第14話「激突」☆


 後背から心臓、前に回って腹部、さらに喉への強打。

 おまけに初段と最後は頭部を激しく上下させて脳を揺らしている。

 気絶狙いの連続攻撃コンビネーションである。


 為す術なく全段食らった魔術師は酔っ払いのように後ろに数歩よろめくと静止して立ち尽くしたまま、彫像のように動かない……それを見て、仲間の二人が心配そうにある程度の距離まで駆け寄ってきている。


 馬鹿にしているのか、それとも天然の馬鹿なのか。

 だから、教えてやったのだ。「下手な演技をやめろ」とな──



*



「別に、演技って訳でもないんだけどな……」


 そう言って、ジュリアスはため息のような長い息を吐く。

 呼吸に関係する箇所を集中的に狙われたのだ、肉体に損傷はなくとも呼吸は難しくなり、自然じねん、正常に息が整うまで時間もかかる。


「手ごたえはあるものの微妙だな……効果があるとは思えん。まるで屍鬼リビングデッドだ」

「おや、屍鬼リビングデッドとは言い得て妙だな」


 ──屍鬼リビングデッド

 それは魔孔から出没する魔物の中でも最も低級な魔物モンスターで見た目だけ人間に似せた劣化模造コピーである。


 知能は無く、技能も無い。身体に痛みを感じない為、生半可な攻撃では止まらず、耐久力だけは人間以上。魔孔から出現した魔物は倒せばに還るのだが、屍鬼を倒したところで得られるのは屑石くずいしばかり。ごくまれに小石程度の魔石が残骸に混入していればいい方である。


「それにしても……魔法障壁、か」

「ほう、よく見抜いたな──」


「違う、耳がいいからな。が言っているのを聞いただけだ」


 彼女が顎でそちらを示す。ゴートとディディーの二人だ。

 彼らは戦闘地帯が動いたので追いかけて移動してきたものの邪魔になってはまずいと遠目に距離を保っている。


 ジュリアスとしても、その二人の危険に対する判断は正しいと思えた。


「詳しい説明が必要なら、解説してやってもいいんだぜ?」

「……聞いてやろう」

「おっ? ──そうか、よしきた」


 ジュリアスは意外な返答に一瞬素に戻ったがさま、得意げな顔で話し始める。


「まず魔法障壁だが、大別して二種類ある。ひとつはこのように術者の前方、または周囲に一部、出現するもの。壁という表現にピッタリ当てはまるような魔法障壁だ」


 ジュリアスが手で合図すると彼女との中間地点に無色透明な魔力の壁が出現する。

 それは目を凝らすと、陽光の御蔭おかげでうっすらと視認出来る。


「この型で代表的なのは〝防壁ウォール〟といい、属性を変化させることで炎や土、氷の壁になったりする。こいつは余談だが手を加えない状態、のように属性の無いものは便宜上、に属するという取り決めになっている」


 属性変化──魔法の中には属性を変化させることが出来るものがある。


 〝防壁ウォール〟もそうだが、先にジュリアスが使った〝飛礫ミサイル〟も属性変化可能でそれらは〝火球〟ファイアボール〝氷球〟アイスボールなどと呼ばれて区別されているが、術としては同じものである。

 実態はただ、一手間加えられているだけなのだ。


「もうひとつが俺が今、実践しているように術者の周囲を覆い隠すものだ。この包み護る魔法障壁は壁のものに比べて難度が高い割に防御力は一枚落ちる。ただし多くは付与魔法であり、一度かけたら効果が切れるまでかかったままだ。術者は魔法障壁で身を護ったまま、安心して次の呪文を唱えられる訳だな」


「壁よりは弱い、か……それで、さっきまでは打撃は無効化しても衝撃までは無効化出来なかったということだな?」


「察しが早い。今、我が外套マントにかけている魔法障壁は打撃防御に特化してるんだな。ちなみに魔術師は心中で呪文を唱えても有効だ。もっとも語弊ごへいがあるかもしれんから我が流派ではそのようになっている、と言い直しておくかな?」


「打撃防御、ね……」


 いつの間にか、彼女とジュリアスとの間にあった魔法障壁が消えている。

 消えたのか、彼が意図して消したのか……どちらか判別はつかない。


「つまり、それ以外にはもろいということだ」


 両手で拳を作ったかと思うと、手のひらを勢いよく広げた! その途端、水飛沫が飛ぶように黒い塵が大気に散る。彼女の爪が呪力によって黒く伸び──


「〝解呪アンカース〟」


 ジュリアスが短く呪文を唱えた。

 それだけで、湯気のように立ち上っていた黒い瘴気しょうきのような呪力が消える。呪力で強化されたはずの爪も元に戻っている。


「悪いが血腥ちなまぐさいのはナシだ。そんな小技が切り札って訳でもないだろ? どうせなら分かりやすい一発勝負にしないか?」


「……なんだと?」

「はっ!」


 ジュリアスが大仰に、掛け声とともに左手を下から上へ振り上げた!

 すると、彼の数歩手前に魔法障壁が──先程と同様、障壁自体は透き通っているが厚みのある硝子ガラスのようなもので、さっきのよりは見えやすい。


「絶対的な魔法障壁。略して絶壁ぜっぺき。正式には〝絶壁クリフ〟と言う。これこそが正真正銘、俺の得意魔法だ」


 その言葉に嘘偽りはない。ジュリアスは幾度となく、この魔法を使用してきた。

 最早、呪文の詠唱など必要ないほど慣れに慣れている。


「これを打ち破れば君の勝ち。凌げば俺の勝ち──乗るかい?」

「いいだろう」


 そう言うと、彼女は助走に必要な距離を取り始める。

 別にそこまで必要はないがどうせなら、だ。

 全力で拳を叩き付け、自慢の魔法障壁を粉々に破砕してやる。


 ──手のひらを開き、それから拳を握る。

 指の隙間から黒煙が吹き出し、手袋のように拳を覆って固まった。


「今度は消さないのか?」


「ああ、〝呪いの武器カースウェポン〟かい?  相手がなら別にいいよ。ただ、その魔法障壁をまともに壊せるとは思わない方がいい」


「そうか」


 ジュリアスの忠告にも無表情、無反応で彼女は魔法障壁を見据えている。


(しかし、優れた剣士や拳士が使う秘剣──いや、秘拳の類。その燃料ともいうべき〝気〟だのなんだのって実は魔力と変わらんのだが、この面倒くさい事実を弟子あいつらにどう教えたもんかね?)


 それはジュリアスが魔法で除去したことからも明らかである。

 彼女が使っている秘術は名称が違うだけで本質的には同じものに相違ないのだ。

 ただ、呪いを除去する場合、通常の〝解消ディスペル〟ではなく専用の魔法か神官の奇跡を必要とするのだが……


 ジュリアスが〝呪いの武器カースウェポン〟と呼んだは正しくは〝劇物げきぶつ〟と言い、その発祥は古く、元々はある一族に細々と受け継がれていた呪われた秘術である。


 主に素手を強化する術で対象部位は爪や拳など。熟練者は短剣の刃などに宿らせることも出来るが、手から離すと効果は消える。身も蓋も無く言ってしまえば魔術師が魔力を付与して武器の打撃力や貫通力を高める、それと同じである。


 この秘術、単体の利点はあくまで自己強化出来るという一点だけであり、術自体を比べても下級相当に少し勝る程度。効果のほどはずば抜けたものではない上、肝心の取り回しも上記のように劣化している。


 だが、特殊効果として一部の付与魔法とは排他関係にあり、この秘術が効果を発揮している間は該当する付与魔法をかけても一方的に弾き、あるいは上書きして無効にしてしまう。それは。これが呪いといわれる所以ゆえんである。


(……さて、勝負だな)


 彼女が静かに構えた。魔法の硝子越しにそれを見て、ジュリアスも待ち構える。


 ──ジュリアスは終始、余裕を崩さなかった。

 全力で駆け始めたまさに彼女は目にもとまらぬ速さであり、繰り出した黒い拳にはその突進力の全てが集約されていた。


 ……確かに正面衝突したのだ。

 が硝子のような壁に触れ、薄い壁は貫かれることなく顕在だった。

 それこそ、拳大の幅しかなかったという。


 だが、その程度の薄い壁を彼女のは突き抜けなかったのだ──




*****


<続く>




・「ジュリアスを覆う魔法障壁※(術名ラウンドロール)」


「(元ネタは何かというと実は牧草ロールからです。その真ん中をくり抜いて術者が居座っていると……なんかそんなようなイメージの見えないバリアですね)」


「(元ネタがなので魔法障壁としては打撃に強く、衝撃にそこそこ強く、斬撃と刺突に弱いという設定ステータスになっています。あと冷気にそこそこ強い一方、炎には無力でしょうね。電撃も貫通するのではないでしょうか?)」


「(……ちなみに〝ラウンドロール〟という名称は決まりですが、当て字に悩んでてそのせいで本編では紹介出来ませんでした。候補は草巻、乾草巻、開き直って星草巻とか……どれもしっくりこず、いっそ旧名にして今は〝巻薄布ロールベール〟ということにして、表記揺れ有りにしてやろうかと思っているところです)」

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