第9話「血のアンテドゥーロ」
アンテドゥーロはスカートの
その際、ちゃらちゃらと動いた首飾りを再び衣服の中に仕舞い込むと彼に向かって微笑んだ。そして──
「わたくしと貴方の出会いに、感謝を」
アンテドゥーロは手を差し伸べてくる。
その時、ジュリアスは彼女の手を無視したり払い退ける事も出来たが……やめた。
大人しく黙って手を握る。
「……これはわたくしの直感ですが、貴方とは
「お断りする。悪いが人殺し稼業なんぞ俺には向いてないんでね」
ジュリアスは握手した手をサッと離す。
「……我々はかつて、そのような
「大した開き直りだな。今、世間を騒がせている事件を知らない訳じゃないだろう? 聞くところによると犯人は元暗殺者って噂もある。もしも事実なら、そんなのが村に潜んでいて問題ないとは言えないだろう?」
「いいえ、教団としては問題ありません。先に述べた通り、彼女は既に教団から除名された身。彼女が所属していた過去ならばともかく、今に問題を起こしたとして誰が我々の責任を問えましょうか? それでも問題だと
「それはそうだが──」
「冒険者、なのでしょう? 国から小銭を得て、喜んで使い走りするその日暮らしの何でも屋。告げ口もお手の物ではなくて?」
「……なんだと?」
「失礼。しかし、事実でしょう? ごく一部の地域を除けば、この〝
「それは……」
ジュリアスは言葉に詰まる。
自分の事ならどうとでも言えるが、仲間の事に及ぶと口が重くなる。
二人はまだ駆け出し、経験も覚悟も足りない冒険者以前の見習いだ。
ジュリアス自身、長い目で見て育てるつもりでいるが──すると、今まで沈黙していた二人が相次いで口を開く。
「考えるまでもないよ。冒険者云々はひとまず置いといて、暗殺者の情報が事実なら協会を通じて通報すればいい」
「……だな! 問題があればしょっ引くだろうし、そうじゃなきゃ無罪放免でしょ。それで解決だ」
「連れの二人は楽天的でいらっしゃいますが、貴方はどうかしら?」
水を向けられたジュリアスは神妙な顔つきで話し始める。
「追っている暗殺者が下っ端ならさておき、一流の暗殺者ともなれば、みだりに人を殺したりはしないものだ。そして、暗殺を生業とする者は皆、
「その問いかけには肯定しましょう。……それで?」
「俺の仮定が正しいとするなら、通報してもその初動を抜け目なく察知して暗殺者は逃亡するだけだ。そしてまた、何処かに潜伏する。それでは事態の収拾、事件の解決とはならないだろう。真に解決を試みるなら、国には頼れない。個人でなんとかするしかない。対象と接触出来る可能性があるとするなら、それしか方法はない」
「その通りですわ。我がノーライトの最精鋭ならいざ知らず、スフリンク如き田舎の兵隊に捕まるような元同胞はおりませんの。しかし、なんでも屋の冒険者なら警戒はされど、言葉を交わす機会はあるでしょう。つまり、今この時どうにかしたいのなら貴方がたが交渉しなければなりませんね?」
アンテドゥーロは微笑みかける。
その微笑みはジュリアスではなく、後ろの二人に向けられていた。
「僕達が……」
「暗殺者と対決──いや、説得するのか……?」
──この時、ジュリアスは敢えて口を挟まず、成り行きを見守る事に徹した。
此処がある種の分岐点だろうと思ったからだ。
二人の選択次第で後の運命が決まる。
尻込みして人任せにしたとしても、だ。
尊重し、受け入れて、どうなるにしろ最後まで付き合ってやるつもりだった。
……ゴートとディディーは顔を見合わせていた。
口を開くにはあまりに場が重く、どちらも言葉を紡げずにいた。
弱気になるか、強気に出るか。
先程、食事の席で何気なく呟いた一言が今になって
『結局のところ、俺らは英雄でも何でもない一般人ですからねぇ。……である以上、機密情報ってやつは一切手に入らないわけで。だから、ここであーだこーだと酒の肴にするくらいしか出来ないっていう──』
これまでもこれからも、そのように生きていくのか。
町の一角が世界の全て──そのような
なりたい自分ははたして、どちらなのか。
……その時、ディディーは現実に立ち返ってまごまごとしていた。
しかし、ゴートは違っていた。先に決断したのはゴートだ、
「──分かった。行こう、ジュリアス。ディディーも」
今までの人生を、ゴートは流されるままに生きてきた。
そんな彼が珍しく立ち
冷静になって振り返れば、
「それがお前の選択なら俺は止めはしないよ」
ジュリアスは静かに言った。腹が決まったなら、水を差す事はしない。
彼もまた、ゴートの背中を押した。
「……ええい、いいや! なるようになれだ、俺も行くか……!」
迷いを振り切り、その場の勢いに任せて、ディディーも賛同した。
声を張ったのは内心の不安をごまかしているようにも見えた。
ゴートの蛮勇とディディーの若者らしい血気に
「女性の前で虚勢を張って、取り返しのつかない選択をする男性は後を絶ちません。今回、動機は違っていても性根は同じではないですか? 熱に浮かれて先走っても、いいことはありませんよ?
「お金や名声でも、ましてや使命感でもない……と、思う。やろうと思い立ったからやる。それだけなんだと思います」
──売り言葉に買い言葉で、彼女に対する反発心もなかった訳ではない。
だが、それ以外にも挙げるべき理由は複数あり、
そのどれもが正しく、どれもが決め手に欠けていた。
しかし、根底にある「
そんな子供じみた純真な動機は自分以外には不透明に思えただろう。
事実、ディディーは絶句して引いているように見えた。
アンテドゥーロからも笑みが消えている。
ただ一人、ジュリアスだけが言葉にも態度にも表さないがゴートを肯定した。
……そうして、アンテドゥーロは一つ、ため息を
「それでよろしいのかしら?」
「……
確固たる理由がないなりにも、正直に答えたゴート。
「そちらの方も、それでいいの?」
「俺? 俺は……付き合うと言った以上は、付き合いますよ……!」
一方、ディディーは言葉とは裏腹にまだ吹っ切れていない様子だ。
無理もない、これが普通の反応だろう。
──二人を横目にしながら、ジュリアスが
「義侠心だろうとなかろうと実際に行動に及ぶのなら
「……そもそも、冒険者としての在り方に
アンテドゥーロは反省し、微笑する。
「うふふふ……ですから、せめて不意打ちは避けられるよう、この言葉を貴方たちに送りましょう。『ネストでは世話になった。あの時の礼がしたい』──誰かを仲介して話す時、会話に混ぜるといいですよ」
「何かの
「……これは
アンテドゥーロは三人向かって、再び優雅に一礼する。
「それでは、御機嫌よう。とても有意義な時間でした。貴方がたに
横を通り過ぎようとした彼女に、ジュリアスがぼそりと呟く。
「……それがお前たちの教団が
「いいえ? わたくしたちの共謀者、ですわ」
アンテドゥーロは立ち止まり、
*****
<続く>
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