第13話「対決」☆


「君に力づくで追い払う選択肢も用意しようか」


 魔術師ジュリアスは一方的に「彼女の力になる」と宣言した後、不満があるならばそのように付け足した。


 彼女は元暗殺者。そして今は旅の拳士と己を偽って、この村では臨時の狩人として生計を立てている。当然、腕っぷしには自信があるだろう。村人の話を聞く限りでは猪を一撃で昏倒させたという話もある。


 ジュリアスはその強さに付け込んだのだ。

 彼女を怒らせ、暴力的な選択に誘導させる。


 力づくで追い払う? では、追い払えなかった時はどうなるのか?

 それこそが魔術師の狙いである。だが、この企みには欠点があった。


 結局のところ、魔術師の奸計が思惑通りにいくかどうかは暴力と衝突して勝つしかないからだ。果たして──



*



「どっちが勝つかな……」


 ゴートとディディーの二人は喧嘩の──戦いの邪魔にならないよう、家の出入口のそばたたずんでいた。今のは別に話しかける意図などなく、注意深く見ていたゴートの口から自然に声がたのだ。


「どっちが……ていうか、あの人が負けるとこはあんまり想像出来ないけど、な」


「ジュリアスは強さの底は全く分からないからね。何度か稽古をつけてもらったけどあの魔法障壁を突破するのは容易じゃない。木剣だから、というより木剣を使っても全然ビクともしないしね」


「壁とはいうけど壁じゃないんだよな、あれの手応え……なんていうか、下敷寝具マットレスを叩いてるような感じ」


「そうだね。そんな感じだ」


 ジュリアス自身、行使する魔術に得手不得手はないと豪語するがどちらかといえば攻撃よりも防御や補助に一家言いっかげんあるような感じの魔術師だった。これまでの経験から二人の中ではそうなっていた。


 特に魔法障壁という全身を不可視の壁でおおう防御魔法は強力で、木剣を用いて二人がかりで乱打しても打ち崩せなかったほどである。素手で突き破れるような代物ではないと二人は身をって知っている。


(本物の達人が相手ならジュリアスの本当の実力が分かるかもしれない)


 これはゴートにとっては願ってもない展開と言えた。

 いや、もしかしたら……ジュリアスは自ら進んでそのような展開にもっていったのかもしれない。彼は時々、遊び心で人を試すような節があるのだ。


 二人は今、普通に会話の出来る距離──大体、五歩以内で対峙たいじしている。

 これはおそらく拳士の間合だろう。


(──魔法障壁、か)


 遠目にいる二人の会話はしっかり聞こえていた。


(それにしても大層な自信家だ……)


 真剣勝負であればこそ、ジュリアスは無遠慮に振る舞う。

 相手が最も得意な位置で戦う。真正面から真っ向勝負して言い訳も許さず完勝することをよしとしている。


 彼にとっての一対一の勝負とはそういうものだ。力ずくで捻じ伏せるのだ。

 弟子たちが固唾をのんで見守る中、ジュリアスが口を開く。


「さて、やり合うのはいいんだが個人的には合図のひとつでもあると分かりやすいんだがね。しかし、暗殺者は奇襲が常道ときたもんだ……そこで、君に先手を譲ろうと思う。それが戦闘開始の合図だ。そういう取り決めで如何いかがかな?」


 ……彼女はため息をくように息をく。


「不服かな? 異議があるなら──」

「結構だ」


「そいつは結構、同意を得られてよかったよ。んじゃ、手加減せずにぶん殴ってきてくれ──「そうさせてもらおう!」」


「んなっ!?」「嘘だろ!?」


 ジュリアスが言い終わる前に彼女が懐に飛び込んで掌がジュリアスの顔面を的確にとらえると大きく吹っ飛ばした!


 余程よほど、腹にえかねていたのだろう、彼女としては高慢な鼻っ柱を叩き折るつもりだったがジュリアスは咄嗟とっさに顔をそむけ、頬を張られて地面に倒れ込んでいる。


 そして、彼が思い切り殴りつけられて二人が驚愕きょうがくしたのにも理由があった。

 何故ならジュリアスが纏う魔法障壁──あれは打撃の衝撃など吸収してしまう。

 あのように吹っ飛ばされることなど今まで一度としてなかったのだ。


 ……草の上に仰向けに倒れるジュリアスだが、昏倒こんとうはしていない。


 意識ははっきりとしている。

 自信か強がりか、薄笑いを浮かべてゆっくりと立ち上がる。


「少しは……溜飲りゅういんが下がったかな?」

「少しはな。そして、」


 ──まるで瞬間移動したかのように、彼女が間合を詰めていた。

 瞬きが終わらぬ間に、一息に。「これでしまいだ」今度は拳を押し付け、体を押す!

 端的に言えば、彼女のしたことはだけ。


 だが、ジュリアスの体は猛烈な速度で地面と平行に飛び、やがて肩から着地すると、派手に回転して外套マントを巻き込みながら──それでも勢いは死なず回転が止まるまでさらに十数歩の距離を要した。


 信じられないものを見た観客の二人は絶句し──

 ただ一言、「嘘だろ……」とディディーが声を絞り出し、呆然としていた。


「…………」


 しかし、彼女は拳を握ったまま、残心を解かない。

 派手に吹き飛んだ割にジュリアスもピンピンしているようだ。

 倒れてからすぐうめき声が聞こえ、もぞもぞと動いている。


(……衝撃は通った)


 しかし、打撃が有効であったとは思えない。

 特に初撃の掌打──妙な手応えだ、あいつらがマットレスと評したのも頷ける。

 痛みはないだろう。


(魔法障壁、か……)


 相手にすると実に厄介だ。

 手持ちの札に対処法はある。けれど、

 流石にそれは過剰だった。


「いや、しかし……ここまで吹っ飛ぶとはなぁ……」


 一方、ジュリアスは老人のように緩慢かんまんな動作で身を起こしている。

 長座の姿勢でからまるように巻き付いた外套マントをゆっくり元へと戻しながら、


「たった一撃でねぇ……(いや……?)まさに恐るべし、かな?」


 女性の体躯たいくでわずかな助走から、よくもこれだけの爆発力を生み出したものだ。

 「特筆に値するよ」と、ジュリアスは棒読みで感嘆しながら立ち上がった。


「どうなることかと思ったけど……効いてないのか……?」

「ありゃ効いてないね。俺なら死んでる」


 ここまで衝撃の連続だったが、ここにきて普段通りのジュリアスが見れたので二人にも若干、安堵あんどの色が浮かんでいる。ディディーに至っては、軽口を叩く余裕も出てきた。


「しかし、あそこまでやられる姿を見るとはなぁ……そりゃ、あの人がとんでもなく強いってことなんだろうけど」


「そうだね。けど……」


 ゴートは言い淀み、何事か思案する。


(いくらなんでもジュリアスがあんな簡単にやられるのは妙だ……ジュリアスは前に「実戦の一対一で剣士に遅れをとる事は無い」とまで言い切った。その理由も明快で魔術によって間合を制することが出来るから……なのに、そうしないのは何故か? 今のジュリアスは敢えて何もしていないんじゃないか……? それとも僕がそう思い込みたいだけなんだろうか)


 遠目からでは、ましてや当事者ではないから真相は分からない。

 見守るしかない人間としてはそうであることを祈るのみだ。

 そんな傍観者の心配を余所よそに、当のジュリアスは飄々ひょうひょうとしている。


「……じゃあ、今度はこちらから攻めてみようかな?」


 ジュリアスは悠然と構えながら左手を突き出すと、弓を引き絞るように力を溜めてそれを放った! それは不可視の一塊ひとかたまり、拳大の石のようなものが彼女の前方の地面、そこに衝突して弾け飛んだ!


 ──これは初歩的な攻撃魔法の〝飛礫ミサイル〟だ、一発目はただの威嚇射撃いかくしゃげき

 ジュリアスは予め彼女に教えておきたかったのだ、手の内を見せずに仕掛けるのはなんとなく公平ではない。単なる自己満足である。


 とはいえ、二発目からは当てるつもりでいた。だが──


「おっ……?」


 彼女にとっては一度見れば十分だ。

 不可視とはいえ飛礫つぶての速さ、威力、魔法を撃ち出す前後の隙──全て記憶した。

 二発目は、ない。


 ガウストはまったく怯んだ様子もなく、彼に向かって飛び出した!

 ジュリアスの狙いを微妙に変化した掌の位置と視線から本能的に察知し、魔法の飛礫つぶてかすめる様にして身をひるがえしながらかわすと、


 一歩、二歩──!


 力強く踏み込む度に速度は増し、大跳びになり、瞬く間に人外の域まで加速すると残り二十歩足らずをたった三歩で走破し、先程同様、彼の間近に肉薄すると急停止!


 それまで直進に使っていたを跳躍に使用した!

 彼女の跳び膝蹴りがジュリアスのひたいに激突し──見事な体幹で身をひねりながら、その後方にふわりと着地する。


「かっ……!」


 そして、間髪入れずに近付くと背中側から心臓を目掛けて回転肘打ち、衝撃が胸へと抜ける様を確信し、互いの体を入れ替えるようにさばきつつ鳩尾みぞおちに膝蹴りを見舞う!


 反射的にジュリアスの身体からだに曲がろうとするなら、それを手助けするように両手で頭部をおさえにかかり、あごを上げさせつつ延髄えんずいを下方に押さえ込み、無防備にしたのどねらまして再び膝蹴りを叩き込む!


 ジュリアスは声も無く大きくり、二歩、三歩と後ろへたじろいだ。

 そしてその姿勢のまま、しばらく硬直している。しかし──


「……下手な演技はやめたらどうだ?」




*****


<続く>


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