第7話「違和感」


 ──あの女性騎士と会話してからというもの、ジュリアスの頭には疑問が生まれて仕方なかった。

 何処か落ち着いた場所で考えを整理したいところだが何日かまたいだ仕事を片付けてこれから観光でもしようかという矢先である。


 折角の浮かれ気分に水を差すのも悪いだろう。

 余計な推理は一旦封印し、気を取り直して二人の後ろをついてゆく事にする。


 三人は表通りの商店街を歩いていた。ゴートとディディーの二人はキョロキョロと見回しながら雑談を交わしている。


 ジュリアスは二人の雑談には積極的に参加せず、偶に相槌を打つ程度。

 一歩下がって、街と人の様子を観察する事に終始している。周りの人々から見れば一行は旅人か、初めて王都にやってきた田舎者にしか見えていないだろう。


 雑貨屋、本屋、最後は有名な王城を水濠すいごう沿ってぐるりと一回りした後、そろそろ一休みしようと近くにあった古めかしくも庶民的な料理店に入店した。


 時間は昼時もとうに過ぎた頃だが店内は三々五々、思い思いに料理や会話を楽しむ客らで賑わっている。


 三人は奥の円卓に案内され、揃って腰を落ち着けると先程までの空腹感に混じって疲労感も表に出てきた。空席に今日の成果である手荷物──購入した書籍(旅行記や物語等)やら雑貨(石鹸や布巾など日用品、肌着など)やらの入ったそれぞれの紙袋を置き、ぼちぼち引き上げる算段をする。


「……それじゃ、今日のところは飯食ったら仕舞しまいにしますか」

「俺に異論はないな。ゴートは?」

 

 外した黒い外套マントを荷物の上に被せながら、ジュリアスはゴートに聞く。


「僕もそれでいいと思うよ」


 その後、店員を呼び止めて料理を注文すると、本日歩き回った場所の感想を改めて言い合う。だが、会話をするのはゴートとディディーの二人でジュリアスはほとんど話に乗ってこなかった。


「そういや、ジュリアスさん」


「ん、ああ。……なんだ?」

「何か色々と考え込んでるみたいですけど、やっぱり事件のことですか?」

「そう見えるか?」


「あの騎士の人と話してから、ずっとその調子だからね」

「そうか。別に隠すようなことじゃないし、個人的に気になってるだけだからな」

「……気になってるって、どういうところがですか?」


 興味津々と言った感じでディディーが食いつく。

 控え目だが、ゴートもジュリアスの言葉を待っていた。

 ジュリアスは嘆息をくと、


「まぁ、別に大した話でもないんだが。東の隣国ギアリングで事件が起こって検問する。これは分かる。で、西の隣国ラフーロでも事件から警戒して検問をする。やや過剰反応な気もするが気持ちは分からんでもない。しかしだ、我が国は未だにそんなような事をする素振りすら見せていない訳だ。妙な話だな、と引っ掛かってよ」


「いやぁ、検問自体はウチでもやってたでしょ? 余所ほど大掛かりじゃないけど。それに検問を素通り出来たのも俺らが国民だからって話じゃないですかね? 素性が分かっているから、わざわざ捕まえて調べるほどでもないっていう」


「いや、その理屈はおかしいんじゃないかな。事件が事件だし、誰が内通してるかは分からないんだから。やるとなれば、そこは平等に調べるはずだよ」


「ゴートの言う通りだ。捜査に忖度そんたくなんて有り得ないからな、やるとなればきっちりやるよ。分け隔てなく調べる筈だ……それで、話を戻して隣国とスフリンクとの事件に対する妙な温度差なんだが。現状、犯人と思われるやからと情報提供者の存在は知られている。両国ともなんてぼかしてはいたがな。多分、我が国も情報源は同じだろう」


「情報提供は暗躍者アサシン教団ギルドで、犯人はその暗殺者アサシン……だね」


「──そう。断片的な情報を組み合わせたら、そうなるな。付け加えるなら破門だかなんだかで離反した元暗殺者アサシン、だが。それでここからは俺の推察だが、情報提供者は三国とも同じなはずだが配られた情報カードは平等ではないんじゃないかと疑ってる。ようするにどっかで意図的に抜かれている、と。そうじゃなきゃ三国の足並みが揃わないのは説明がつかない」


「うーん……辻褄は合う気はするけど、意図が分からないなぁ……」


 ゴートが呟く。ディディーも言葉には出さないが、同じ気持ちのようだ。


「安っぽい言葉だが、ここから陰謀を巡らすとすると、だ……どうしたもんかね?」


 ──生来、頭を使うのは得意な方ではない。

 ジュリアスはお手上げといった感じで両腕を上げ、頭で組んだ。


「掻き回す側の目的が分からないからなぁ……」


 ゴートのつぶやきを聞いて、ジュリアスがぼやく。


「目的か。目的ねぇ……アサシンだから安直に暗殺ってんなら、こうして騒ぎにする意味がないからな。それなら、騒ぎを起こすことに意味があると考えるべきだろう。では、騒ぎを起こして何になるかだが……」


「うーん……そういうのって途中経過をはぶいちまえば、最終的に国家転覆こっかてんぷくってやつに行き着くんじゃないですかね?」


「国家転覆かぁ……最終目的が国家転覆、その前段階としてラフーロ、スフリンク、ギアリングの三国同盟関係にを入れようとしているってのが今起こっていることなのかもしれない、か? 仕掛けられてる国はギアリングなのか、それとも──」


 物語ではありきたりな筋書きだが、ありきたりだけに矛盾も少ない。

 仕掛ける側の意図だって分かり易い。問題は目標達成までの道のりが迂遠うえんすぎて、果たして現実的なのかどうか凡人にはいまいちよく分からないところだが。


「しかし、あまり納得いかないんだよな。俺達みたいな素人が普通に思いつくことが城に詰めている学士連中に見抜けないはずがない……受ける側も仕掛ける側もそんな単純なはかりごとで済ませる訳はないんだ、そこがどうにも引っ掛かる」


「それはまぁ、確かに……」


「こういう場合、仕掛ける側は何か突拍子もない手札を隠し持っているか使ってくる気がしてな。正攻法じゃなく、こう……盤上をひっくり返すような──」


「どっちかっていうと、それは奥の手というか最後の手段じゃない? 死なば諸共もろとも、というのは」


「それもそうか。追い詰められて進退きわまるまで勝負の席は立たないか……」


 ──はかりごといて相手が手筈てはずを整えて繰り出す一手は必ず致命傷に成り得る。

 それに例外はない。仕掛ける側は相手を注視しながら慎重に駒を進め、受ける側は上手く事を運ばせないようにするのが定石だ。


 ジュリアスの懸念けねんは盤外の一手が王手チェックの次、詰みチェックメイトに使われるのではないか、というものだったが、ゴートの指摘により考えを改めた。そして、ため息を吐いた。


「駄目だな。やっぱり俺には考える職は向かないな……」


「というより、今の時点じゃ憶測で話すことが多すぎるよ。情報が少なすぎるから、どうしたって行き詰まる」


「結局のところ、俺らは英雄でも何でもない一般人ですからねぇ。……である以上、機密情報ってやつは一切手に入らないわけで。だから、ここであーだこーだと酒のさかなにするくらいしか出来ないっていう。いや、日の高いうちから酒は飲めないっすけどね」


 冗談っぽく言って笑うディディーに、ジュリアスも同意した。


「そうだな……そんなものかもしれんな……」


 そして、何気なくつぶやいたディディーの自虐に改めて気付かされる。


(俺は冒険者として、こいつらとゆっくり着実に歩んでいくと決めたはずだ……それなのに自分から騒ぎに巻き込まれにいってどうするって話だ……)


 ジュリアスは思い直し、自らの勘違いを正した。

 気持ちの整理がついたところで見計らったかのように頼んだ料理の第一陣が来る。

 ──仕切り直すにはちょうどいいじゃないか。ジュリアスは小さく笑った。




*****


<続く>


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