第12話「交渉」


 最後に入ったゴートが薄い木の扉をなるべく音をたてないよう、ゆっくり閉めた。

 出入口に敷かれたどろけの小さな絨毯じゅうたんを踏みしめながら、家の中を観察する。


 内部は大部屋が一つだけの簡素で単純な家屋だった。家というよりは外観を除き、機能は小屋のようなものに等しい。かまどなどはおそらく、向こう側に見えている裏口の先にあるのだろう。


 その他、北と南の方角に採光用の硝子ガラス窓がめ込まれており、それが物置小屋との違いを表しつつ、生活感を向上させていた。

 

 ……彼女はおそらく一人暮らしのようだが、見た限り掃除は行き届いている。

 着の身着のままではないにしろ、家財道具も最低限の物しか見受けられない。


 壁際には椅子、机、掃除用具。丸められて立てかけられた予備の絨毯。窓の下には畳まれた毛布が幾つか重なって置かれている。


 その中に混ざっている角ばった大型の革鞄に衣類が収められているのだろうか? 

 とりあえず、贅沢品のようなものは一切無かった。


 彼女は招かねざる客を特段気にした様子もなく無感情に、壁際に寄せていた椅子を二脚掴んで中央に持ち寄ると一脚を三人に寄越し、もう一脚に自分が着席した。


「……それで? 本題というのは、何か?」


 彼女は無感情、無表情のようでいて、その実、不機嫌なのかもしれない。

 腕組みをして背もたれに寄りかかり、足を伸ばして足首を交差させている。

 そんな彼女に向かい合うように置かれた椅子にはジュリアスが着席した。


 ここまで、ゴートとディディーの二人は交渉の邪魔をしないように一切口を挟まず成り行きを見守っている。


「少し前に東の隣国ギアリングで殺人事件が起こったそうだ」


 ジュリアスが話を切り出す。


「……それで?」


「犯人はどうやら、暗躍者アサシン教団ギルドの元暗殺者らしい。なんでもそのような噂があって、暗躍者アサシン教団ギルドの使者が実際に当該国を訪れて肯定した──そんな話まで聞こえている」


「その犯人が私で街では既にそのように決めつけられている、と」


「察しが早いな、その通りだ──そして、君の居場所は偶然知り合った暗躍者アサシン教団ギルドの少女から教えてもらった。教団の侍祭じさいを名乗っていて、名はチノ=アンテドゥーロ」


「…………」


 ここまでの話に嘘は何一つない。彼女は黙って何かを考えていた。


「それで尋ねるが、チノ=アンテドゥーロというのはどういう人物なんだ? 貴方と顔見知りだったりするのか? こちらとしても人物の裏表を出来るだけ把握したい」


「知らんよ。私の記憶にはないな」


 とぼけているのか、本当に知らないのか。

 ぶっきらぼうな返答はどちらとも判断がつかなかった。


 ──しかし、黙秘されるよりはいい。感触は悪くない、ジュリアスは思った。


「では、チノ=アンテドゥーロとは教団内では何者だと予測できる?」

「侍祭を名乗っているのだろう? なら、そいつは侍祭ということだ」


「貴方は既に暗躍者アサシン教団ギルドとは関わりない立場だという。そのように聞いた。それでも教団の情報を喋る訳にはいかないのか?」


「私に組織をかばてする義理はない。だが、君らに手を貸す義理もないな。忠告は感謝しよう、御蔭でほとぼり冷めるまで街には行けそうにないが。その返礼として、こうして一席もうけてやったんだ、それで帳消しだ。……話は終わりかな? それならお帰り願おうか」


 取り付く島もない、彼女は席を立とうとした、


「待て──」

「しつこい男は嫌われるぞ。……いや、私は嫌いだな」


 席を立つ。そして、椅子を元々のところに置いて片付ける。


「さ、そいつも寄越せ」


 彼女はジュリアスに起立を促した。

 するとジュリアスはうつむき、俯いたまま──ぼそりと呟く。


「……女を口説くどく殺し文句の一つでも用意しておくべきだったか」


 そう言って、自嘲じちょうする。そして、嘆息をひとついた。

 顔を上げたジュリアスと彼女の視線がかち合った。


「残念だが私は言葉で揺り動かないし、貴様の顔は好みじゃないと言っておこう」

辛辣しんらつだねぇ……」


 ジュリアスは苦笑する。……しかし、


 それは交渉の打ち切りを意味するからだ。何の成果もないうちに──違う。


 成果はただの結果だ、それは問題ではない。

 簡単に自ら諦めるような姿勢だけは二人に見せる訳にはいかないのだ。

 一行の代表者として席に座った以上、そのような真似が出来るはずもない。


「俺達には目的がある。俺達の目的の為に、俺達は貴方と手を組みたい」

「……断ると言っているだろう?」


「まず、俺達の目的から話そう。何、大それた話じゃない……ちょっとした話の種になればいいんだ。、そう呼ばれるくらいでちょうどいい。自己紹介を省けるくらいの、ささやかなものでいいんだ」


 ジュリアスは続ける。彼女の反応を無視し、最早、独白どくはくに近い。


「その為に俺達は今回の事件を利用するつもりだ。こうして巡り合えたのも天の配剤と信じてな……話を整理しようか。俺達は、名声を得る。アンタは濡れ衣を晴らす。魔術師ジュリアス=ハインラインの名にけて、悪いようにはしない。約束しよう」


「私はただ、これからの余生を穏やかに暮らしていければいいだけなんだが……」


 その時、呆れたように呟いた彼女の言葉をジュリアスは聞き逃さなかった。


「──その願い、叶えよう」


 それはまるで物語に登場する魔人のように、ジュリアス=ハインラインは一方的に彼女に対して宣言した。そして、続けて「契約成立だ」と言い放つ。


「は? お前は何を言って……!」


「俺達はアンタにかけられた濡れ衣を晴らす為に行動する。そして、俺個人として、アンタの願いが叶うように協力をしよう。。あらためて、魔術師ジュリアス=ハインラインの名に懸けて誓おう──契約成立だ!」


「ふざけるな!」


 ここまで冷めた印象のあった彼女だが、こうまで有無を言わせず話を進められては

流石に怒る。感情を露わにして彼を怒鳴りつけるが、ジュリアスは気にも留めず──いや。


「ふざけてなんかいない。真面目も真面目、大真面目さ。先にも言ったが手ぶらじゃ帰れないんでね……だけど、俺を力づくで追い払うという選択肢も用意しようか」


 ジュリアスが親指で出入り口の扉を指差す。

 、という意味らしい。


「いいだろう。後悔するなよ……!」


 彼女はその挑発に乗った。言葉には明らかな怒気が含まれている。

 そして、出入り口に向かって歩き出した。


 その途中、彼女の行き先をさえぎってはまずいと直感し、ゴートとディディーの二人が慌てて道を譲った。


 そんな彼女の後ろ姿を眺めながら、ジュリアスは小さく笑っている。

 不敵に、余裕よゆう綽々しゃくしゃくに──


 そうして、悪辣あくらつな魔術師はゆっくりと席を立ったのだった。 




*****


<続く>


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