第8話「アンタは一体、何者だ?」


 三人が食事を終えて、料理店を出る。

 夕刻というほどではないが、太陽は西に傾いていた。


 今の場所からそう離れてはいない、これで見納めになるだろう──ということで、ジュリアスは帰国の前にもう一度<白亜のホワイト王城ケーキ>を見る事を提案し、二人からは特に反対も無く本日最後の観光に繰り出した。


 ──王都カッセル、石畳の街路を王城に向かって歩く。

 片側には美しい景観の街並みが続き、もう片側には河川の水を引き込んで構築した水濠すいごうがある。


 水濠は遠く見える王城と街を繋ぐ大きな石橋※(閂の国スフリンクより流れてきた土精人ドワーフたちの職人仕事らしい)をも越え、水流は再び河川と合流している。


 行き交う人々は旅の者も含めてごった返すほどではないにしろ、まだまだ多く……大国の訴求力そきゅうりょくとはこういうものであると見せつけられた気がした。


 そんな中、彼らの前方に一際ひときわ目立つ派手な色遣いの装束をまとった少女が見えた。

 二、三歩後ろには従者──いや、この国の兵士か。兵隊の制服に制帽を被った者が二名、付いて回っている。


「……なんだありゃ? 何処ぞの貴族か、お姫様かね」

「どうかなぁ? でも、見る限りじゃそう見えるような……?」

「何かあってもいけないし、端に寄っておこうよ」


 間の悪いことに、このままでは進路がかち合ってしまう。 

 そこで、三人は穏便に道を譲ることにした。


「……だな。面倒事になって金でも請求されたら敵わん」

「いや、それは貴族じゃなくてだから……」


 ゴートが呆れながらつっこむが──ともあれ、横一列から縦長の列になる。

 向こうは変わらずこちらの方に向かって、まっすぐ歩いてきている。

 すぐにすれ違うだろう──先頭のジュリアスは何の気なしにその少女を観察した。


 背丈は小柄で容貌は十代半ば、見かけだけならゴート達と同世代だろう。

 しかし、そんな若さを台無しにするように厚ぼったく頬紅ほおべにをさして、唇も真っ赤に塗っている。


 大人っぽく見せようと、背伸びでもしているのだろうか……?

 いやしかし、彼女がかもし出している雰囲気は化粧のせいなのか、等身大で年相応という感じはしない。自然体で堂々としているからか……?


「──御機嫌ごきげんよう。魔術師さん」

「うん? ああ、御機嫌よう」


 ……まぁ、挨拶くらいすることもあるか。

 ジュリアスは間の抜けた顔をしながら、挨拶を返す。


 間近の少女からきつい香水の匂いがしており、ぎなれていないジュリアスは顔をしかめないように努力する。少女が足を止めたので彼から歩き出そうとしたが、


「わたくしはアンテドゥーロです。魔術師さん、貴方は?」

「……ジュリアスだ」


「ジュリアス……知らない名前に、見ない顔ですね」

「当然だな。俺達はまだ駆け出しで、売り出してすらないからな」


 そう言って、自嘲じちょう気味に笑う。

 すると、アンテドゥーロは値踏みするように後ろの二人にも目を向ける。


「……彼らは貴方のかしら?」

「仲間さ。冒険者のな」


「まぁ、冒険者! この国の人ではないでしょう? わざわざ遠いところから?」


 大仰に演技するように、胸元で両手を合わせながらアンテドゥーロは言った。

 そんな彼女をジュリアスは少し冷めた目で見ながら、


「……隣国スフリンクからだ。そこまで遠いってほどでもない」


「そうですか。それにしても冒険者……少し見立てが外れました。そのような目立つ恰好をしているからわたくしはてっきり魔術師か、魔術をたしなとばかり……」


 そして、少女は意味深長にくすくすと笑う。

 そこで何かに感付いて、ジュリアスはお付きの兵士の様子を見た。

 彼らは護衛ではない。少女を見る目は冷めている、というより……


(警戒している……?)


「やはり神のおぼしには従うべきですね。こうして、他国の冒険者に偶然出会えるなんて……軟禁中にもかかわらず無理を言って外出した甲斐がありました」


「……神の思し召しだ?」


「貴方は魔術師とお見受けしたのですが、ご存知ありませんでしたか? 〝御託宣〟インスピレーションという神聖魔法ですが」


「そのくらいは知ってるよ。だがな、その術は術者が能動的にたずねるもので──」


 一日に一度、術者は信仰する神に対して質問が出来る。

 多くは答えが返ってこないもののまれに聞き届けられて真実を得られることもある。

 その術の名を〝御託宣〟インスピレーションといった。


 神を信仰し、神の奇跡を模倣もほうする神聖魔法……その一つである。


「うふふふ、啓示とは一方的にくだることもあるのですよ? 信心深い者にはたまに神の声が聞こえることがあるのです」


「……まぁ、神様を否定するつもりはねぇさ」


 相手が相手だ。ジュリアスは刺激しないよう、言葉を選んだ。

 確証はないが彼女の言動から察するにどこかの神の神官か、信者らしい。


(如何いかに姿が美少女だろうが、危なっかしいやつとお近づきになりたくねぇしな……)


 彼女らとのやりとりを穏便に済ませて足早に立ち去りたいというのがジュリアスの偽らざる本音だった。なんとか会話を打ち切りたいところだが……


「それにしても、貴方は本当にただの魔術師……いえ、冒険者なのですか? 生物でありながら大自然のごとき魔力の波動。だけど、自然の化身である精霊のような我々を圧倒する荒々しさはなく、まるで清流、清風のような──」


「何者か探られるのは好きじゃないんでね。それに一応、俺も冒険者なんでな、」

「誰かを探るのも冒険者の仕事のうち、でしたか。失礼いたしました」


 ……得体のしれない少女だ。

 ジュリアスは記憶をたどってみるが、こんな派手な出で立ちの神官だか信者だかの話を聞いたことがない。


「それでアンテドゥーロさんよ……アンタは一体、何者だ? 俺たちを呼び止めて、何か用でもあるのかよ?」


「うふふふ……気配を自然に同化させる魔術師は珍しいかもしれないけれど、職種が変わればまた違うもの。貴方にごく近い雰囲気を持つ知り合いが、わたくしにも昔はたくさんいましたの」


「……それがってやつか?」


「そうですわ。


 少女は声音も変えず、微笑んでいた。

 感情的ではなく、かといって無感情というほどでもない。

 理由は、すぐに分かった。彼女自身が口にした。


「でも、哀しい事ではないのですよ? 何故なら──」


 彼女は首飾りをしていた。

 服の中に沈み込んだそれを引き上げるとジュリアスに誇示するように見せつける。


 ──それはではない。

 真新しい金属の二匹の蛇が互いの尾を食い合い、円環をす装飾がほどこされていた首飾り。これ以上ない彼女の身分証であった。


「人間は、生き返る事が出来るのですから」

「何……?」


 最初は聞き違いかと思ったが、どうやら違うらしい。ジュリアスはいぶかしむ。


 この世に存在する魔法で人を蘇生させる奥義、神の奇跡の模倣もほうは確かに実在する。

 その神聖魔法は人々にもよく知られている。


 だが、それを実現させるには厳しい時間制限があり、神殿という名の魔力の増幅器が必要であり、尚且つ術者も相応に高い実力を持つ人間でなければならず、高司祭か大神官でなければ試みるだけ無駄だろう。


 〝蘇生〟リザレクションという神聖魔法はそれほどまでに難易度が高いのだ。

 他の手段──秘術もないことはないが、修得は〝蘇生〟リザレクションなどよりはるかに難しく……


「わたくしは、ノーライトの暗躍者アサシン教団ギルドでは侍祭じさいを務めておりますの。本名フルネームをチノ=アンテドゥーロと申します。あらためまして──以後、お見知りおきを」


 アンテドゥーロはスカートのすそまみ、仰々ぎょうぎょうしく礼をした。




*****


<続く>


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る