これまでと、これからと

第10話「冒険者の理想と現実」


 から手に入れた情報が正しいとするなら世間を騒がせている暗殺者は今、閂の国スフリンクの山村<トーチャ>に潜伏しているという。その村はスフリンクの地図上では北西、西の隣国ラフーロとの緩衝地帯のすぐそば、小山の連なった山中にある。


 いわゆる山間やまあいの村、というやつだろうか? 地図だけでは分からない。

 ちなみにトーチャの東西と南は山々だが北にはほぼ未開発の森林が広がっており、その森林を抜けると大陸の中央を雄大に横断する聖マリーナ山脈にたどり着く。


 そして、その大陸を分断する大山脈を踏破しようものならそこはノーライト──

 百年以上前の戦争で悪名高き大陸一の国家、ノーライトの国土である。



*



 昨日、一行はラフーロより帰還するとまず一日は休みにてる事に決めた。

 多少の疲労もさる事ながら、あんな出会いがあっては気持ちの整理が必要だろうと判断したからだ。それから、もしもの時の為に下調べをした方がいいとも考えた。


 そして、今日──


 ジュリアスは同じ宿に部屋を借りるゴートを伴い、冒険者アドベンチャラー協会ギルドに赴いていた。

 すると、そこには先客がいた。ディディーである。

 掲示板の前で彼の後ろ姿を見かけると、二人は声をかけた。


「よう、ディディー」

「おはよう、ディディー。考える事はみんな一緒だったようだね」


「ああ、おはようっす。いや、一緒っていうか……それもあるんですけど……」


 ディディーはそう言って、壁に設置された掲示板の貼り紙──

 伝票のように針で裏から刺し留められた手書きの手配書に目を戻す。二人もそれにならって掲示板を見た。


 ……内容はどれも似たり寄ったりなもので占められていた。

 乱暴に言えば、期間や場所が違うだけだ。何処其処どこそこへの配達だの農作業や漁港での力仕事だの、見る限りでは冒険者らしい仕事は一つもない。


「昨日、あの子が言った事がね……どうにも気になって、確かめに来たんですよ」




『失礼。しかし、事実でしょう? ごく一部の地域を除けば、この〝理想のアルカディア大陸プレート〟は死の危険とはまるで無縁です。まさに平和そのもので、実際にあるのは小遣い稼ぎのおしごとだけ……それにも関わらず現状に甘んじ、ただの冒険者を果たして冒険者などと呼べるでしょうか? 例え貴方は違うと言い張っても後ろの二人はどうかしら? 彼らの未来に確たる展望があるのですか?』




「……ああ、彼女の冒険者評ね。それが気になってたのか」

「ええ。それで現実はどんなもんかと見に来て──ああ、やっぱりこれは……確かに言われた通りだな、と思った訳です」


「ま、一面だけ見たら反論は出来んよな」


 壁に貼られた仕事は、要はどれもこれも日雇い仕事の延長線上にあるものだ。


 身近な仕事ばかりで専門性はほとんどない。そしてそれは、冒険者本来の役割ではない。これらの仕事はまだ駆け出しの者や手空てすきの際の穴埋めにはよいだろうが……これが本業などでは断じてない。


 このまま話し込むには場所が悪いので、三人は他の利用者の邪魔にならないように壁際へ移動する。


「──確かに、ここで斡旋されている仕事は誰にでも出来る代わりのきくものばかりだ。別に冒険者である必要はない。だけどな、あの女は同時に『この大陸は危険とは無縁』とも言った筈だ。それは冒険者本来の役割、魔孔まこう※注(魔物の発生源)の発見と消滅、及び魔物モンスターの討伐ってのが、公に依頼されるには冒険者の数に対して余りにも少なすぎるって事も意味している。つまり、口を開けて待っていても餌は飛び込んでこないのが実情だ。


「そうだね。整備された街道なんか歩いていても魔孔なんか見つからないし、魔物にしたって当然、そこには現れないだろうしね」


「まぁ、何かが悪さをして突然、魔孔が開いたり、って悪い例も無いとは言い切れないがよ……こいつは余談だがね」


「ああ、そんな事もあったね……」


 それを聞いて、ゴートが苦笑いする。

 そもそもの出会い──いや、ジュリアスとゴートに縁が出来たのはそういう事件が発端だった。


 道端で前後不覚で行き倒れていたジュリアスを当時兵役で田舎の警邏けいらをやらされていたゴートが偶々たまたま見つけ、介抱していたら突然出現した魔物に襲われたのだ。


 そこでなんやかんやあって、流されるままにゴートはジュリアスの弟子ということにされてしまっている。それを羨ましがったディディーも弟子入りを志願したが──

これもなんやかんやあってジュリアスの身元保証人となる条件で受け入れられた。


「いやまぁ……現実的には分かってるんですよ。これは必要なことだって。世の中、何をするにも元手は要ります。具体的には金やら時間やら……魔孔の捜索だって人里離れたところにいって、闇雲に何日も探す訳でしょ? 当然、無駄足に終わることもある。金を稼いで、探しに行って……また金を稼いで、探しに行って。冒険者として上手く立ち回って、それを繰り返し。だから、その体制を長く維持する為に合間にはこういった仕事も必要なんだって」


「そうだ。本業だけじゃ早晩、干上がってしまうからな。そこらの冒険者なんて芽が出る前に廃業しちまうだろうぜ。だからこそ、この国は冒険者を手厚く保護しようとしている。で、その政策の成果が掲示板あそこにあるって訳だ」


 ディディーもうなずいて理解は示している。頭では分かっているのだ、頭では。

 理想だけでは到底、生きていけないことは。


「けど、それとこれとはまた別の話で……なんか夢がないな~、とも思っちゃったりして……」


 そう言って、ディディーは苦笑いする。その気持ちも分からないではない。

 どうしたものか……と、ジュリアスは少々思案して何かを思いついたのか、


「それじゃ逆に、

「……夢のある話?」


「そうさ。ディディーの懸念けねんは見つからなかった場合の話だろ? もしも、そういうことが続けば……って、不安になって将来を悲観するのも分かる。では、見つかったとしたらどうだ? 出来立てじゃない魔孔だ、そこそこの大きさがあって魔物だって数匹いる。……さぁ、どうする?」


「どうするって言われてもなぁ……魔物倒して、それから戦利品を漁って……それで終わりじゃないですか?」


「ふむ。じゃ、魔孔はどうする?」

「……魔孔ですか?」


「そう、その魔孔だよ。原則的に人の足跡があるところに開き、放置すれば際限なく魔物を吐き出すようになる悪性の発生源だ。だが、上手くすれば貴重な資源の採掘場となる可能性も秘めている。過去の世界大戦で古戦場跡の幾つかが大規模な魔孔……所謂いわゆる<大魔孔だいまこう>となってから生まれた近代の価値観だな。冒険者協会に報告して発見したものが有用な魔孔と認められれば、幾らかの報奨金と優先権を獲得出来るぞ」


「……それって、協会に報告しない場合はどうなるの?」


 ゴートが尋ねる。


「どうもこうもない。同業他者に見つかるまでは独占出来るさ。但し、協会への報告は早い者勝ちだ。報告が遅れればそれまで。欲をかきすぎても自滅するって話だな」


「そうなんだ……」


「実際には、状況やら相手との交渉次第で色々と変わるだろうがな。……で、魔孔の発見報酬だが。最低でも銀貨二千枚から三千枚、高額となると金貨二万枚の発見報酬を得た実例があるそうだ。銀貨じゃない。金貨で、だぜ?」


「金貨二万枚は夢物語としても、そこそこのものを発見出来れば銀貨二千枚か……」


「いやぁ、でも何日もかかって二千枚……場合によっちゃ何年もかかって二千枚だとちょっとしょっぱいっていうか、全然元を取れてなくないですか?」


「──そこで、優先権の話が出てくる訳だ」


 冒険者協会に報告して有用とされた魔孔は、協会を通じて国の管理下に置かれる。 


 それ以降、発見者は魔孔の保全など考えずに済むが同時に例え発見者といえど国の許可なくして立ち入りは禁止となる。しかし、冒険者協会に申請すれば一年に一度は必ず、その魔孔で魔物討伐が出来るのだ。


「そうやって、継続的に魔物を退治して戦利品を得る事が出来るって訳だな。何年か経って引退したりしても優先権は有効だ。若い衆を雇って、代わりに狩って貰うのもいい。若者は経験を得て、戦利品は折半だ。いや、契約次第じゃ利用料だって取れるかもしれないんだぜ?」


「そうなんですか……いや、でも……気の長い話というか現実的ではあるけどそれも夢のある話ってのとは、ちょっと違うような……」


「まぁ、ディディーの言う通り、じじくさい話だよな」


 ジュリアスは苦笑する。


「けどよ、今の俺達は引退どころか、駆け出しの冒険者だぜ? 今言った若い衆は、そのまんま俺達の話でもある。つまり、お前らがやる気なら、それ相応のやり方ってもんがあるのさ」


「それ相応のやり方……?」


「応よ。本当は今回の件とはかかわらず、地道にこつこつと信頼重ねて根回しをしていくつもりだったんだけどな。だけど、ぜんどうたらって言葉もある。危険だが、この件を上手く利用すれば一足飛びに成り上がれるかもしれない」


「成り上がれる……か」


 ゴートが呟く。ジュリアスは頷く。そして、二人に尋ねた。


「どうする? 今ならまだ引き返せるぜ?」


 二人は顔を見合わせた。

 少しの沈黙の後、どちらともなく頷いてジュリアスにやる気を見せた。


「……そうか。なら、あの女に強引に貼り付けられたクエストを受けて立ってやろうじゃないか。差し当たっては、まずは情報収集からだな」


 ジュリアスはニヤリと笑った。二人から反論はなかった。

 そして、今度は三人で思い思いに頷いた。




*****


<続く>




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る