第16話「再び、東の隣国へ」

 ──東の隣国ギアリングで起きた殺人事件。

 容疑者として疑われていた暗躍者アサシン教団ギルドの元暗殺者は閂の国スフリンクに潜んでいた。


 ……紆余曲折を経て彼女の協力を取り付けたジュリアスらは、彼女を仲間に加えた四人でギアリングへ訪れたのであった。


*


 転移石を使用して一足飛びにやってきた先はギアリングの王都ラング。

 ここは先日訪れた際にジュリアスが記憶していた、魔道駅の駅前広場である。


 一度に転移するには制限人数ぎりぎりだった為、三人はほぼしがみつくような形で

ジュリアスに絡み付いていた。


 そんな体勢で忽然こつぜんと現れた一団は、人々の衆目を瞬く間に集め──三人は速やかに彼から離れると奇異きいの目から逃れるようにそそくさとその場から退散した。


「……もう少し、人目のつかないところに現れるのかと思ったが」


 歩きながらため息をくのはアサシンギルドの元暗殺者アサシン、ガウスト。


「何、多少騒ぎになってくれた方が都合がいいってもんさ」

「けど、あの体勢はちょっと恥ずかしくないっすか……?」


「男だけならともかく今回は男女混合だし、そこまででもないだろ」

「まぁ、それはそうですけど……」


 ジュリアスは特に気にしていないようだった。

 普段、三人で行う転移は肩に手を当てるだけでいいのだ。今回はそれだけの余裕がなかったのである。


 ──雑談を交わしながら一行が目指しているのはギアリングの王城<リペル>。


 リペルは王都の東、丘の上に築かれていた。

 その立地からラフーロやスフリンクのものと違って水濠すいごうや空堀などはなく代わりに長大な二重の城壁と複数の物見の石塔で囲った──歴史的遺産と形容しても過言ではない古き城塞じょうさいである。


 また、王城を含めた構造物は役割に応じて広い敷地に分散して構築されている。

 敷地内には兵舎や厩舎きゅうしゃ、外庭に植物園。その他に魔法や学術など研究棟もあり、内部は外から見た印象ほど軍事一辺倒ではなく多機能な面も有していた。



*



『貸しをつくる……?』


 ──それは昨日のこと。


 協力するにあたって具体的にどのように行動するのかと説明を求めた彼女に対し、ジュリアスは簡潔に目的を述べた。


 いわく、ガウストが証言すればアサシンギルドの言い分と必ず食い違いが出る。

 それが事件解決の糸口になるかは分からないが何らかの進展は見せるだろう、と。


 ジュリアスとしてはそれだけでいいのだ。それで十分、貸しを作った事になる。 

 最低でも冒険者として名前はある程度広まるだろう──そのように計算していた。


『被害者には気の毒な話だが俺は事件解決に間接的に寄与しても自分らで解決しようなんて気は毛頭ないんだ。そもそも俺は魔術専門の魔術師で、頭は良くないんでね。そこは適材適所、ギアリングにお勤めの優秀な学士さん達にお任せする』


 ガウストからしてみれば、このジュリアスの言い分は妙に己の分をわきまえているとでも言うか……絶対に危険なことには首を突っ込まないよう、必要以上に自重しているように思えた。


 建前では自分の能力不足か、利己主義によるものと主張しているもののおそらくは仲間というか、未熟な弟子二人の為なのだろう。それくらい誰でも察せる。


(ジュリアス=ハインライン、か……)


 なんというか、奇妙な男である。

 本来の実力からすれば、未熟な青少年二人に釣り合うような魔術師ではない。

 いくら弟子であるとはいえ。


 それに冒険者として明らかに上昇志向はあるくせに平然と足手まといになるだろう弟子たちを連れてきているのがまたせない。弟子なら弟子、仲間なら仲間と分けて活動した方がよっほど効率的だろうに、行動が矛盾している。

 

 「借りがあるんだ」と事情を尋ねたガウストにジュリアスは答えた。


 続けて「恩人か何かか」とガウストは尋ねたが、助けた方のゴート=クラース曰く「そんな大層なものではない」らしい。


 その返答に納得がいった訳ではないが、それは何より助けたらしい当人も困惑している様子だったので真実は真実なのだろう。


 彼らはその場で魔術師の師匠と弟子として契約した。

 例え口約束であろうとも、魔術師が契約という言葉を持ち出すからには余程のはずなんだが──


(ま、余所よそは余所だ……)


 ──所詮は一期一会いちごいちえの縁。

 それに「人に興味を持つのはよくない」と、周りからは特に言われてきた。

 そして、そういう生き方を変えるつもりも今のところはない。


 三人を横目で見ながら、ガウストは歩調を合わせて付いてゆく。



*


 一行は王城へと続く街路を進み、ようやく王城のある区画に到達した。

 この区画、約半分の土地を長大な石壁と城門が一方的に分断し、街と隔てている。

 だがこれはいわゆる前門であり、城を護る門と城壁はさらに奥にも存在する。


 今、目に見えている古式ゆかしい石壁と前門は関門かんもんと言い換えていいものであり、本来の城壁や城門といったものはここからすぐには見えず──また、たどり着けない場所にあった。


 其処そこへは前門を越えて並木道を歩き、なだらかな斜面をまずはのぼってゆく。

 その先に、目指す古城は建っているのだ。


(遠いな……)


 まずはその一つ目。古風且つ雄大な城壁に近付いていくにつれ、それを実感する。

 ジュリアスは人知れず、苦笑していた。この石壁を飛んで越えられれば、どんなに楽なことか──と。


 この難関と王城までの物理的な距離が、まさに現在の自分達の現状を表していると言っていい。冷静に考えれば考えるほど、ジュリアスの浅知恵などは思い上がりもはなはだしいだろう。


 だが、彼はそれを

 いつものように何処か尊大そんだいで、余裕のある態度を崩さない。


 例え内心では望まなくとも、ここは頼られる男を演ずる。

 強く、たくましく、誰もが一目置くような男。

 その為には虚勢きょせいも張るし、嘘も方便ほうべんと開き直るつもりだ。


 とにかくなんでもいい、何が何でも門の内側に滑り込まなければ。

 ここで気後きおくれしては、門前払いなどされて当たり前だ。


 ──ジュリアスは番兵が見える位置で仲間を待たせ、一人で交渉におもむいた。

 そうして、番兵と何事かを話し、そのまま何かを訴え続けている。


 ……しばらくすると根負けしたのか、番兵の一人が城壁の内側へ消えていった。

 その待ち時間の間にジュリアスは一旦、仲間達の元へ下がってくる。


「ジュリアス」

「……どうでした?」


「とりあえず感触は悪くないかな。情に訴える方法で、なんとか取り次いで貰った」


 そう言って、ジュリアスは続ける。

 指でさりげなく集まって輪を作るように指示し、


「……今のうちに昨日のおさらいをしよう。まず、ゴート。お前は俺の弟子で親父が

俺の後援者パトロン。その縁から断り切れずに、なかば押しかけ弟子のようになった」


「うん」

「次にディディー。お前はゴートの幼馴染おさななじみで、その従者じゅうしゃという扱い」

「了解っす」


「損な役回りだが、第三者に分かり易くするにはそうするしかないからな……」


 ──彼らが何故、このような小芝居をするのかといえば、ジュリアスやガウストの詳しい出自を他人には明かせない事情があるからだ。

 

 ガウストは過去など詳しく話せないだろうし、ジュリアスに関しても正体を正直に明かしたとして間違いなく誰も信じないだろう。それならばいっそのこと、皆を巻き込んで無難な役を演じてしまう方が手っ取り早かったのだ。


「……昨日も言ったけど俺は全然気にしてないっすよ。それにこういうやりとりっていかにも冒険者っぽいし」


 そう言って、楽しげにディディーが笑う。……対照的にゴートは浮かない顔で、


「だけど……万が一、父親について突っ込まれたらどうする?」


「あぁ、そこはアレだ。昨日の晩に考えたんだけどさ、商会の跡取り息子ってことにしとこうぜ? 俺の幼馴染の人物像プロフィールを借りよう。あいつの事なら大体分かってるし、頭が良くて大人しいヤツで、船乗ふなのりには向いてないからならないって言ってたし」


「でも、大丈夫かな……?」


「大丈夫、ゴートについてたずねられたら俺が口を挟んで適当にごまかすよ。従者ってそういうもんだろ? それにあいつとの話は簡単には見破れない。第一、ウチの国の海運商会の事情を余所の国の人間が詳しいとも思わないし。ゴートは俺が喋った後、適当に相槌あいづちしてくれりゃいいよ」


「お、なんだ。自信満々だな」


「それこそ幼馴染ってやつなんで。喘息ぜんそく持ちであんまり表には出てこれないヤツなんですけどね。子供の頃なんか、あいつの屋敷の本目当てに通い詰めたもんです」


 ディディーは自分の昔話を少し嬉しそうに語った。


「よし。じゃ、そっちはそれでいこう。……で、だ。ガウストに関してだが。昨日の

打ち合わせでは単なる仲間という事だったが、それでは少し動機が弱いと思ってな。

俺が君にれている、ということにして欲しいんだ。さっきもそういう演技で番兵に取り入ろうとしていた」


「──それは私も、か?」


「いや、君は俺に関心がない方がいいな。今のままでいいさ。惚れた男が空回りしている、という方が第三者からすれば分かり易いだろう」


「ふむ……不都合がないなら、それでいいだろう」


 ガウストは了承した。


「悪いが、よろしく頼む。……それで、話をまとめると、だ。『俺達は仲間になったガウストの潔白けっぱくうったえる為、こちらから出頭しゅっとうして捜査に協力しようとやってきた。惚れた彼女が疑われてる事を冒険者アドベンチャラー協会ギルド経由で知って、居ても立っても居られず直談判じかだんぱんしにきた、というのが俺の動機だ。二人はそれに巻き込まれてガウストも仕方なく付いてきた』──以上、ここまでで何か不自然なところはあるか?」


「あらすじとしてはまとまってると思うよ」

「同じく。特に変なところはないんじゃないかと」


「……うん? 君らが問題ないというなら、それでいいだろう」


 視線に気付き、何故か自分にも意見を求められていたようなので遅れてガウストも回答する。


「それじゃ、ぼちぼち番兵のところに行くとするかな。そこで軽く雑談をしながら、役回りに慣れていこう」


 ガウストを除いた各々が頷く。

 そうやって時間を潰していれば、じきに内部に行った番兵も戻ってくるだろう──




*****


<続く>


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