第5話「<鉄の国>ギアリング」
──それから三人は国と国との緩衝地帯を抜け、
魔道駅前の広場や駅舎内は以前に聞いた事件の影響なのか、普段はいないであろう人数の同国兵士が常駐して警備しており、訪れた人々を時折呼び止めては協力を要請していた。
ジュリアス達も例外ではなく広場で捕まり、兵士らに目的などを軽く質問されるが
その後、一行は駅員から切符を購入するが今回は持ち物に荷車があるので駅舎内で過ごす訳にいかず──結局、駅舎の隣に併設された転送陣のある建屋内で発動時刻を待つことにする。
外と直接繋がる建屋の出入り口は広く、馬車二台が並列で進入しながら人も出入りできるほどの余裕がある。それは横幅だけでなく縦、即ち天井までも当然高い。
一方で建屋内部には余計な構造物はなく、精々が長椅子──それが等間隔で壁際に並んでいるだけ。
中央には石畳に刻まれた特殊な呪紋の魔法陣、いわゆる転送陣があった。
転送陣の大きさは駅によって大・中・小とまちまちだが、この駅のものは大型ではないが小型でもない。水晶玉のような魔石が円陣の外周部に三か所、周囲より
転送石の数からして、それは一度に二百人から三百人近くの人間を転送できる程度の標準的なものであった。
「……おっ、時計盤だ! 珍しいな!」
「ホントだ、砂時計じゃない」
スフリンクの魔道駅では時間は原則、砂時計で計っている。
ギアリングは少し進んでいて、どうやら壁時計で管理しているようだ。
その動力は魔力か、或いは水力などかもしれない。
……ちなみに転送陣の発動時刻は日によって違い、規則正しくはない。
その日の始発は日の出から始まり、日の入り前に終発となるからである。
また、転送の間隔は約一時間周期で自動的に発動する。
発動の前兆は転送陣の発光具合により一目で分かる為、旅客は駅員の案内に従って速やかな移動が可能だ。
建屋内にある壁時計の下には掲示板が置かれており、本日の発動推定時刻が貼り紙で掲示されていた。尚、転送陣は発動五分前まで
「今日は53分ってことは、あと12分だな」
*
そうして、やってきたギアリングの王都ラング──
ジュリアスを始め、ゴートも、ディディーも、この国に訪れるのは初めてだった。
駅員とのやり取りを済ませて魔道駅建屋から出ると三人は早速、目録にある住所を目指して歩き出す。
手渡された目録によれば、訪問する鍛冶屋は四軒──
三人は事前に列の最後尾に回って駅員に道順を尋ね、訪問する順序に対して助言をしてもらっている。ぬかりはない。
三人は歩きながら、まずは初めての他国の王都を見回していた。
「ふむ……」
<鉄の国>ギアリング……その第一印象は意外にも大人しい国だった。
店も家屋も石造りが多く、半ば必然的に寒色系で揃えられていた。硬質な町並みは成熟した雰囲気を醸し出しているように思える。例えるなら、寡黙な職人の国とでもいうべきだろうか?
「いや、なんていうか、鉄の国っていうよりまるで石の国だな。木造より石材使った建物の方が多いんじゃないか?」
「今でこそギアリングは鉄の国で有名だけど、それ以前は質のいい石材が採れていたことで有名だったよ」
「そうそう。製鉄技術と合わせて鉄の国って呼ばれるようになった感じ」
「へぇ。なるほどねぇ……」
二人の解説を聞きながら、ジュリアスは尚も周囲を見回していた。
普段のスフリンクは色鮮やかな港町で活気がある。
「それにしても、なんかこう……地味な町だな」
「……派手ではないね」
「寂れてるって訳じゃないっぽいんだけどなぁ……同じ王都でも二倍だか三倍くらい大きさ違うはずだし」
「でかいってだけじゃ一概に繁栄しているとも言えないが……でも、文化水準的にはギアリングの方が上らしいな」
「……技術はともかく、文化もですかね?」
「俺はそう聞いたな。さっきだって、駅に時計盤とかあったしな」
「うーん……他国の人が見てそう言うなら、そうなのかな……」
しかし、言葉とは裏腹にディディーは承服しかねている。
ゴートは雑談する二人にしびれを切らしたのか、
「まぁ、だらだらしてるのもなんだし、そろそろ急ごうか? 訪ねる店は街の一画に集まってるとはいえ、もたもたしてると今日中に帰れなくなっちゃうよ?」
「ああ、そいつは問題だな。んじゃ、行くとするか」
三人の中で最も方向感覚に
一件、また一件と回る
──その途中、武具を取り扱っている鍛冶屋もあった。
そこで剣の売値を見たり、粗悪品の見分け方を教えて貰ったり、主の厚意で実際に素振りなど手触りを確かめさせて貰ったりもした。
結局、二人はそこで購入せず、まずは情報だけを仕入れて帰途につく事にする。
*
真昼を一時間ほど過ぎた頃に訪問作業は終わり、三人は近場の店でさっさと食事を済ませると魔道駅に向かった。
早速、駅前の広場で呼び止められた兵士達から荷車の荷物が何であるか聞かれる。
荷物検査を受ける必要があり、それに粛々と協力していると現場に居合わせた彼らの監督役に見つかった。
──年齢は
由緒正しい礼服に、腰には
「……
ジュリアスと二人の若者を見比べながら、温和に尋ねてきた。
一見、人目を引く格好しているジュリアスに興味を抱いた風であるが……
「いやぁ、我々はただの駆け出し冒険者で、わたくしはジュリアスと申します。
それを受け取り、内容を改めながら正騎士は答えようとしている。
ゴートとディディーの二人はジュリアスの豹変に思わず顔を見合わせ、とりあえず成り行きを見守ることに決めた。
「いいや、今は非常時でね。巡り合わせが悪かったな……少し面倒な事件があって、非常線を張っている最中なのだよ」
「……ほう? 事件ですか?」
ジュリアスが素知らぬ顔で尋ねる。正騎士が仕事票を彼に返しながら、
「そう、事件だ。連続性のある事件で二件目。刃物を使用しての殺人事件だよ」
これ見よがしに積み荷に視線を落としながら、正騎士がつぶやく。
しかし、ジュリアスは意に介さず、
「はぁぁ……それは、なんとまぁ。ご苦労様です」
「その様子だとスフリンクは平和なようだな。羨ましい限りだ」
「いやぁ、盛り場での喧嘩はしょっちゅうですがね。んまぁ、殺人となるほど物騒な事件は最近は聞いてませんがね。ところで、肝心の犯人の目星はついているので?」
「いや、犯人はおろか犯行の目撃者もいない。だが、さる筋から犯人に繋がる有力な情報は得ている。我々もただ手をこまねいている訳ではないよ」
「
ジュリアスはそう言って、正騎士に笑いかける。
正騎士も小さく笑って
ちょうど兵士による荷物検査も終わった。
ジュリアスは「では」と一言断って、二人と広場から駅の方へ立ち去っていく。
正騎士は何か思うのか、ジュリアスの後ろ姿をしばらく追っていた。
「──ボスマン様。あの魔術師風の男が何か?」
部下の一人がさり気なく彼に近付くと、視線の真意を確かめる。
今ならまだ、あの者達の拘束も間に合う……が。
「いや、何処ぞの密偵かと思ったが、違うな。言う通り、冒険者ではあるのだろう。仕事票も正規のものだったしな……ただ、駆け出しというには貫禄がありすぎたのが少々気に食わないが」
「
「だが、魔術師を
「それならまだ隣国の内偵調査と考える方が自然でしょうね……それに、賊の拠点がスフリンクにあるらしい、と我々は知っていますが──当然、それが見抜かれている可能性も考慮しているはずです。そんな中、わざわざ不利になるよう印象付けるのは得策とは思えません」
「……だな。記憶はしても、注目するほどではあるまい。それよりは今ものうのうと王城にいる本物の教団員──を、注視するべきだろうな」
「そうですね。もっとも、王城には宮廷魔術師殿が詰めてますから下手な工作は出来ないと思いますが……」
ギアリングの王城には今、はるばるノーライトから
国内で起きた連続殺人事件の犯人がギルドの元暗殺者であると伝えてきたのが彼女だ。現場検証と解説された手法の一致具合から実際に立ち会っていた者達も得心したというので、それは間違いない。しかし──
(どうにも
*****
<続く>
・「時間について」
「(作中では世界の基礎知識なので省いていますが、一分と一時間という単位は周知されています。また一日は約24時間であることも知られており※(しかし、日常生活で時刻の指定は稀)、一年は365日という設定です)」
※(追記)12/9
「(作中では転送陣の発動5分前まで乗り込み禁止とありますが、それは人間が対象で馬車など乗客より大型のものはその前に先入れします※荷車なども含む)」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます