第17話「再会」



 三人と一人は取り次ぎに行ってくれた兵士が戻ってくるまで、残って職務にあたる番兵らと軽く世間話などしていた。喋るのは主にジュリアスとディディーの二人で、合間にゴートやガウストが曖昧な相槌あいづちを打っている。


 ……そうこうするうちに兵士が戻ってきて事件の担当者との面会に許可が下りたと聞かされた。


 取り次いでくれた兵士がそのまま案内をしてくれるそうだ。

 一行は話し相手だった番兵達に礼を言いながら、門を通り抜ける。


 門を抜けた先、道程みちのりの半分は緩い坂道の上り、並木道になっていた。

 並木道を上り切った先も一本道になっており、下っていけば三叉路に突き当たる。

 中央をそのまま進めば、迎賓館げいひんかんや王城のある丘に行き着く。


 ──向かって左手の道は厩舎きゅうしゃ、兵舎を始めとした軍事施設群に。

 ──右手の道は礼拝堂、研究棟などの文化、学術的な施設に通じている。


 一行が番兵の案内で進んでいく道は左手である。

 道なりに進むと、石造いしづくりの大きな宿舎が見えてきた。

 その兵舎の一室で面会は行われる。


 訓練で大半が出払っているとはいえ、兵舎内は無人という訳ではない。

 玄関口や談話室、あるいは廊下。非番の者が談笑をしていたり、近くを通り過ぎたりする。


 来客は珍しいのか、視線を集めているのはすぐ分かった。

 取り分け、注目の大半はガウストに注がれている。彼女が美人というのもあるが、単純に女っ気がなさそうだ。身も蓋もない言い方をすれば、実に男臭い場所である。


 ……そして、兵士はある部屋の前で足を止めた。

 そこは部屋主のいない、空き部屋の一つ。ドアを二回叩くと、中から「入れ」との

返事がある。


「──面談は正騎士ボスマン殿と従騎士エリスン殿が行う。粗相そそうの無いようにな」


 取り次いでくれた兵士に礼を言い、ジュリアスを先頭に部屋に入る。


 調度品も大した物がない殺風景な部屋には兵士の言った通り、二人の騎士がいた。

 一人は三十路で髭面ひげづらの騎士、もう一人は二十歳かそこらの若い騎士。

 ──その服装と顔には見覚えがある。それはあちらも同様だったらしい。


「報告から聞いた出身と出で立ちからしてもしや、と思ったが……やはり、君達か」

「俺も貴方の事は覚えていますよ。ええっと、貴方が……」


「ボスマンだ。こちらは従騎士のエリスン」

「エリスンです」


 ……紹介されて、エリスンは軽く会釈する。


 正騎士は元より従騎士も正式な騎士階級である。

 王城で働く機会を得た兵士は有望株ではあるが身分の上では騎士ではない。

 余談だが正騎士が昇進すると騎士爵となり、土地を治める領主となる。


「……ということは、ボスマン様が監督役で?」


「私は現場責任者の一人だが他にも正騎士はいるよ。今回の君との再会はただの巡り合わせだ。偶然ではある、が……」


 ボスマンはそちらを見るように促した。

 壁際には背もたれ付きの椅子が人数分、既に運び込まれている。


「ま、まずは掛けたまえ。長い話になるかもしれないだろう?」


 そう言うなり、ボスマンらも自分達の椅子に腰掛ける。


 ──こうして、面談は始まった。

 騎士が座る二脚に対し、向かって右からディディー、ゴート、ジュアリス、左端にガウストが座る。


「さて。まずはあらためて、君達が何者なのかを問おう」


 それぞれが右から順に名を名乗る。

 そして、名乗りの後、ジュリアスが「自分達は閂の国スフリンク冒険者アドベンチャラー協会ギルドに認められた冒険者である」と付け加えた。


「そうだな。先日の件からして君らがスフリンクの正式な冒険者であることに疑いは持たない。そこは信用しよう……では、事件についてエリスンの方からかいつまんで説明させよう」


 ボスマンは横に並んだエリスンに説明を促す。彼はうなずいて話を始める。


「まず、この国で起こった事件について話しましょう。今から約二週間ほど前、一件の殺人事件が発生しました。ある一家の家族全員が殺害されたのです。この時、家の中を荒らされた形跡は無く──この場合は物取りではないという意味ですが──状況から判断して怨恨えんこんか、見せしめか、その方面で捜査していました」


「我々がそのように目星をつけたのには理由がある。一家は全員、鋭い刃物のようなもので一様に喉を深くき切られて死んでいた。素人の仕業しわざではない、玄人くろうとの仕事だ。加えて、現場も荒らされていなかった。犯人は一家を始末したかったのだろう、それだけが目的なのだと推察した」


「そして、そんな我々の考えを後押しするかのように、早くから暗躍者アサシン教団ギルドの関与が街中で噂されるようになり……彼らも看過かんか出来なくなったのか、暗躍者教団から直々じきじきに来訪者がありました。我々に協力を申し出たのです。確か二件目の前日でしたか……彼女がやってきたのは」


「そうだったな。来訪早々、現場検証に参加してもらう羽目はめになった。前日に来て、翌日未明に再び事件が起こり、私達は朝から検問の手配に追われていた。そのようにバタバタとしていた午後に君達とも出会ったのだ」


「あの検問は当日のあれやこれやが原因だったか……しかしまぁ、なんとも都合よく事件が起こったもんだな」


 ジュリアスがつぶやく。ボスマンも同意して頷く。


「そうだな。如何いかにノーライトの使者とて、暗躍者アサシン教団ギルドの関係者だ。申し出を無下むげにしないまでも穏当おんとうに断りを入れただろう。実際、接待した翌日にはお帰り願うつもりだった。二件目の事件さえ起きなければな……だが、事件は起こってしまったんだ。都合よく我が国に居合わせたその道の専門家が協力を申し出ているなら我々としては受け入れざるを得ないだろう?」


「……被害者に何か共通点は?」

「ないよ。調べた限り、被害者達に直接的な繋がりはない」


「被害者達の人間関係──交友関係の中にですが、共通の知人や友人といったものもありませんでした。知り合いの知り合い、顔見知りなど薄く広く可能性を広げれば、まだ分かりませんが……」


「となると……動機が不明になるな……」

「そうだ。犯人像からして連続殺人事件は明白なのに、事件の連続性がなくなる」

「面倒な話だ……」


 ジュリアスは頭を抱えるように、両腕を頭に組んだ。


「──その、アサシンギルドの人はなんと言ってるんです?」


 ゴートが騎士達に尋ねる。


「なんと、とは?」


「いや、彼らはどうしてガウストさんを犯人と決めつけたのですか? 単純に凶器と手際からですか?」


「……うん? そいつは妙な話じゃないか? 部外者ならいざ知らず──」


 ジュリアスの疑問も、もっともだった。

 何故ならガウストは仮に仕事をするにしてもを必要としない。


 己の肉体のみで成しうることを三人は目の当たりにして知っているのだ。 

 当然、アサシンギルドも把握していなければおかしい。

 実際、彼らを彼女のところに導いたのはその関係者の一人なのだから。


 しかし、騎士達だけがその事実を知らない。

 口を挟んだディディーに対し、聞き返してくる。


「……妙な話、とはどういう事です?」

「ああ、いや……」


 どう答えたものかとディディーが口ごもった瞬間、ガウストがぼそり、と呟いた。


「私の得意とするところが、このこぶしというだけの話だ」


「拳、ですか」

徒手としゅ空拳くうけんという事か? ふむ……」


「……おや? ご存じではなかったのですか?」


 すると、そらとぼけたような口調でジュリアスが言った。


「ああ、何を得意としているかまでは聞いていなかったな。暗殺者として育てられた者は体術を含めて色々な凶器の扱いには熟知している……というような説明があり、暗殺者になるには厳しい修行をしているから当然だろう、という先入観もあったものでね。私はまたきだが、それでも特に疑問を持つ者はいなかったよ」


「凶器は時と場合によって、使い分ける事が出来ます。何を得意としているかは特に重要ではありません。それより大きなくくりで暗殺者という専門家、なのですからね」


「……だから、凶器の使用も問題ではない、と?」


 ジュリアスがエリスンの見解に対して噛み付く。


「そのようだと、と言いたげだな」


「……刃物で刺せば血が出ます。斬りつければ、血が飛び散ります。わざわざ現場を荒らし、逃走の難易度を上げるような凶器を選ぶ必要はない、という事です。そこに合理性がない」


「それならば、えて凶器を使った可能性はないか? 捜査の撹乱かくらん目的で」


「それは何の為の撹乱なのか、よく分かりませんよ……第一、玄人だという犯人像に変わりはないでしょう……」


 エリスンが少々呆れながら否定した、すると、ジュリアスは──


「犯人が世間を嘲笑あざわらい、自らの腕前を誇示する目的で対象を選ばず無差別に殺し回っている──という動機なら納得は出来るかな。そのような犯人像で固定されるなら、こちらとしては万々歳ばんばんざいだ。それなら


「…………」


 ジュリアスの怒気どきはらんだ発言にボスマン、エリスンの両名は思わず押し黙る。


「彼女は仲間です。口説くどとすのも一苦労だった。しかし加入早々、この事件だ。彼女は抜けると言っている。冗談じゃない。我々の不徳ふとくいたすところで、というならともかく、自分達のあずかり知らぬところで抜けられたんじゃ死んでも死にきれないですよ。ガウストを含めて我々は潔白だ。無関係だ。その為に国境を越えて、俺達は直談判じかだんぱんに来たんです」


「仲間を疑われた、君の気持ちは分かる……」


 ボスマンはジュリアスの訴えに対し、一定の理解は示した。


「それなら、ひとつ。わたくしめのお願いを聞いて貰ってもよろしいでしょうか?」

「お願い……?」


 唐突な申し出にボスマンは眉をひそめる。


然様さようです。その、疑いをかけてきたアサシンギルドの使者にお目通りを願いたい。一言、文句を言いたくてね」




*****


<続く>


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