クエスト

第11話「出会い」


 東の隣国で連続殺人事件が起こった。

 事件には暗躍者アサシン教団ギルドの破門者が関わっているらしいとのこと。


 ジュリアスら三人はひょんなことから知り合ったアンテドゥーロと名乗る少女から「アサシンギルドより行方をくらました元暗殺者がスフリンクの山村に潜伏している」という話を聞かされる。


 偶然か、故意か──

 これは運命なのか、それとも単に利用されて踊らされているだけか。


 冒険者としては一考の余地があるが、正義漢ならば見過ごせない事案である。

 三人は冒険者協会に報告して情報を共有した後、先行して元暗殺者を訪ねることに決めた。そして、翌日……



*



 目的地は閂の国スフリンクでも最北端にある村だ。

 聞いた話では北端といっても王都と比べて気温が少し上下する程度で、気候が違うほどに大きな変化がある訳ではない。


 横に狭く縦に長い国ではあるが、残念ながら国土はそこまで広くなかった。


 ジュリアス、ゴート、ディディーの三人はいつもの街中で過ごす普段着ではなく、厚手の冒険服を着ていた。その他、雨除けになる外套マントも身に着け……一行の監督役であるジュリアスのみ一目で魔術師と分かるよう、いつもの真っ黒に染め抜いた外套マントを着用している。


 ……季節は十月も半ばを過ぎ、いよいよ秋本番といった具合。

 朝は少し肌寒く、服装的にもちょうどよくなってきた。


 普段は明るいディディーが、緊張からか口数が妙に少ない。

 ゴートもいつにも増して不安げな表情だ。だが、無理もない、か。これから元とはいえ、暗躍者教団で暗殺者をやっていた人間に会いに行くのだから。


 早朝から三人は王都の魔道駅からトーチャに最も近い魔道駅へとんだ。


 しかし、そこからでもまだ目的地へは徒歩で四時間は優にかかると駅員に言われ、仕方なく馬車を走らせてもらう。ところどころ整地の行き届いていない、それでいて道程の半分ほどが上下に起伏ある山道のせいで乗り心地もあまり良くなかったが……ともあれ、山間やまあいの村トーチャに到着した。


 馬車から降りて馬と御者に別れを告げると、三人は思い思いに身体をほぐしながら景観と周囲を眺める。


 降ろされた場所は村の入口で道端には草が茂り、往来の邪魔になるような石などは草の根本へ適当に弾かれていた。遠くから見た感じ、村の周辺は里山に囲まれており斜面の一部では果樹園に開墾かいこんされたのだろう、同じ種類の木々が少なくとも数十本、等間隔に並んでいる。それが複数個所ある。


 里山から視線を下げれば、田園が見える。

 畑もある。畑では農作業に従事している人がいる。


 近くにないが当然、水も流れている。離れたところに見える水路は一跨ひとまたぎではなくほどの幅で、水量も十分そうだ。


 総じて、ここまでは至って普通の農村……という風景だった。


「さて……来たはいいけど、これからどうします?」


 ディディーがジュリアスに尋ねる。


 道なりに進めば民家がぽつんぽつんと建っているのが見えるが、例えそこを訪れたとしても昼飯前という時間帯からして在宅と限らない。……となれば、今見える人に声をかけるのが賢明だろう。ジュリアスはそのようなことを言って返した。


 二人もジュリアスの意見に反対しなかった。

 そうして、出会った村人に話を聞いてみると該当する人物はここでは有名なのか、実にあっさりと現在の所在地を教えて貰えた。


 なんでも別嬪べっぴんさんの彼女は猟師達が狩りをしている最中に出会ったらしく、素手の一発で猪を昏倒こんとうさせるほどの腕前を持つ拳士だとか。


 野性的な勘も鋭く、猟師達はその場でうて村に雇い入れたらしい。

 そして今は村の空き家の一つを住み家にしているとのことだ。


(言っちゃなんだがこんな辺鄙へんぴな村じゃ、そりゃ目立つよなぁ……)


 三人は事情を教えてくれた村人に礼を言って、別れる。

 目指すところは勿論、彼女の住み家だ。早速、三人は向かう。


(元暗殺者とやらが実際に犯人じゃないことを祈るのみだが……)


 村人の話を聞く限りでは可能性は低いように思うが、低いだけで確実ではない。

 すると、思い出したようにディディーがつぶやいた。


「──確か、合言葉がありましたよね?」

「うん、あった。『ネストでは世話になった、礼がしたい』……だったね。どういう

意味かな?」


「さてね。実際、そういう場所があるのかもしれないし、単なる造語で意味などないのかもしれん。どうせ、ただの符丁だしな」


「符丁そのものに意味はない、か……だとしても、だよ? それじゃこれはどういう意味で……いや、どういう用途で使われているんだろうね?」


「符丁としての用途、ねぇ……」

「相手は暗殺者だし、依頼人を確かめる為の合言葉とかじゃ?」

「俺もそんなところだとは思うけどな……」


 ディディーの予想にジュリアスも同調する。


「逆に、相手をだまして警戒するようにうながす符丁だったり、とかは?」


「ああ、去り際にそういう含みのある言葉を言っていたような気もするが……結局、あの女を信用するかどうかさ。仮に騙されたとしても返ってくるのは騙し討ちだろ?それならこちらもそういうことも有り得ると想定していれば、幾らかはになる。致命的に不利になることはないだろうさ」


「それはまぁ、確かに……」


「……あぁ、別に責めてる訳じゃないぜ? 勿論、そういう考え方は大切だからな。意見には多少の相違があっていい。集団として、その方が健全だからな」



*



 ──そうして歩くこと、しばし。一行は目的地に到着した。


 その家は村の中でも中心から離れた、坂を上った小高い場所に建っていた。

 家屋から見える範囲には山林があり、芝生のような雑草の絨毯じゅうたんは土の肌がところどころ虫食いのように見えている。


 しかし、木造りの小さな家周辺は人の手できちんと手入れされているのか、奇麗に土でならされていた。


 一行は家の玄関口まで行くと、代表してジュリアスが薄い木の扉を数度叩く。

 すると、中から女性の声で「誰か」と尋ねる返答があった。


 ……幸先がいい、彼女の後ろ姿を求めて駆けずり回らなくて済む。

 まずこちらから「冒険者のジュリアスである」と嘘偽りなく名乗って、彼女の話を伺いたいと先方に伝える。


「冒険者? ……話というのは、何か?」


 扉を僅かに開けて、こちらを覗き見ながら彼女が言った。


 身長は平均的な成人男性と比べて、やや低い程度。女性の中では高い方だろう。

 短めの黒髪に黒い瞳。噂通りの美人だが、化粧っけは無い。


 臨時とはいえ、狩猟を生業にしているから当然か……

 いや、その割に肌は白く、きめ細やかで──そういえば、暗躍者教団があるというノーライトは元々、極北の小国が始まりだったか。


 ともあれ、彼女の容姿に見惚れるのはここまでだ。

 ジュリアスは気を取り直し、ひとつ咳払いして──


「まず、話の前にこれだけは言っておく……我々は決して怪しい者ではない、冒険者協会に身を置く、れっきとした冒険者だ。その上で、だ。貴方に言伝ことづてがある」


「……言伝?」


「ネストでは世話になった、あの時の礼がしたい。……というような台詞セリフを、我々はから教えてもらったのだが」


「……それで?」


「それにどのような意味があるのか、貴方を訪ねれば分かると聞いたんだ」

「そうか。生憎あいにくだが皆目かいもく見当けんとうもつかないな……他を当たってくれ」


 彼女は扉を閉めようとするが、ジュリアスもそうはさせない。

 素早く足と手を使い、強引にでも対話の窓口を閉ざさせない。


「悪いが、こちらも相応の時間と金をかけて来てるんでな。手ぶらじゃ帰れない」

「……何を追ってるのか知らんが、深追いすると火傷やけどじゃすまないぞ? 最悪、命を失うことだってある」


「やはり、知っているじゃないか。……暗躍者アサシン教団ギルドつながるんだろう?」


「昔の話だ。かなり昔の、な。貴公らは。今の時代には通じない」

「……どういう意味だ?」


「文字通り時代が変わったということだ。今の暗躍者アサシン教団ギルド。ただの一人も、な……それが答えだよ」


「アンタは違うのか?」

「今は違うな。……いや。、か……」


 もういいだろう、と彼女は今度こそ扉を閉めようとする。

 しかし、ジュリアスはまだ退くつもりはなかった。


「──話が通じそうな相手で良かったよ。貴方に相談がある、話の本題に入りたいがここで立ち話も何だ……中に入れては貰えないだろうか?」


「……帰って欲しいんだがな」


「下心のある男じゃないんだ。用が済んだらすぐに帰るよ」

「どうだかな……」


 このままでは埒が明かないと思ったのだろう。扉越しで小さなため息を吐きながら彼女は扉から手を離した。その隙を逃すまいとジュリアスは遠慮なく侵入する。


 その後ろを少し怖気おじけづきながら、ゴートとディディーの二人も続いた。



*****


<続く>


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