第6話「西の隣国」


 閂の国スフリンク、東の隣国がギアリングなら西にはラフーロという国がある。


 国土の大半が農耕に理想的な平原で水源も豊富。

 広大で肥沃な土地は余さず開墾され、大規模な穀倉地帯になっていた。


 それもあって古くから近隣の食糧事情の安定に寄与している。

 まさしく<豊穣の国>とうたわれる大国である。


 あの後、東の隣国ギアリングからスフリンクへ戻った一行は商品である農具を満載した荷車を依頼主である商店に届けると、その日は現地解散。


 翌日に依頼主が検品後──つまりは翌々日。

 特に問題がなければ引き続き、商品である農具を西の隣国ラフーロへ輸送する手筈てはずになっていた。


「今日の仕事は気楽でいいよな。帰りは俺のが使えるからな」

「……相変わらず、どういう理屈で跳べるのか分からんないっすけどね」


「別になんだっていいじゃねぇか。魔道駅と同じ。魔法道具マジックアイテムなんてそれくらい適当アバウトでいいんだよ」


 ジュリアスが上機嫌で笑っている。

 三人が押している荷車には結構な量の物品が積み込まれ、保護の為に帆布はんぷを被せていた。その上に水袋や手拭てぬぐいや──各々おのおの三人の私物が置かれている。


 荷車は振動する度に騒がしい音を立てながら、スフリンク西端の魔道駅から間道を進む。その後、スフリンク国内を東西に大横断する〝陽だまりの街道〟に合流した。 


 ──昔、スフリンクの船乗りにわれて南の大陸から海を渡ってやってきたという土精人ドワーフらと協力して作り上げた恐ろしく立派な大街道である。一昨日、ギアリングに向かう時に通ったのも実はこの街道だった。


 三人はそんな大街道を進み、国境へ向かっていった。



*



 ……そして現在。


 三人はラフーロの魔道駅を経由して王都カッセルまでやってきている。

 案内通りなら魔道駅から出て大通りに向かい、少し歩くと<白亜のホワイト王城ケーキ>が遠くに望めるのだが──


「ここでも検問かよ……」


 ラフーロの魔道駅建屋の出入口から出るなり、げんなりとした様子でジュリアスがつぶやいた。ギアリングでも遭遇した光景だが、人の多さが段違いだった。どうやら駅前広場の出入口で検問しているらしく、出入りが制限されて過密状態になっているのだ。


 ラフーロは豊かな国であり何もかも一回り、或いは二回りほどスフリンクに比べて規模が違う。旅客の到着で一時的に人口密度が膨れたため、王都の魔道駅駅前広場はうんざりするほどの混雑ぶりだった。


「いやぁ、込み入ってますな……」

「これは人が引けるまで時間がかかるね……」


 思わず苦笑するディディーに、淡々と同意するゴート。


 ……愚痴愚痴ぐちぐち言っていても仕方ない。

 人の流れを邪魔しないところで少し様子を見た後、出入口近くの列に並び、適当に喋りながら時間を潰す。


 しかし、意外にも列の進みは早くそんなに待たずに済みそうだった。

 会話は納品してからの行動をどうするか、という話になり──


「まぁ、この場で報酬がもらえる訳じゃないから豪遊は出来ないけどよ。折角だから何処ぞで飯食って帰りたい気分だよな」


「確かに。ゴートには悪いけど、パンが美味いんだよね。ラフーロってさ」


「そりゃ、粉からして違うからね。ラフーロではスフリンクの一等品と同等のものが大量に、安価で出回ってる。だから、何処の店でも使えて一定の味は保証されてる。一方、スフリンクの一等品は味こそラフーロの粉に負けてないけど粉自体の収穫量に差がありすぎてね……じゃ、輸入すればいいと思うかもしれないけど余所の国の物は税がかかるから割高になる……」


「自国の農業は保護しなきゃならんからなぁ。他国の良質な物が自国の物より安価で大量に手に入るとなれば、市場は崩壊するしな。そうなれば、短期的にも長期的にも良くはない。国にしろパン屋にしろ買うやつにしろ、どの言い分も分かるのがつらいところだ」


「まぁね。父さんもぼやいちゃいるけど、仕方ないと割り切ってるし」

「……あ。粉って俺達が此処で買って帰る分には安く済むんじゃね?」


 名案のようにディディーが呟くが、ゴートは苦笑いをして否定する。


「それはそうだけど、持ち帰る手間を考えるとね。一袋も結構な重さだし、計画的に大量に買い付けるとなれば、それこそ税を納める羽目になるし」


「あー……それもそうか。この荷車も借り物だしなぁ」


「……というか、荷車はここに置いて帰ると出発前に先方にも確認を取っただろ? でなけりゃ、俺たちが観光するような自由時間なんて取れないんだから」


「あー……それもそうでした」


 ──と、ふと気づいてディディーが尋ねる。


「そういや、今日は転移てんいの魔石で帰るのになんで一昨日おとといは使わなかったんです?」

「なんでって、そりゃあ──いや、なんでだと思うよ?」


 ジュリアスはニヤリと笑って、逆に聞き返す。


「……持っていくの忘れたとか?」

「惜しいな。そういう理由がある時もあるが、今回はそれはだ」

「それじゃ、荷車を持っていけないとかその辺りかな」


「正解。正確には荷車を持っていけないってんじゃなく、転移の制限内に収まらないから、だな。だから、どんなに持っていきたくともそれ以上持っていけない。転移による長距離跳躍ロングジャンプで超過せずに跳べる範囲はせいぜい人間2~3人分だな。それ以上は跳べないか、その場に置いてきてしまうと思って間違いない」


「今回みたいに大量に何かを輸送するには向いてないんだね」


「そうだな。そういう役割は転移石ではなく転送陣が行う。魔道駅のな。流石にあれほど大量に、という訳にはいかないが……だから、国は利便性を考慮して国内に魔道駅を整備する訳だな」


「転移にも意外な弱点があるんすね……」


「まぁな。ちなみに、転移もお前らが思っているほど使い勝手がいい訳でもないぞ? 基本的には一度行った場所じゃなきゃ跳べないし、跳ぶにしても、その景観を記憶に焼きつけなきゃならない。面倒だからって、マーキングして──いや、目印を置いて代用する方法もあるが、その目印がどっかにいってしまってるとか、紛失してしまうと……それでもう駄目だ。おしまいだよ」


「それ、何処に跳ぶんすか……?」


。転移にしろ転送にしろ、点と点が正しく結ばれないと跳べないようになってる。魔術師の中には得体のしれない世界の狭間はざまに吹っ飛ばされるっていう言説を唱える奴もいるけど、それはただの迷信だから。多分だけどな」




「──君達」


 すると、三人の会話に誰かが割って入ってくる。女性の声だった。


 そちらを振り向くと、明るい色の礼服に金属製の胸当てを付けた薄化粧の女性──三人よりも少し年上だろうか。腰には長剣を帯びており、所作しょさや雰囲気からこの国の正騎士だろうとうかがい知れた。


 古風で質実剛健なギアリングや港湾という土地柄から荒っぽく男社会なスフリンクに対し、ラフーロでは女性騎士という存在は珍しくないのである。


「……なんでしょうか?」


 三人を代表して、ジュリアスが受け答える。


「いや、すまない。転移がどうとか聞こえたものでね。不躾ぶしつけで悪いがどういう事か、聞かせて貰えないかな?」


「よろしいですよ、です。これは父の形見でしてね──」


 ジュリアスがこんな時の為に前もって用意したを言いながら、ごそごそと腰の革帯ベルトげた革袋より魔石を取り出してみせる。


「……とまぁ、転移石です。といっても、未熟というか完全ではなくてですね、私のような魔術師にしか扱えませんが。おまけに御覧なさい、実に不恰好でしょう?」


 握り締めれば手からはみ出すほどの大きさの、濃い緑色の魔石だった。

 魔石内には大小幾つかの気泡があり、お世辞にも出来がいいようには見えない。


 それは売り物だとすれば有り得ないような代物だった。

 魔術の知識などなくとも、これが正規の工房で造られたものではないことが一目で分かる。


「あぁ、協力有り難う……君達は、鉄の国ギアリングからやってきたのかな?」


「いえ、我々は閂の国スフリンクの人間です。商品の方は鉄の国ギアリングから輸送して参りましたがね。なんなら今、商品をあらためますか?」


 閂の国スフリンク冒険者アドベンチャラー協会ギルド発行の仕事票を見せながら、ジュリアスは申し出た。


「いや、いい。人の仕事を奪う訳にはいかないからな」


「それは残念、待つ手間が省けるかと思いましたのに。しかし、物々しい事ですね。ギアリングじゃなんでも殺人事件がどうとか騒ぎになってましたが、こちらでも似たような事があったんで?」


「あぁ、その殺人事件に関連してのことさ。現在、我が国で何かあった訳ではないがこれから起こるかもしれないとから情報提供があってね。この検問はいわば、その予防措置という訳さ」


「あぁ、然様さようでございますか。しかし──」


 ふと、ジュリアスが考え込むような仕草を見せる。


「……何かな?」


「いえね……当事者のギアリングと、その情報だとかのせいで騒ぎになるラフーロはともかく、その間にあるスフリンクは今日も平和なもの……まるで他人事ひとごとのような、いや──(無関心って訳じゃないな、冒険者アドベンチャラー協会ギルドも情報を集めようとしていた)この両国の温度差、ひょっとして事件は起こっているってことでしょうかね?」


「さぁ、それは何ともがたいが……それが事実なら妙な話ではあると思うよ。君がそう考えるのも、もっともだと思う。私はね」


 話し込んでいるうちに列が進んでしまっていた。二人とはちょっと離れてしまっている。この正騎士からもう少し情報を聞き出したいところだが──


「いや、引き留めてすまなかったね。改めて、協力有り難う」

「いえ、こちらこそ。では、失礼します」


 ジュリアスは一言断って、列に戻る。

 今の会話で得た情報から何か釈然としないものを感じながら──




*****


<続く>


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