第15話「和解」



 言うなれば、無敵の矛が無敵の盾を貫くかの単純明快な勝負だった。

 結果は盾が防ぎ切り、ジュリアスが勝利した。


「直前で切り替えたんだな、拳から手刀に。切り替えることに何の意味があるのかは分からないが、意味があるからこそ変化したんだろう?」


 既に魔法障壁は消えていた。ジュリアスが消したのだ。

 同様に彼女の手を覆っていた不穏な黒煙のオーラも先の一撃で消し飛んでいた。


「見ての通りだ。衝突の瞬間、はじけさせた。突撃と打撃と衝撃を合わせた一撃だよ。殴るに合わせて指を弾き、まとった〝劇物げきぶつ〟を炸裂させる。伝承によれば三つが完全に合わされば究極の破壊に至るらしいが、出来た試しはないな……」


 ジュリアスに視線をよこさず、不機嫌そうに彼女はつぶやいた。

 手のひらを見つめた後、異常がないか手を握ったり開いたりしている。


「ほう? しかし、弾いた指は見えなかったな……威力も未完成にしては十分だし、もしも食らえば人体が弾け飛びそうだ」


「威力はある……が、対物か鈍重な魔獣や魔物用の技だ。人間その他には使えん」

「そうだろうなぁ。確かにメチャクチャ難しそうな技だ」


 そう言って、ジュリアスが笑いかける。

 彼女は嘆息をひとついた。


「……それで? 一体、何の話だったか?」

「それは聞く耳を持ってくれる、ということかな?」


 ジュリアスが確認をとる。

 すると今度はため息をきながら、「手短にしろよ」と彼女は言った。



*



 その後、場所を再び彼女の住み家に移して話し合う。

 部屋の中央で全員が絨毯へ直に座り──先程よりは和やかな雰囲気である。

 おそらくは。


 彼女は名をガウストと名乗った。それを受けて三人も自己紹介する。

 そして、これまでの経緯もおさらいとして今一度、詳細に話した。


「……で、だ。ようやくこれからのことを話すわけだが、まずはガウスト。確認だが刃物の扱いは得意か?」


「別に不得手ふえてではないが人並みだな。威張いばれるほどじゃない」

「となると、得物はやはりその拳──いや、五体か」


「そうだな。最も信頼のおけるものは、そうなるな」

「そうか、そいつは良かった……これで犯人じゃなくなるな」


「……どういう意味だ?」


 ジュリアスは何やら納得した様子だが、彼女にしてみれば全く訳が分からない。


「まず、ギアリングで殺人事件があった。容疑者は暗躍者アサシン教団ギルドからもたらされた情報から同組織の元暗殺者とみられているが、被害者はによって殺されていたんだ。その手口も元暗殺者の手によるものだろうとアサシンギルドも追認している」


「……それが刃物扱い云々という訳か」


「その通り。で、今はくだんの元暗殺者──あらぬ容疑をかけられている目の前の君が暗殺に刃物は使用しないだろうという確信を得たところだな」


「……何故、そう言い切れる?」


 誰あろうガウストにその根拠を尋ねられてジュリアスは苦笑いしながら、


「また、意地の悪い事を……俺は刃物は凶器として不適格だと思ってる。いや、暗殺として使う場合は、ね。現場を汚すし、自分も汚れるかもしれない。それに素人ならともかく、五体を武器として扱えるなら使う道理がない。持ち込む時も逃走の際も、身体検査や後始末を考えず済むのが素手の利点だしな……実際、君の拳が凶器として申し分ないのも実体験したし」


「……貴様が言うと懐疑的かいぎてきになるがな」


 彼女は少し呆れた素振りを見せて、口元で小さく笑う。


「まぁ、そう言うな。……それより、改めて本題の話だ。俺達に協力して貰いたい。

悪いようにはしない。約束しよう。君の疑いを晴らし、俺達は名声を得る。真犯人を

どうするか、どうなるかは知ったこっちゃない。何故ならそれは俺達の決める事では

ない。範疇外はんちゅうがいだからだ」


「随分と中途半端だな。それに、だ……我々が真犯人に口封じされるかもしれない、そんな可能性も考慮しているのか?」


「俺の手並みは今見せた通りだ。そして、そのような荒事あらごとは俺の得意分野でもある。昔は闇討ちなんて望むところだったが──」


 そう言って、ちらっと未だ離れたところでこちらをうかがっている二人を見る。

 何の足枷も無い孤高であった頃ならいざ知らず、現在は仲間のいる身である。

 そのような大それた選択肢は選べない。


「……まぁ、そこは考えてもしょうがねぇよ。現状、戦力に数えられる俺たち二人でどうにもならんやつが相手ならそれこそどうしようもないさ。だけど、そんなやつが世の中にそうそういないことも手合わせして分かっただろ?」


「ま、それはな。力だけなら余程の大物でない限り、負けることはないだろう」


 組むのは魔術師だ。いざ戦闘となれば、前衛と後衛に別れて互いに援護出来る。

 例え一騎当千の強者といえど、普通に戦えれば負けないはずだった。


「貴様の実力は信用に足る。しかし──」


 彼女はジュリアスではなく、ゴートとディディーの二人を見た。

 魔術師の弟子という話だが現状、魔術は使えず能力も一般人と大差ない。

 この件に限れば、足手まといにしかならないだろう。


「そこの二人とも組むのは正直、勘弁願いたいな。素人が二人……足を引っ張るのが分かりきっているからだ。それとも、個人の能力以外で何か取り柄でもあるのか?」


「う……」

「それは……」


 急に話を振られても、特に抗弁も出来ずに二人は押し黙ってしまう。

 このままではいけないと二人は必死で考えるも、言葉は出てこない。

 目を合わせられず、うつむくだけだ。


「取り柄……取り柄ねぇ……」


 そんな中、シリアスな三人と違ってジュリアスは一人、暢気のんきにしていた。

 気が付けば、三者三様の視線が彼に集まっている。 


「……うん? どうした、深刻な表情かおして」

「お前は人の話を聞いていたのか……?」


「聞いてたよ。今、いろいろ考えていたところだ。確かに荒事だけなら俺たち二人でやるのが最適解だろう。しかしね、君……今の世の中、暴力だけでカタが付くような簡単な世界じゃあないんだよ」


 おどけた口調でジュリアスは言う。


「貴様は何が言いたい?」


「俺たちでパーティを組むのさ。それも二人じゃない、四人でだ。相互で助け合い、無いものを補完する。俺と君には普通の人にあってしかるべきものがないんだ。見事に欠けてしまっている」


「なんだ、それは?」

「過去だよ。普通の人間にあって然るべきとは、いわゆる人物の背景バックボーンってやつさ」


 そう言って、ジュリアスは笑った。会心の笑みである。

 人に話せない過去など、あってないようなものなのだから。


 それはジュリアスの実体験からくるものだし、彼女にしたって大枠は当てはまっていることだろう──



*****


<続く>



・「劇物げきぶつ※(〝呪いの武器カースウェポン〟)」

「(呪力により、自分と(命中対象には追加効果として)微強化を施す秘術です。術者は打撃と斬撃(切断)属性を効果中、任意で切り替えられるようになります。ただし、呪いだけに他の付与魔法とは排他関係にあって効果中は一方的に上書きしたり、ねつけます。また術者自身のみならず命中対象も呪われます。命中対象への強化効果はゼロに等しく、むしばまれるだけで属性切り替えの特殊効果は得られません)」


・「突撃と打撃と衝撃を組み合わせた技」

「(名称は失念。突撃(突進)による荷重と殴りによる打撃とはじく指に込めた魔力的な衝撃を組み合わせた〝三重奏〟ですね。言い伝え通り全てが重なり合って成立すれば凄い破壊力なんでしょうが、常識的に考えて成立はしないと思います)」


・「〝絶壁クリフ〟」

「(絶対的な魔法障壁。略して絶壁──由来は建前で噓をついていますね。開発者はジュリアス本人であのガラスのように薄い魔法障壁は大陸の断崖絶壁を想念イメージして創り上げられています。故に見た目に反して想像を絶する防御力を持っています。得意としているというのも正鵠せいこくではなく、彼が執念と信念によって完成させた魔法だから。彼以外は〝絶壁クリフ〟という魔法障壁を十全に機能させることは出来ないでしょう)」


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