魔術師と剣のひらめき

第4話「東の隣国へ」

　──それから三日後。

　ジュリアスら新米冒険者一行は閂の国（スフリンク）の東の隣国ギアリングを目指していた。

*

『……剣が欲しい、だって?』

『そっす。これまでの仕事で結構貯金があるし、ぼちぼち愛剣欲しいな、と』

『……ゴートもか?』

『うん。いつまでも丸腰って訳にはいかないしね……それに剣の稽古といったって、木剣じゃ変な癖がついちゃう可能性もある。素振りにしたって、ね』

『まぁ、一理あるか……借金じゃないなら、仲間としても反対する理由は特にない。ただ、この国で質の良い物を手に入れるつもりならどうしたって輸入品になるから、割高になるぞ』

『うっ……』

『それはまぁ……確かに……』

『しょうがないな。追加の金策が必要だな』

　……そうして、冒険者（アドベンチャラー）協会（ギルド）に相談に行くとちょうどいい具合に農具の配達依頼があったのだ。

　仕事の内容はまずギアリングの鍛冶屋を回って商品を受け取り、それを商店に持ち帰って検品した後、西の隣国（ラフーロ）の支店へ輸送するというもの。

　一人頭、銀貨百枚の仕事である。

　また、ギアリングで起きた過日の事件に関して有力な情報を提供すれば銀貨十枚の上乗せがあるとも約束してくれた。

　……さて、そのギアリングだが一般には<鉄の国>という別称でも知られている。

　この国の山地からは様々な鉱物や天然資源が採れるが、中でも良質なのが鉄だ。

　それに伴って、製鉄技術も他国より秀でてていた。

　直近で物騒な事件が起きていなければ、今回の依頼は渡りに船だったのだが──

(ま、その物騒な事件の御蔭で仕事が回ってきたと考えるかね)

*

　──そして、当日。

　 一行は早朝、依頼主の商店からあちらで巡（めぐ）る鍛冶屋の目録（リスト）と荷車を借り受けるといくつか確認事項をやり取りし、依頼を正式に受諾。スフリンクを出発する。

　まずはこの国（スフリンク）の東地区にある魔道駅の転送陣を利用し、王都から東の国境近辺まで長距離跳躍（ロングジャンプ）。その後は均（なら）された土の道を徒歩で進みながら間道から街道へ、街道から国境を目指す。

　──予行演習と称して一人が荷車を引きながら、一人が荷台の上に乗る。

　代わる代わる引き手を交代しながら、ギアリングの魔道駅へ順調に進んでいた。

「ん～。ダメだぁ」

　……その道程の最中（さなか）、荷台の方でディディーが嘆いていた。

　ジュリアスに見守られながら習練していたが、今日も上手くいかなかったらしい。

「一か月も同じ事やって未だ成果なし……才能ないんすかね、俺」

　すると、荷台の縁（ふち）を握りながら歩いていたジュリアスがすかさず、

「魔法の習得は一朝一夕、順風満帆にいかないと前に言っただろ?　技術職と同じで階段を上るように順々とはいかない。道はでこぼこ、順序すら時にあべこべだったりするのが普通なんだ。俺が焦るとしたら、半年は先の話だよ。今は余計な事を考える段階ですらない。極端な話、俺が教えなくても俺の魔法や魔術を見るだけでも勉強になってるんだ。大丈夫だよ」

「だといいんだけどなぁ……ちょっと気分転換に走ってきます。代わるよ、ゴート」

　ディディーは脇に置いた手袋を掴み、ゴートに呼びかける。

　呼び止められて停車するとディディーが引き手を代わり、荷車には入れ替わりで、ゴートが乗り込んだ。

「……おう、お疲れさん。水はまだあるか?」

「うん、まだ半分以上あるかな。交代交代だし、駅までは持つよ」

　ゴートは自分の水袋で給水すると、持参した手拭（てぬぐ）いで顔面拭った。その後、荷台の上に座ると手袋を脱いで自身の傍（そば）に置く。ディディーの掛け声に合わせてジュリアスも始動に協力し、再び荷車は進み出した。

「……ディディーもまだ駄目だったようだね」

　──出発後、暇潰しと称してゴートも似たような事をやらされていた。

　初歩的な魔法の一つ、〝発火〟の魔法の訓練である。

　折り曲げた指の爪を火打石の要領で素早く擦（こす）り合わせ、火花が散れば成功である。

　まずジュリアスが実践してみせ、これなら出来そうだと二人は何度も挑んだが──結局、成功出来ずにいた。

「ま、しょうがないさ。魔法はとにかく最初の一歩ってやつが一番難しいからな……魔法使いを育てるには、物心つく前に教え込むのが最良と言われるくらいには」

　魔法とは有体（ありてい）に言えば、魔力を用いて起こす人為的な奇跡である。

　そして、魔力とは人の持つ想念と意志の力だ。

　それらは純粋無垢であればあるほど扱い易く、成長して分別がつくようになるほど常識に囚われ、阻害され、扱いづらくなっていく。

「……ただな、今頃から始めても絶対に無理って訳じゃない。不可能ではないんだ、時間がかかるだけ。お前もディディーもな。これは気休めなんかじゃないぞ?」

「ああ、うん。分かってる……」

　ジュリアスも小さく頷く。……そして、話題を変える。

「ところで、ゴート。剣が欲しいって話だが、お前はどんなの買うつもりなんだ?」

「えっ?　そうだな……基本的には両手剣だけど片手でも使えるようなやつ、かな。普通の長剣（ロングソード）だよ」

「長剣か。ま、ゴートには合ってるか」

「……ジュリアス、目利きは出来る?」

「いや、無理だな……残念だが期待には全く沿（そ）えん。剣の質は正直、分からん。俺も剣はほんの少し扱えるがな、魔術師らしく強度やら切れ味やらは魔術で補強するのが前提で細かいことは気にしないんだ」

「そっか……」

　──その反応を見て、ふとジュリアスは思いついた。

「そうだ、ゴート。どうせならお前、魔剣なんて持ちたいとか思わないか?」

「……魔剣?」

「そうさ。例えば物語の〝炎の魔剣〟とか、そんなやつ。伝説の武器ってやつだな。何か憧（あこが）れとかあったりするか?」

「うーん……ちょっと思いつかないなぁ」

「欲しいと思ったこともないのか?」

「そうだね……それにそういうのって物語（おはなし）だと所有するとろくでもないことが起こるのが定番だし」

「まぁ、それは……そうかもしれんが……」

　ジュリアスにも何か思い当たる節があるのか、苦笑いを浮かべる。

「ああ、そうだ。ちなみに魔剣じゃないが現実的に入手できる剣としては錬金術師が専用の工房で作るらしい合金製の剣が最高だって聞いたな……確か値段は金貨二千枚※(銀貨二万枚)くらいだったか……?」

　その合金は灰合金（ティタニア）──鉄より若干軽く、鉄より遥かに硬く、耐熱性も優れた理想的な金属だ。製錬に専用の工房と熟練した錬金術師が必要なことと、加工には超特殊な鍛冶場と世界でも指折りの鍛冶師か、土精人（ドワーフ）が不可欠な事を除けば。

「いくらなんでも金貨二千枚は大袈裟（オーバー）だと思う……金貨二百枚くらいじゃない?」

　──その他、錬金術の合金として名の知られたものに軽合金（ハーモニクス）がある。

　(灰合金（ティタニア）は論外として)合金としては安価だが、それでも鉄などと比べたら割高だ。

「……ま、貧乏性の俺はそんなもん、欲しいと思わんな。美術品みたいなもんかね」

「そうだね。値段を考えると実用って感じはしないよね……」

「まぁな……」

(剣を絡めてなら少しは魔術に興味は出るかと思ったが……空振りだな)

　ジュリアスは心中で嘆息（たんそく）を吐（つ）いた。

　ゴートのやる気を引き出すのはまだまだかかりそうだ。

*****

<続く>

・「魔道駅での転送にかかる費用」

「(一人、銀貨5枚です。大人と子供の区別はないです。荷車は追加料金。往復割引で銀貨5枚というところですかね?　荷馬車も転送可能ですが別料金な上、他の旅客と応相談。すぐには跳べず、結構待たされることも……)」