役職で、船主ふなぬしとかの会合かいごうで上がった議題ぎだいを王様の耳に届ける仕事だったらしいんですよ」


「……いつの間にかなくなっちゃったみたいだけどね」


 それも最近ではなく、何十年も前のことらしい。

 理由としては役職として形骸化していた為らしい。名誉職として残す案もあったが結局、廃止されたとのこと。


「ウチの国ってほら、王様は象徴っていうか看板っていうか……直接的に政治をやるような立場じゃないし。言っちゃなんだけど外交用のお飾りだからなぁ」


「ああ、実質的に議会制なんだっけ? 会議して方針を決めるっていう。掃除屋には縁がなかったし、俺も興味ないからこれまで適当に聞き流してたんだよな」


 ジュリアスは王都に来て冒険者となり、こうして活動するまで数か月の空白期間を願掛けのつもりか、一切の魔法を封じて街の掃除人としてやり過ごしていた。


 その仕事は日々、集積される街のゴミを集めて南地区にある焼却場まで運ぶ。

 言葉は悪いが王都でも下に見られる職業である。しかし、その代わりに住所不定、身元不明でも問題なく就労出来る上、日当だって悪くない。


 一応、その時の仕事仲間からも少なくない知見は得られたが、基本的に近視眼的な日常の事柄や出処でどころの怪しい雑学がほとんどで高度な専門分野の話などほぼなかった。


「ええっと……会議というか、会合というか。商会の代表──船主ふなぬしとかも集まって、そこであれやらこれやら決める。草案を国に届けて、それが通るとなんやかんやして政策として実行されるって流れ、ですかね?」


余所よその国みたいに騎士や貴族なんかは場にいないんだな」

「いや、貴族も騎士もいますけど……王都の政治にあんまり関係ないだけっすね」

「……関係ない?」


 ジュリアスの疑問にゴートが答える。


「街や村とか領地を治めるのが貴族で、騎士は貴族につかえる人──貴族に仕えるのは見返りとして将来、領地を割譲してもらえるのを期待してだね。貴族は領地に応じた税を毎年納めることで爵位を維持し、税の多寡たかで昇格も降格もする」


「簡単に言えばね、王都は海の男が仕切ってるんですよ。歴史的にそう! その他の街や村は色んな理由で王都を離れた人が頑張って発展させた……いわゆるおかの人ってやつですよ。海の男と陸の人、それぞれで上手くやってるってことっすよ」


「でもよ。騎士とか一応、王都にいるよな……?」

「そりゃ流石に城勤めはいますって。いないとほら、対外的にもまずいし……」

「そもそも、王様というか王族も貴族だからね」


「そりゃそうか。そういうもんだよな……」


 言われてみれば当たり前のことにジュリアスは今更、納得する。


「……ところでさ、ジュリアス。結局、宮廷魔術師について何か分からない?」


 すると、雑談で時間を潰してしまうことを危惧してゴートが話を戻そうとした。

 ジュリアスもそれを察したのか、今の自分が知っていることを答える。


「うん? いや、俺だって宮廷魔術師について別に詳しい訳じゃないけどな。知っていることを要約して伝えれば、だ……魔力よりも知力、魔術よりも話術が要求される職業ってところかな? いわゆる賢者と呼ばれて、市井しせいじゃらが天職とするような。ここで穿うがった私見をべれば、こういう役職に魔術は別に必要ないと思うんだが……」


「裏を返せば、魔術が必要な理由があるんじゃない?」

「へぇ、理由かぁ……例えば、いざって時に王様を逃がす為とか?」


「確かに警護の為に武力だけでなく何らかの魔術的なものに精通していた人間がいた方が万全とは俺も思うがね。それでも賢者としての才に比べれば二の次だろう。俺はそう思うんだが──」


「ジュリアス」

「……うん?」


「ここの宮廷魔術師は今回の事件でのジュリアスの要求にどう判断すると思う?」


 ゴートは率直な意見をジュリアスに求めた。

 真面目な質問をすれば彼はいつも茶化さずに答えてくれる。今はいち魔術師まじゅつしとしての見解を彼に聞いてみたかった。


「……まず間違いないのは、普通の宮廷魔術師なら俺のように『責任は取るから』と面白がって積極的に引き合わせようとはしないということかな。教団の発言というか証言というか、俺らの聴取と比較して矛盾が出るかどうか洗い出す作業をするんじゃないかね? それで双方の発言を照らし合わせて、ずれた箇所かしょを向こうに突き付けて更なる情報を聞き出そうとする……こういう回りくどい正攻法のやり方をするかな。 ま、雑な予想だがね」


「つまりこの後、事情聴取されるだけってこと? ……実際、それだけだったとして僕らは得してるのかな?」


「骨折り損じゃないか? 確かに損はしていない、ガウストに対しても疑いは晴れるだろうから最低限、成果はあると言える。だが、それだけだな……人知れずの人助けだけじゃ実利としてはちょいと安すぎる。もう一声、なんとか欲張りたいところではあるが……」


「……あれ? 今の目的はアサシンギルドの使者に会う事ですよね?」


「あぁ、違う違う。それは手段であって目的じゃない。正確には、かな。俺達の目的は名前と顔を売る事。使者に会う目的は疑いを晴らす事で、それは彼女の目的だ。俺達は利害の一致から組んで此処にいる。おさらいすると、そんな──うん?」


 ……その時、ドアの向こうで何やら話し声が聞こえる。というか、ちょっとした

口論になっているようだ。


 見張りの兵士と誰かがやり合っている。

 そして、扉を蹴破けやぶるようにけて(!?)、は乱入してきた!


「僕に会いたいのはお前らでいいんだよな!? 僕がお前らの会いたがっていたシノ=アンテドゥーロさ、喜べよ!」




*****


<続く>


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